page 88 : ハンバーガーはお預け
──放課後。
「……はあ。懲りない人たちだね」
猫好きAは下駄箱の中で重なっていた自分宛のラブレターを徐にカバンの中へと詰め込む。
「そう言いながらも、ちゃんと全部読むんだよね」
梨人は玄関の段差に座り、靴紐を結ぶ。
「そうさ。だって、またエニウェイバーガーの無料券が入ってるかもしれないだろう?」
猫好きAが過去に貰ったラブレターの中には、手紙と共にハンバーガー無料券のプレゼントが同封されていたものまであった。
「──って、ああ、そうだ無料券。無料券があったじゃないか」
猫好きAは制服の内ポケットから綴りになったエニウェイバーガーの無料券を取り出した。
「……何ちゃんから貰ったのかは思い出せないけど」
そんな猫好きAに苦笑いを浮かべる梨人の目の前に、パサパサと何枚かの便箋が落ちる。
拾い、そのうちの一枚を裏返すと、それは『コルクくんへ』と書かれたファンシーなラブレターだった。
梨人の持つラブレターが、大きな褐色の手に回収される。
「ハハ……こんな俺の、どこがいいんだか」
蛇遣いは、照れながら下駄箱の扉を閉める。
「……だって優しいし?良い筋肉してるもんねえ、コルクくん?」
「だから。やめてくれよ、そういうの。お互い様だろ?」
揶揄いモードな猫好きAに、蛇遣いが呆れる。
(ラブレター、かあ……ふたりとも、僕より遥かに青春を謳歌している気がする)
そんなことを思いながら、梨人がふらっと立ち上がったところに誰かの肩が勢い良くぶつかった。
よろめく梨人の腕を、蛇遣いは咄嗟に引き戻す。
「おい、ぶつかっちまったら謝るんだろうが」
蛇遣いが声をかけた先には、ポケットに両手を突っ込んだ順太の姿があった。
「……チッ」
小さく舌打ちをした順太は、梨人たちを睨みつけると、スニーカーの踵を潰したまま足早に昇降口から出ていった。
ため息をついた蛇遣いは、ラブレターをカバンに仕舞うと猫好きAの肩にポンと手を置いた。
「わりい、ふたりは先に帰っててくれ。俺はちょっと寄り道してから帰る」
駆け出そうとした蛇遣いのカバンの取っ手を、猫好きAが引っ張る。
「マスター、これは私の勘だけど──なにか良からぬことに首突っ込もうとしてるんじゃないだろうね」
「ボスが心配するようなことじゃない。ただ俺は、気になることを確かめに行くだけだ」
蛇遣いの返答を聞いた猫好きAは、彼の肩紐からパッと手を離す。
蛇遣いは急いで昇降口を出ると、さっき順太が曲がった左側に駆けていった。
「野辺山のこと、追いかけていったように見えたんだけど」
蛇遣いの動線を気にする梨人に、猫好きAは呟く。
「……そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
どっち?と眉をひそめる梨人に、猫好きAは肩を組む。
「あーあ。せっかく、エニウェイバーガーをご馳走しようと思ってたのになあ」
そう言いながら指先でピラピラと無料券を揺らす猫好きAは、戸惑う梨人の顔を見るなり微笑んだ。
「──フフ、これじゃ仕方ないね。ハンバーガーは、また今度にしよう」
──岳陵第一高校から、信号一つ跨いだイチョウ通り。
蛇遣いは、猫背で歩く順太の後をつけている。
「梨人の家とは逆方向……ていうか、俺こっち来たことあるな?」
何分か歩いたところで、順太が左に曲がる。
距離を保ちながら同じく左に折れた蛇遣いは、その場所を見て立ち止まった。
「ああ──そうか、駅の方だったのか」
着いた先は、東岳陵の駅。
蛇遣いは、梨人の塾に付き添って何度か足を運んだことがあった。
電車に乗り込む順太を追って、蛇遣いもすぐ後ろの車両に飛び乗る。
閑静な街並みはあっという間に流れ、電車は春御峠駅に到着した。
扉から降りた順太の行先を、蛇遣いは変わらず尾行する。
少し歩いた先に、梨人の通う学習塾『明晰ゼミナール』とラーメン屋『青二才』そして──カラーコーンで規制された"出遇いの路地裏"が見えてきた。
「なんだ?あいつも明晰に──」
蛇遣いの予想は外れ、順太は塾も、ラーメン屋も通り過ぎ、食品スーパー『イツモノマート』の敷地内へと入っていった。
見失わないよう、蛇遣いは看板越しに中を覗く。
順太はイツモノマートではなく、その隣に隣接する『花輪園芸店』に立ち寄り、少しして白と淡い紫が綺麗な花束を抱えて帰ってきた。
「花……?誕生日か、何かか?」
「ふむ、花束にしては質素な方じゃナイか?」
「──マキシ。外では出てくるなって言ってるよな?」
「コソコソ尾行とは。随分、汚いやり方ダナ」
「仕方ねえだろ?毎日、不機嫌なアイツ見てたらなにかこう、日常に原因があるんじゃないかって。んで、その溜まった日頃の苛立ちがまた、優しくて当たりやすいで最適な梨人に向くとなると──な?放っておくわけにはいかないだろ」
「オイ、そんなことより。小僧はもう出て行ったゾ。真っ直ぐだ」
「あ、ああ」
蛇遣いとマキシは駅とは逆の方向、イツモノマートから更に上へと足を進める。
寒い冬の一本道を、歩いて二十分。
辺りは枯れ木ばかりで、春御峠の駅付近とは随分、雰囲気が違う。
「結構来たな……こんな場所に、何の用があるんだ……?」
ただ、山道を歩くだけの尾行にも飽きてきた様子の蛇遣いにマキシの声が転機を知らせる。
「いた!さっきの小僧ダ!」
蛇遣いが顔を上げると、順太の姿がアスファルトの細い道の先に見える。
──ピーヒュロロロロ……
晴れた寒空を、一羽のトンビが悠々と輪を描く。
トンビを見上げる蛇遣いの鼻の先を、どこか懐かしいような線香のほのかな香りが掠める。
順太を追って行き着いた先は──墓地だった。
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