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第十六話「リンゲージ」

「まずは挨拶から行こうか。はじめまして、私は桜華の父親の天ヶ咲 隆二という」

 突然自己紹介を始めたお父さんに、ユエラは慌てながらも返事を返す。

「こ、こちらこそはじめまして。ユエラといいます。あの・・・勝手に上り込んでいてすみませんでした」

 座ったまま深く頭を下げるユエラ。

「はっはっは、礼儀正しい子だ。そんなに畏まらなくてもいい。こちらも桜華といてくれて助かったからな」

「そ、そんなことは・・・」

 ユエラは体をモジモジさせながら顔を真っ赤にして俯いてしまう。

 なにか恥ずかしいことでもあったか?

 お父さんを見ると、何時になく顔が笑っていた。こんなに嬉しそうなお父さんを見るのは久しぶりなような気がする。

 まったく笑わない訳ではないが、感情表現に少し乏しいのでちょっとほっとした。

「さてと。ではいきなりだが本題に入ってもいいかな、二人とも」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 少し躊躇ったが、僕は黙って頷いた。

 これから何が話されるのかは大体予想はつく。なら、重要なのはその後だ。

 お父さんが僕とユエラのどういう処置をとるのかで僕も言わなきゃいけない事がある。

 しばらくの間お父さんは目を閉じてまったく動かなくなっていた。どうやら、何から話したらいいのか考えているようだ。

 考えが纏まったのか、お父さんはそっと目を開く。

「まず確認しておきたいことがある。桜華、お前は自分がどういう存在なのかは知っているな?」

 知らないから確認をとる・・・というより、僕が自分の事を知っていることが分かっている前提での確認だった。

「霊核剥離・・・でしょ?」

「そうだ」

 短い返事が帰って来る。

「・・・いつ」

「ん?」

「お父さんは、何時から気が付いていたの?」

 ユエラから僕が霊核剥離だと聞いた日から少し経ってから疑問に思っていたことを打ち明ける。

「・・・・・・」

 お父さんはすぐには返事をしなかったが、しばらくしてから口を開いた。

「お前が生まれて少ししてからだな。たぶん、生まれてから半年も経っていなかっただろう」

「そんなに早くから気が付いていたの!?」

 思わず大きな声が出てしまう。

 そんなに早くから気が付いていたのなら教えてくれてもいいような気がするが、恐らくお父さんからしてみればもう少し大きくなってから話す予定だったのだろう。

 自分の子供に―――それも幼い子供にいきなり真実を言う親はそうそういないだろう。

 でもそうなると、いくつか疑問が新たに出てきた。

「ここにある本には、霊核剥離は簡単には見つからないって書いてあったけ・・・お父さんはどうして僕が霊核剥離だとわかったの?」

「・・・霊力を感じなかったからだ」

「・・・え?」

 お父さんの言っている意味をすぐには理解できなかった。

 生まれたての赤ちゃんは例外なく霊力を感じない。お母さんの胎内にいる間、多少は感じるが生まれると霊力を感じなくなるのだ。それから早くて一年、もしくは二年程で少しずつ霊力を感じ取れるようになる。

 だからといって霊核剥離だと決めつけることは難しいはず。

 そのことはお父さんも十分に分かっていたのだろう。詳しい説明を聞くことにした。

「お前は、母さんの胎内にいる時から霊力を感じなかった。中にはそういう子もいるが、全く感じないということはない。弱くても、少しでも霊力は存在する。だがお前からは全く感じなかった」

 僕とユエラはお父さんが持ってきた袋の中にあったジュースを受け取って、飲みながら話を聞いていた。

 正直、にわかには信じられない話だ。

 霊力は誰しも持っているものではない。中には霊力を持っていない者もいるのに、そう決めつけてしまうのはどうかと思う。

「最初は霊力がないのかとも思ったが、霊力検査をした時にその可能性はないとわかった」

「どういうこと?」

「霊力検査は特殊な鉱石である霊石・・・ラクリマとも言うが、それを用いるのだ。しかし、いざ検査すると霊石が一瞬にして粉々に砕けてしまった。しかも、中級以下の霊石は側に近づくだけで壊れてしまう。そこでふと気がついた。もしかしたら霊力が無いのではなく、観測出来ないだけなのかもしれない、とな」

 一息ついてお父さんも持ってきたジュースを飲む。

 大人がジュースを飲むというのはちょっと引いてしまうが、お母さんが大のジュース好きでその影響をお父さんが受けてしまったのだ。

 僕としてはジュースを飲んでもお母さんが怒らないし、いつも飲めるので嬉しいのだが、外でも飲んでいないか時々気になってしまう。

 一度に喋ったせいで喉が渇いていたのか、グラスに入っていたジュースを全部飲んでいた。

「そして、私が持つ全権限を使ってPNIDを使うことにした」

「・・・PNID」

 聞いた事がある。いや、どちらかというとそんな単語を見たような気がする。確かこの書斎の中にある本で読んだはずだ。


 PNID―――personal numen inspection device またの名を、対人型霊力検査装置。


 人の霊力を徹底調査するために作られ、この世にたった数台しかなく基本的に使用禁止指定の装置だ。

 なぜ使用禁止指定装置なのかというと、この装置を使えば人の人格を書き換えることが出来るからだ。

 この装置での調査対象は、霊力の量、質、濃度、そして周期性。

 これらを全て知るということは、その人を知るということに繋がる。すなわち、この装置を使いある人のパターンを調べ、別の人にそのパターンを描写すれば、クローンと同じ効果を得るのだ。

 そんな事態を防ぐためにPNIDは使用禁止指定になったのだという。

 ちなみに、この装置を開発したのは僕の祖父だったりする。とんでもないものを創ってくれたもんだ。

「検査の結果を見て驚愕したよ。まさかこれほどとは思わなかった」

「・・・どういう意味?」

「子供の時は霊力にむらがあるから、19歳~22歳の一般の人の平均を使うと、量・約1000 質・約800 濃度・約500 周期性は個人で異なるから省くとして、大体はこんな感じだ」

 なんだか数字が大きいような気もするけど、お父さんが言うからにはこれが平均値なのだろう。なら僕の数値はいったいどれくらいだったのだろうか。

「これに対してお前のは・・・量、質、濃度共に数千倍はあった。あれから大分月日が経っているから、それよりは上がっているだろう」

「・・・数千倍って」

 呆れて何も言えなくなっってしまった。

 過去に発見された霊核剥離の霊力がどんなものかは詳しくはわからないが、いろいろな実験から一般の人の数十倍、もしくは百倍程だと本に書かれていた。

 それなのに・・・僕のは数千倍?

 しかも、まだ上がっている可能性があるって・・・。

 いくらなんでも規格外すぎるでしょ。

 お父さんもあまりの規格外な数値を思い出してか笑っていたが、また真剣な顔に戻る。

「それでだ桜華。もう一つ確認したいことがある」

 僕がどういう存在なのかということの他に残る確認事項はあと一つ。

 これは僕が言わなきゃいけない。そうすると決めたのだから。

「これからの事なんだが・・・」

「ユエラと一緒にいる!」

 お父さんが言い終わる前に僕の意思を伝える。

 いきなりの大声にびっくりしたのか、それとも突然の一緒にいる宣言に驚いているのかわからないが、とりあえず驚いていた。

「霊と霊核剥離が一緒にいればどうなるかは本で読んだし、他の人がどういう考えを持っているのかも読んだ。でも・・・それでも僕はユエラに新しい命をあげたい。一緒にいたい!」

「・・・桜華」

 いっきに言いたいことを言ったので息が少し上がってしまった。

 荒れた息を整えながらお父さんの様子を見ると、何故か満足そうな顔をしていた。

「お前がそこまで言うのなら私は止めんよ。だが、お前が選んだ道は決して楽ではないぞ。そのことは十分わかっているな」

「うん」

 お父さんの目を真っ直ぐに見ながら短い返事を返す。

 しばらくお互いの目を見ていたが、満足したのかお父さんが立ち上がる。

「ちょっと待ってなさい」

 そう言って、後ろの棚の前まで移動する。

 何をするのかと思って見ていると、壁一面に置いてある本棚の真ん中にある本を並べ替えはじめる。

 そして、手を翳しながら霊術を発動した。

破りし錠(メイス)

 本棚全体が光に包まれ、いくつかの本棚が奥へと引っ込み他の前後左右に複雑に動き、その奥にある部屋の扉が開いた。

「・・・お父さん、なに・・・それ」

 黙って奥にあった―――もとい、宙に浮いていた箱の霊術を解きながら二つ持ってきた。

 まったく同じ造りの箱で、それを机の上に置くと蓋を開け、中身を僕たちに見せる。

「これは・・・なに?」

「契約の石といって、古来よりお互いを繋ぐのに用いた石だ」

「お互いを、繋ぐ・・・?」

「そうだ。お互いの霊心を見えない糸のようなもので直接つないで、黎明力がユエラに流れ込むようにするための物だ。これにより、普通より早く実体を持つことが出来る」

 僕とユエラにそれぞれ一個ずつ石を渡す。

 白みがかった原石のような石。でも、惹かれるような綺麗さだ。

「これを持って契約を結ぶんだ。手順はこの本に書いてある」

 そう言って机の上に一枚の紙切れを置く。

 ユエラが最初に読み始めたのだが、顔を真っ赤にして伏せてしまった。

 いったい何が書かれているのかと思って読んでみる。

「・・・って、お父さん!」

「ん? なんだ」

「なんだ、じゃないよ。これをしなくちゃいけないの!?」

 そう言って、最後の方に書かれた一文を指さす。

「ああ、大事なことだからな。これは儀式といっても過言ではない」

「だからって・・・」

 にやにやしているお父さんを睨みつける。これは完全に遊ばれている。

 しばらく考えていたらユエラが顔を上げた。

「・・・やろ、桜華」

「え、いいの?」

 ついつい問い返してしまった。もうとっくに決めたことなのに、あの1文のせいでかなり動揺してしまっている。

「桜華は、私と契約するの・・・嫌?」

「全然嫌じゃない!」

 立ち上がり、その言葉が嘘じゃないということを目で伝える。

 その意思を理解してくれたのかユエラは軽く微笑んだ。

「それじゃ、いいよね」

 右手に持った石をこちらに向ける。深呼吸をして僕も右手を上げ、お互いの石が横に並ぶようにする。

「そうだ。お父さん、恥ずかしいからあっち向いてて」

「そう恥ずかしが・・・」

「リル、やっちゃって」

「ウォウッ」

「ちょ、リル!? 痛い、アダダダダッ」

 ユエラの命令により、頭の上からお父さんに向かってジャンプしたリルはそのまま頭に齧り付いた。

 あれは確かに痛い。朝に何度も味わったことがある。なるほど、ユエラが考えたのか。

 見た目に反してやる事が酷い。

「わかった、見ないからリルをどうにかしてくれ」

「リル、お父さんがこっちを向かいないか見張ってて」

「ウォン」

 リルに見張られているお父さんから視線を逸らし、ユエラを見る。そして、同時に頷いて石に霊力を注ぎ込む。

「我、天ヶ咲 桜華の名の下に」

「我、ユエラ・エル=フィアナードの名の下に」

 霊力を注ぎ込むとお互いの石が少しずつ光を帯びていく。


『汝と契約を結ぶ者なり』


「其は命の契約」

「其は魂の盟約」

 石の光はだんだんと強くなり、目も開けていられなくなって来た。

 でも、なぜか心地が良かった。

 この光は温かく、心が安らぐ輝きに感じた。

「我との契約を形と成せ」

「汝との繋がりを我に示せ」

 手に石の感覚がなくなる。一瞬落したのかなと思ったが、ちゃんと手の中にある事だけは理解できた。

 二つの光が混じり合い、一つの光へと変化する。

「理を犯すことを許したまえ」

「生と命に対する冒涜を許したまえ」


「そなたのことを、心から思おう」

「あなたのことを、思い続けよう」

 光がまた二つに分かれ、複雑な形をとりながら手の中に戻って来る。あの紙通りならこの光を握る時に相手の事を心から信じ、思い、最後の言葉を言うだけ。

 目を開けるとユエラがこっちを見ていた。

 不安を与えないように笑顔で返し、最後の言葉を紡ぐ。


『リンゲージ』


 部屋の中に霊力の嵐が発生する。

 物理的な風ではないので、飛ばされることはないが精神的にきつい。これを収めるには、最後に書かれていたこと―――キスをしなければならない。

 子供だからといってキスは恥ずかしすぎる。

 何か他に手はないかと考えていると、

「そのまま、目を瞑ってて」

「・・・え、ユエ・・・」

 ユエラの声が突然聞こえて戸惑うが、すぐにそんなことは頭の中から消え失せた。

 なぜなら・・・、


 頬に触れる柔らかく、温かい感触。

 耳にかかる微かな息。


 それらが表すものが何か理解して目を開くと、そこにはユエラの顔が目の前にあった。

 数秒。

 頬に当たる感触が頭の中を支配し、その感触が離れるとユエラの顔を覗きこむ。

「えっと・・・ユエラ?」

「・・・んは、また―――どね」

「え?」

 あまりにも小さい声だったので聞き返すと、顔を真っ赤にしながらユエラは再度微笑んだ。

「本番は、また・・・今度ね」

「・・・・・・」

 こっちまで恥ずかしくなって顔を背ける。

「あはは、桜華顔真っ赤だよ」

「ユエラだって、真っ赤なクセに」

 お互いの顔を見て笑いだす。林檎も顔負けの真っ赤さだった。


次回は通常通り更新しますが、

その次の週はテスト前なのでお休みさせていただきますので、

ご了承ください。


次週で第一章終わる・・・かな?

というか終わる予定です

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