予選開始
翌日絋人は普段通り朝早く目を覚まし、朝練を行った。
一応水上楓からは軽い鍛練に留めるように釘を刺されたこともあり通常の半分の強度で身体をほぐす程度で止めておいた。
絋人からすれば相当軽い運動だが、一般的な学生からすればそこそこきつい強度ではある。
いつもであれば何て事はない強度での鍛練。
だがこの日の絋人はいつもよりアップの際の違和感を抱いていた。
身体を動かす度に腕、肩、脚、腹部、背部に至るまで軽い痛みが走る。
つまるところ筋肉痛だ。
(久々だなこの感覚)
少し笑みを浮かべる絋人。
絋人ほど、日常的に身体を使い戦ってきた人間が新たに筋肉痛を起こすと言うことは身体が更に限界を超えて動いたとい証明に他ならない。
霊禍を含め、今まで絋人が戦った経験のある相手の中で神奈月が間違いなくナンバーワンだった。
命を狙わぬとは言え120%以上の無茶はしたし新境地に辿り着くために剣聖に木刀で打たれ続けた。
当然ながら身体には相当な負担がかかっておりこのように筋肉痛として出現した。
まだまだ伸び代がこの肉体には存在する。
誰よりも強くありたいと願う絋人からすれば、その事実を噛みしめ喜びを抱かざるを得なかった。
アップを終えるとこの日の本題に入る。
(じゃあやってみるか)
眼を閉じると絋人の身体に魔力が纏われる。
【加速世界】の発動。
昨日のアドバイス通り軽い出力で試みる。
しかしこれが意外と難しい。
【加速世界】は通常行われる身体強化の術式とは異なりその性質上短期決戦を前提としている節がある。
ON/OFFはあれど出力を抑えると言うのは念頭に無かったため加減やコツが掴めない。
身体を覆う魔力に揺らぎが生じはじめて来たことで、一度解除する。
するとすぐに一人反省会をする。
(正直これを奥義として使っていたから乱用はしていなかった。……が、マジで難しい)
初日は困惑が8割ほどで終了した。
だが次の日以降は絋人持ち前の分析と順応力でコツを掴み始めた。
今までそれほど考えなくても良かった力の分配が出来るようになってきた。
そして以前より絋人の中で少し気になっていた【加速世界】解除後のインターバルも短縮できるようになってきた。
これにより戦いの最中での隙が生まれる瞬間の軽減が図れるようになった。
1週間繰り返すうちに想像以上に早く身体に適応することに成功した。
そして太陽剣舞祭予選まであと2日と迫り、その日の昼休憩に運営本部より通知が来た。
いつもの4人で昼食を食べていたが予選に参戦する絋人のデバイスが鳴る。
「もしかして本部から?」
「あぁ、予選の対戦相手が決まったと」
「ほほう?して、相手はどなたで?」
「えーっと、俺の相手は………天海昴……って副会長!?」
流石の絋人も驚きの声を漏らす。
そもそも太陽剣舞祭出場を目指すものが1年生では少ないし上級生と戦うことは想定していた。
だがいきなり本戦経験者かつ生徒会副会長と戦うことになるとは驚きだ。
相手を聞いて凛は少し険しい表情を浮かべる。
「気をつけてね月島くん。下馬評的には予選突破は確実視されているくらい強敵だよ、副会長は」
「いきなり熱いカードだね。応援するよ?」
「ありがとう水戸部、荒川。けど、今日昴さんと顔合わせにくいな」
「まぁ慣れるしかないんじゃない?場合によっては真田くんとだって戦う可能性もあるんだから」
「それもそうか。でも対戦が3日後なら、ギリギリ間に合うかもな」
「剣聖からの課題を、克服したか?」
「まだまだだが、次見せる俺の戦いは多分レベルアップしてるはずだ。楽しみにして良いぞ」
そして放課後。
この日は生徒会業務があるため生徒会室に足を運ぶ。
実はあれから梢に相談し絋人は庶務として生徒会に在籍をしている。
生徒会といっても毎日何かがあるわけではなく、雑務や会議などがない場合は生徒会室に来る義務もないと言われている。
そうは言ってもと思い何もない日に生徒会室に言ってみたこともある。
ある日は小金井が勉強室代わりに使っていたり、ある日は女子メンバーがただ駄弁っているだけ、何なら部屋が施錠され開いてすらいない時もあった。
定例で開かれる会議も早い時は30分程度で終わり解散するもよし、そのまま世間話をするもよしとかなり自由なのだ。
そして今回はおおよそ1週間ぶり。
「お疲れ様です」
扉を開けると既に更木梢と小金井僚祐が会議をするテーブルについていた。
「お疲れ様月島くん。昴くんと綾はもう少しすれば来るから席に着いちゃって」
席に着くと机に並べられている資料にサッと目を通す。
すると隣に座る小金井から声をかけられる。
「所で月島くん。予選の相手が昴くんって聞いたよ」
「えぇ、まさかこんなに速く戦えるとは思わなかったので楽しみですよ」
「楽しみ、ね?昴くんについては何か情報は収集したのかい?」
「それはこれからします。あ、別に生徒会の面々から収集しようとかは考えてないですからね?」
「君の性格的にはそうだろうね。でも、剣聖と打ち合い進化した月島くんと学園トップクラスの昴くん。両雄の激突は必見だね」
「その事だけど、クニさんと剣を交えてみてどう感じた?」
梢からの質問に絋人は数秒沈黙の後こう答える。
「ハッキリ言って比較にならないくらい強かったですね。自惚れるわけじゃないですが、正直現時点でもその辺の騎士であれば俺でも倒せるし、実戦経験も俺の方が勝っていると思います。でも、剣聖のそれは何もかも違いましたね」
「…………」
梢の眼光がやや鋭くなる。
「あの人に俺の刃を届かせるのに一体どれ程の研鑽が必要なのか想像もつきません」
「そうね。君のその感想は正しい。実戦経験という点については国内のその辺の騎士は正直不十分だと学生の私ですら思うわ。その点剣聖は異次元の質で経験を、研鑽を積んでいる。1国が全力をとして尚ようやくイーブン。それほどまでの化物」
「そんな化物と刃を交えた月島くんは、一体どれ程まで階段を登ったのか。興味が尽きないね」
「さぁ?でも、俺自身も相当━━━下手すれば10年分くらい一気に強くなるきっかけを貰えました」
「それは楽しみね。いつか刃を交えたいわ。予選で当たらないかしら」
「ちょっとそれは流石に自信がないんでまだまだ先が良いですね」
しれっと恐ろしいことを口にする梢だったがすぐして天海昴が到着する。
「すまない、遅れた」
「問題ないわ。今日はそれほど対した議題ではないし」
梢がフォローし、昴は席に着く。
奇しくも席は向かい合う位置。
自ずと絋人と昴の視線が合う。
妙な緊張感が空間を支配するのを理解した。
別にこの場でやり合うわけではないのだが、すでにお互い気持ちは準備できている。
それが故にお互い自然と今この瞬間立ち合えばどうなるであろうか。
そんなことを脳内でシミュレーションしたのだ。
数秒の沈黙の後、ゆっくりため息混じりに昴が口を開いた。
「…はぁ、凄いな。すべての仕掛けを防がれちゃんと死なないかつ戦闘不能になる攻撃をされた」
「それはカウンターだからです。どうように俺の仕掛けも防いだでしょう?」
お互いのシミュレーションを披露しニッと口許を綻ばせ合う。
「そう言うのはいいから会議するわよ。後ろで綾がつかえてるし」
後ろを見ると時雨綾がじっとして昴の後ろで待機していた。
「ん?ああ、すまない時雨」
「いいですよ、遅れたのは私ですし」
全員が席に着くと会議が行われる。
議題は来る太陽剣舞祭予選の運営についてだ。
会場設営など生徒会を中心とした有志で手伝う運びとなっており現状の志願者達の確認を行う。
ちなみに予選に参加する更木梢、天美昴、月島絋人は免除されている。
30分ほどの会議を終えると解散という運びになる。
「じゃあ今日の会議はこれで終了よ。次回は予選が終わってからになります。まずは3日後の昴くんと月島くんの戦いを楽しみにしています」
絋人と昴は必要以上に言葉を交わすことはなく離室した。
━━━そして3日後。
教室に着くと刀士から声をかけられる。
「おはよう月島。お前は今日試合だったな。準備はどうだ?」
「おはよう刀士。準備は万全だ。楽しみにしてみててくれていいぜ」
「おはよう月島くん、真田くん」
続けて凛も声をかけてくる。
朝のホームルームの時間で各教室に放送が流れる。
『皆様おはようございます。生徒会長の更木梢です。本日より太陽剣舞祭学内予選が始まるため特別プログラムとなります。予選出場をされる生徒の皆さんはこの後地下修練場に集まるようにお願いします』
「じゃあ俺と刀士は行くよ」
「うん、頑張ってね」
凛に見送られて地下修練場に向かう。
既に二人が入った時には概ねの出場者が揃っている様子だった。
やはりと言うべきか1年生で出場をしているのは二人くらいで後は2年生以上の上級生ばかりであった。
何となくアウェー感は否めないものの比較的脳筋な思考も出来る二人は全員蹴散らして黙らせればいいくらいにしか思っていなかった。
すると梢がマイクを手にしてやって来た。
『皆さん、お集まりいただきありがとうございます。本日より我が学園での太陽剣舞祭予選を行います。ここで今回のレギュレーションの説明を改めてします。
まず最終的に予選参加者が3年生18名、2年生10名、1年生2名の合計30名となりました。ですので皆さんには5試合ずつ戦って貰いその成績上位5名が本選出場となります。尚、時間制限は30分とし決着が着かない場合はドローとなります。勝敗数が並んだ場合は合計の試合時間の短い方が成績上位となります。それでも並んでしまった場合は当事者同士で最終決戦を行います。そして用いるデバイスは魔導、機導、精霊いずれも問いませんが命を奪ったり後遺症が残るような攻撃が認められれば失格となりますのでお気をつけ下さい。早速ではありますが1時間後に第一試合を執り行います。天海昴くんと月島絋人くんは控え室にて準備を行うようにお願いします』
控え室に通された絋人は準備に取りかかる。
柔軟に魔力の循環の確認、軽い運動。
天海昴の実力は正直未知ではあるのだが恐らく学園でも3指に入るほどであるのは見て取れる。
能力は分からないが、一体どうやって攻略をしようか。
ワクワクを押さえられなくなってきていると控え室の扉がノックされる。
「月島、俺だ。入っても良いか?」
「どうぞ」
絋人が了承すると刀士が入室してきた。
「何かアドバイスでもくれるのか?」
「まさか。お前に限って必要ないだろう。何となく様子が気になっただけだ。剣聖とやり合っただけあって緊張はしてなさそうだな」
「いや?表にでないだけで結構緊張はしてるんだぞ?」
「意外だな。月島は心臓に剛毛がびっしり生えているタイプだと思ったんだが」
「そりゃ買い被りすぎだ。まぁでも……厳密には緊張って言うとちょっと違うかもな。何というか修行の成果を実戦で試せる良い機会だからそれが楽しみで仕方ないって感じかな」
あっけらかんという絋人。
対して苦笑いを浮かべる刀士。
「……やっぱり心臓に剛毛がびっしり生えているよ、お前は」
『さぁ皆様お待たせしました。ただいまより太陽剣舞祭学内予選を開始いたします。本日は初日ということで特別に更木梢会長に解説をお願いしたいと思います。尚、実況は放送部所属2年生の桜田春子でお送りいたします。よろしくお願いします会長』
『よろしくお願いします』
『では会長、これから行われる3試合で最注目のカードと言っても過言ではない第一試合天海昴副会長vs月島絋人選手の対戦ですが会長はどのような試合展開を予想されますか?』
『そうですね。まず天海選手は2年連続で太陽剣舞祭に出場しています。惜しくも決勝トーナメントに進出はないものの、昨年はあと一歩と言うところまで進みました。3度目の正直としてかなり気合いは入っているでしょうね。一方の月島選手ですが、先日行われた合同見学会にてあの神奈月剣聖と手合わせをして差し迫ったと聞いています。30分という時間制限のあるなか互いにどのようにペース配分をするのか。その辺りは経験的に天海選手の方が有利と考えますが或いは一瞬で片が着く可能性がありますから見逃し厳禁です』
『なるほど、これはますます楽しみになる情報を戴けました。ではもう間もなく両選手入場となります。演出上、場内が暗くなるためお早めにお席に着くようにお願いします』
例によって刀士、凛、小夜子の3人は並んで2階の最前列で戦いを見守る事となる。
「そう言えば真田くんはさっき月島くんの所に行ったんだよね?様子はどうだったの?緊張してる感じだった?」
隣に座る凛からの質問にあったまま話す。
「なんて事はない。緊張しているとは言ってたが俺からすれば緊張など微塵もしてなかったな」
「凛は心配しすぎだって。確かに天海副会長は強いけど、剣聖との立ち会いを見たなら月島くんを信じてあげていいんじゃない?」
「それはそうなんだけど……」
矢鱈は切れの悪い様子の凛。
「水戸部は何か気がかりか?」
「そういう訳じゃないんだけど月島くんってちゃんと大勢のギャラリーが居る立ち会いってしたことあるのかなって。実戦経験はあるって聞いてたけど観衆がある試合って多分違うと思うし」
「確かに俺との模擬戦も剣聖との模擬戦もギャラリーの数は精々数十人。学内予選とはいえ栄誉ある太陽剣舞祭に関連する試合。ましてや初戦で生徒会副会長ともなるとほぼ全校生徒数百人規模で注目される。そして本選ともなれば数万規模」
「相手によってはアウェーでブーイングなんてのも茶飯事だからね~。まぁでも月島くんがそう言うのを気にするタイプだとは思わないけど?」
「何れにせよ、この試合でその辺も分かるな」
その頃絋人は柔軟や身体を動かしてアップをする。
シャドーをしたりしながら軽く汗をかく程度のアップを行う。
合わせて絋人のデバイスである【狐月】を顕現させ素振りも行う。
身体の動きは悪くないのを確認する。
服装は公序良俗に反しない限りは自由との事だが絋人はブレザー込みでいつも通りの制服姿で望む。
控え室にあるモニターから会場の盛り上りを確認できる。
(凄い人数だな。地下修練場も大会仕様ならこれだけ大人数が入るのか)
ざっと2~300人という人数のギャラリー。
凛の不安通りとはいわないが、それでも独特の緊張感は感じていた。
(にしても、明確に歓声がありこっちがアウェーになり得る環境での戦いか。こう言う形の実戦は初めてだから楽しみだ)
今までは一人でひたすら霊禍を祓うことに注力を注いでいたが、将来プロになったのであればそういう機会も自ずと訪れる可能性は高い。
(観られるのも騎士の勤め。親父が言ってたな)
父親の言葉を思い出しつつ数分後の呼び込みを待つ。
『━━━さぁ、大変お待たせしました。これより両選手入場となります!!
まずは青コーナーより月島絋人選手の入場です!!』
ウォォォォォっと歓声が聞こえる。
名前を呼び込まれた事でゲートに続く長い廊下をゆっくり歩く。
暗い廊下の先に光が漏れている。
光を潜るとより一層目映い光が絋人の身体を捉える。
客席からは拍手なども飛び交う。
『続いては赤コーナーより天海選手の入場です!!』
天海の名前が呼ばれるとより歓声があり強くなるのを感じる。
ゲートに視線を送るとゆっくりと紺色の胴着を着た天海が現れる。
その表情は険しくいつもの生徒会で会っているのは同一人物かと疑うほどだ。
互いに舞台の中央で立ち会う。
「すまないが月島。俺は今度こそ太陽剣舞祭の決勝トーナメントに参加しないといけない。だから予選とはいえお前を全力で潰しに行く」
「なら、俺はそれ以上の実力でねじ伏せます」
互いに強い言葉を並べて決意を口にする。
それだけ交わすと定位置に着き開始を待つ。
「━━━煌めけ【狐月】」
「━━━吹き抜けろ【伊吹】」
薙刀タイプのデバイスを顕現させる天海。
『━━━試合、開始ですッ!!!』
互いにデバイスの顕現をしたところで、試合が始まった。




