決意
バスに乗り込んでからすぐに絋人はイヤホンを付けてデバイスに視線を落としていた。
内容は先ほど行った神奈月との模擬戦の映像である。
後日送られてくると思ったのだが、バスに乗る前に職員からデータファイルを転送して貰えたのだ。
なるべく早く客観的に確認してあの経験を十全に活用して欲しいという神奈月からの最後のご褒美の様なものだった。
(やっぱり初手で正面突破は無謀すぎたな。虚は付いたんだろうけどそこから先の組み立てがぶっちゃけノープランだったしな)
映像で見てみると決して絋人の初撃が遅いというわけではなかった。
寧ろ客観的に見れば速い方に分類される。
それでも神奈月はほぼ素の状態で難なく攻撃を受け止めたのだ。
(これって刹那の見切り発動してるのか?或いはこのレベルなら意識せずとも発動がほぼ自動的に出来たりするのか?)
神奈月の言っていたことを思い返せば考えすぎるな、という旨の発言が多かった記憶がある。
と言うことはこの反応も他所からは分からない程度には刹那の見切りを発動していた可能性が高いと推察する。
そして実際それは正しい考察だ。
神奈月の場合はあまりにもその状態がニュートラルになっており、刹那の見切りを発動するのに起こりを必要としないのだ。
(まだ今の俺じゃ到達し得ない領域の事をごく簡単にやってのける辺りマジで化け物だ、この人は)
騎士としても剣士としても全てにおいて超上位互換に他ならない。
真剣に見入っている絋人の隣に座る刀士は目を瞑っている。
色々聞きたいことはあったが今は邪魔をしてはいけないと思い声はかけない。
丁度学園に戻る頃に動画を通しで見終えた絋人はイヤホンを外す。
それに気付いた刀士はゆっくり目を開ける。
「……月島、見返してどうだった?」
「改めて剣聖は化け物だな、と。刀士の目にはどう映った?」
そう言われて数秒沈黙の後口を開く。
「剣聖固有の能力は最後の一撃だけだったが、そもそもアレが無くても異次元の強さといえる。特に月島の使うあの超速移動の技を初見で全く意に介さないと言うのは驚きを越えて恐怖すら感じたな」
「それは俺もそう。まさか【加速世界】が全くと言って良いほど通用しないとは」
「良いのか?技の名前を言っても」
「別に問題ない。いずれ言うつもりだったし、基本的に理屈を理解して止められる代物ではない……ハズだったんだがな」
自信を持って答えたが脳裏に先程神奈月に破られた事を思い出す。
「まぁ剣聖は特別だから仕方あるまい。国内最高戦力である【十二神将】の中でもトップ・オブ・トップな存在だ。将来は分からんが今勝てないのは残当だ」
(だからこそ、一瞬わずかな時間とはいえ同じ土俵に立った月島のポテンシャルは凄まじい)
あの十数分でかなり大きな差を広げられてしまった。
迫る太陽剣舞祭予選のことを考えると焦燥感すら抱く。
すると絋人から質問が飛び交う。
「あ、そう言えば刀士。【刹那の見切り】って聞いたことあるか?」
「……!もしや途中から動きが変わったのは」
「あぁ、剣聖が導いてくれた。やっぱ有名なんだな」
「剣士であれば。それと的場が話していたがお前の両親が元十二神将というのは本当か?」
「あれ、言ってなかったか?」
「元騎士、としかな」
「そう言えばそうか。どうやら剣聖は俺の名字で色々察したっぽい雰囲気だったな」
「仮に16年ほど前まで現役だったとして、剣聖は学生時代から【十二神将】に席をもっていたから当然知っているだろうな」
「え、剣聖そんな化け物なのか?」
「有名なエピソードだ。ちなみに今現在剣聖以来の現役学生でありながら【十二神将】に席を持っている騎士が一人居るらしい」
「マジか?誰か分かるか?」
「確か……名前は御門悟。第2学園の生徒会長だったな」
「第2学園……」
少し険しい表情をする絋人。
大方太陽剣舞祭で相まみえるつもりなのだろうと思ったがひとつ大事な事実がありそれを伝える。
「あ、ちなみに太陽剣舞祭には出ないから戦えないぞ」
「……え?」
「当然だ。御門さんは十二神将だ。プロが学生の大会に出られるわけないだろ。それに御門さんは剣士じゃないから太陽剣舞祭に出場するタイプの騎士じゃないぞ」
「そりゃ残念。でもいつか会ってみたいものだな」
「……会ってみたい、というより手合わせしたいという感じだろう?」
「そりゃ誰よりも強くなりたいからな。色んな猛者と戦えるならそれに越したことはないさ」
「ならばまずはお互い太陽剣舞祭に出場するのが一番手っ取り早い」
「なら明日も一緒にやるか?」
「俺は構わないがおまえは大丈夫か?打撲とか負傷はしているはずだろう?」
「そうなんだけど、出来れば感覚を忘れぬ内に色々やりたい気持ちがある」
「なら軽めにしよう。もし大怪我でもすれば太陽剣舞祭どころじゃなくなるからな」
刀士との約束を取り付けたタイミングでバスは学園に到着し戻った。
バスから降りると引率を勤めた東から簡単に総括を受けたあとそのまま解散となった。
帰宅する者、学園に残る者と各々行動する。
絋人はと言うと一旦保健室に向かう。
と言うのも念のために保健室で診て貰えと東から言われたからだ。
本当は協会本部で診て貰いたかったようだが神奈月が手加減していたし絋人自身も骨などへの異常はないと強く伝えたため時間も迫っていた事もあり流された。
ただ教員という立場である以上万が一の事があってはまずいと考え学園に戻ってからという対応になった。
(て言うかこの間刀士とやった時は流されたんだがな。まぁ今回の相手が相手だし慎重になっているのか?)
そんなこんな考えていると入学して初めての保健室にたどり着いた。
「失礼します、1年の月島です」
ガラガラと扉を開くと白衣を纏った水色のショートカットの女性がデスクに置かれたパソコンとにらめっこをしていた。
「あ、あの……」
「━━━ちょっと待って!今良いところだから」
声掛けを遮られたため静観する。
十秒程天を見上げると何か思い付いたのか凄まじい速度でタイピングを始める。
「━━━………出来た」
一段落ついたのか軽く伸びをしてから絋人に視線を向ける。
「あぁごめんね。で、キミは誰で何の用事?」
「1年の月島です。東先生よりここに来るよう言われてきました」
「あー、さっき連絡あった件ね。ハイハイ、聞いてるよ。じゃあそんなところに立ってないで上着脱いでそこの椅子に座って」
「は、はい。あの貴女は」
「ん?私は水上楓。2年生だけどこの学園で保健室の養護教諭みたいなことをしているの。あぁ、勿論許可を貰ってね」
「なるほど。ではお願いします」
文句一つ言わず上着を脱いだ絋人を見て少し驚いたような表情を浮かべる。
「あら、ずいぶん素直に受け入れるのね。助かるけど」
「騎士の学園ですからそういう人が居てもおかしくないかなと思っただけです。さぁお願いします」
「良いわよ、じゃあじっとしててね」
少し口許を綻ばせた後診察を開始する。
と言っても少し背中などに触れたあと右手を翳す。
背中や肩には打ち込まれたり壁に衝突したりなどで出来た痣が生々しく残っている。
その直後楓を中心に魔力の動きを感じとる。
「………………なるほど。うん、上着着ていいよ」
「もう分かったんですか?」
「ええ。ちょっと打撲はあるけど骨とかは大丈夫そうね。本当は明日一日くらいは安静に出来ると良いけど、激しくなければ明日から修練しても良いわよ」
「ありがとうございます」
「それにしても、模擬戦で木刀とはいえ剣聖と打ち合ってこの程度の負傷ね?」
興味深いと言わんばかりの視線を絋人に寄越す。
全身をじっくり見渡すと少し笑みをこぼす。
「筋肉の付き方もただ筋肉量を増やすとかじゃなく剣を振るうのに邪魔にならない、けど色々な攻撃が受け止められるだけの膂力を残している。良い鍛え方しているわね」
「よく分かりますね」
「伊達に何人も見てないからね。良い意味で学生らしくないプロ騎士━━━しかもトップクラスのそれに近い身体の構造と言えるわ。ただ、まだ改善の余地がある」
「え?」
「多分今日キミは大分無茶したでしょう?剣聖と打ち合ったのならなおのこと。魔力回路が通常ではあり得ないくらい磨耗してる。そこの鍛え方教えて上げようか?」
「……方法があるなら是非とも」
「そうね、まず簡単なところで言えばその魔力回路の磨耗の原因となった術を息をするように馴染ませるのが一番ね。多分、この磨耗具合から察するに長時間とか高出力で発動させることで大分肉体的にもダメージがある。違うかしら?」
「いえ、その通りです」
「なら可能なら軽い出力で毎日長時間発動することね。で、一瞬高出力で発動させる。たまにしか発動しない上、その時は一気に発動するならいくら頑丈なキミの身体でも限界があるからそうして慣らしてみなさいな。しばらく試してみて何か違うって思ったら止めるように。太陽剣舞祭を目指すなら変な癖がつくのは望ましくないからね」
「なるほど、ありがとうございます。ちょっと試してみます」
「もし気に入って新しい方法とか知りたくなったらいつでも来なさい。キミなら私の理論を体現できるかもしれないし求められる分にはいくらでも付き合ってあげるよ」
診察を終えるとその足で寮に戻り早めの入浴を済ませいつでも寝られる状態にしておく。
夕食は自室に持ち込みささっと済ましてしまう。
食べ終えまったりしていると奏からメッセージを受信し端末から通知音がする。
端末を起動させるとメッセージが表示される。
[おつかれ~
焔の準備できたし通話良いよ
私は耳栓して寝るしいくらでも盛り上がって大丈夫だから
じゃあおやすみ]
「なるほど。じゃあかけますか」
端末に表示されている焔のアカウントをタップし通話モードにする。
一人部屋だしわざわざ訪ねてくる人もいないためスピーカーにする。
6回ほど呼び出し音が鳴った後端末からやや震えた声が流れてきた。
『こ、こここここんばんは絋人くん!』
電話越しでも分かるくらい上ずった声と噛み噛みな挨拶。
流石に一回突っ込まざるを得ない。
「こんばんは焔。……何か緊張してる?」
『ちょ、ちょっとだけ……ね。いつもは文字だけでやり取りしてるから声だけって言うのが慣れないなぁって』
「それもそうだな。それで早速本題だけど今日の事で伝えたい話ってなんだ?」
『えーっと……信じて貰えるか分からないけど、剣聖が最後に使った【神の太刀】がちょっとだけ見えたからもし良ければ伝えたいなぁって思ったの。余計なお世話ならごめん』
「本当か!?」
思わず驚きの声を漏らす。
と言うのもその瞬間は勿論、今日だけですでに10回以上特に最後の一撃のところは繰り返し見たが一向に手がかりが掴めず中途半端な考察しか出来ていなかったのだ。
「是非とも教えて欲しい。今日の映像を貰ってから何度も見返したがマジで分からなかったんだ。そういう意見は今とてもありがたい」
『うん、じゃあ伝えるね。
━━━まず、【神の太刀】には通常では見たことない異質な魔力強化が起きてたように見えたの。恐らく剣聖から出ているモノだと思うんだけど魔力強化を媒介する剣だけじゃなく剣聖の周囲の空間からその影響を受けているような』
「つまり、一般的な魔力強化による斬撃をはるかに超える範囲と威力で放たれているって感じか?」
『そんな感じの認識で良いと思う。それに今回は威光の影響もあって認識が出来なかったんだと思うよ。私は離れたところから見てたから何となく分かったけど対面者からすれば認識は困難だと思う』
「意図的かは不明だが結果的に目眩ましになっていたってことか。だからより攻撃にラグを感じたのか」
『剣聖の振るった剣の軌道そのものが攻撃対象範囲になっていたから物理的にも魔力的にも受け止めるのは困難だったんだと思う。下手すれば実戦ならもっと距離があっても視界に入っていれば射程距離、なんてこともあるかもしれないよ』
「なるほど。まぁ結局はまだ勝てる範囲じゃないって事だけは理解できた」
『やっぱり、いつか勝つつもりなんだね』
「当たり前だ。俺は誰よりも強くなりたいからな。折角騎士と言うものを目指すなら誰よりも強くありたい。それは男とか女とか関係なく本能的な部分だからな」
『………やっぱりすごいね』
「そんなことはないさ。人には得手不得手ってのがある。少なくとも焔は俺よりもはるかに優れた観察眼がある。そのお陰で俺は今一つ知恵とどう戦おうかっていうヒントが増えたわけだ。ありがとうな」
『役に立てそうなら良かったよ』
その後しばらく他愛ない話もしていくとあっという間に日付が変わりそうな時間となる。
「そろそろ日付も変わるしそろそろ終わるか」
『え、もうそんな時間!?』
「まぁいつでも話は出来るし何かあればまた通話しよう。次会えるとすれば太陽剣舞祭か?」
『多分そうかな?私も絋人くんもしっかり仕上げないとだもんね』
「お互い簡単じゃないけど選手として再会しよう」
『━━!うん、頑張るよ』
「じゃあまたな。おやすみ」
『うん、おやすみなさい』
通話を終えると絋人は部屋を消灯し布団に潜る。
そして焔から聞いたことを思いだし自身の記憶とすでに何度も見た映像と照らし合わせて擦り合わせる。
(空間そのものに干渉する……か。視界全てが射程だと仮定するならマジでチートとかそんな安っぽい言葉じゃ足りないくらいのスペックだ。初めて見たが【神の太刀】とても興味深い)
神奈月邦彦という絶対的な目標が改めて生まれた。
隔絶した実力差に絋人は臆するのではなくいかにしてその距離を埋めていくか、という部分にフォーカスする。
そのためにまずしないといけないことは━━
(太陽剣舞祭で優勝するしかないか)
3週間に迫った太陽剣舞祭学内予選。
上級生を含め強者ばかりだがそれもまた絋人を滾らせる要因となりうる。
まずは休養をし水上楓からアドバイスを貰った慣らしを試していこうと決める。
━━━一方その頃焔は。
通話を終えると一つ大きいため息を着いた。
「はぁぁぁぁぁ……緊張した」
終盤は打ち解けてきたこともあり自然にプライベートな部分の話も出来たので彼女からすれば上々の結果といえる。
「━━━ちょっと固すぎじゃなかった?」
「うん、やっぱり緊張したし………って、奏ちゃん!?寝てたんじゃないの?」
ベッドから奏がこちらに視線を寄越していた。
「いやー、寝ようとは思ったんだよ?でもそりゃ幼馴染みと親友の恋路は気になるじゃない?」
「……最初から寝る気なかったでしょ?」
「……イヤ、ソンナコト、ナイヨ??」
視線をこちらに合わせずすっとぼけたような表情を浮かべる奏。
勿論この恋愛戦線における焔側の軍師(自称)として大人しく寝ていられるハズもなく最初から聞き耳を立てる気は満々であった。
最初は真剣な話ばかりであり折を見てちょっかいをかけようとも思ったが自然と笑顔も見られたこともあり今回はあえてスルーしていた。
「まぁそれは置いといて、ちゃんと話できてたじゃん。焔からすれば大成長だよ」
「……ねぇ、奏ちゃん。明日からトレーニングに付き合ってくれない?」
「お?珍しいね。絋人と太陽剣舞祭で会うため?」
「それも……ある。でも、それだけじゃなく私もちゃんと強くならないと絋人くんの隣に立つことは出来ないから。クラスメイトに凛ちゃんみたいな美人で強そうな人がいるなら尚更頑張らないと」
実は焔の脳裏には絋人のクラスメイトであり焔自身も友人である凛の事が気がかりであった。
想い人の近くに美人がいるとなると心中穏やかではないのは当然である。
だが奏はフッと思わず笑みをこぼしてしまう。
「……何で笑うの?」
「いやー大丈夫だと思うよ?あいつは人を見た目とかで判断しないから。それに本質的には焔にある程度気はあると私は踏んでいるから」
「え!?どんなところに??」
「それは……ナイショ。だけど一つ言えるのはあいつが人を頼るってことはちゃんと心を許している証拠だから自身を持って良いわよ」
そう言うと改めて布団を被る奏。
「じゃ、本当に寝るからおやすみ」
「おやすみ奏ちゃん」
遅れて数分し焔もベッドに潜り消灯しぐっすりと眠りについた。




