page 87 : さよなら、俺のジェム
朝の教室──
「ハァ、ハァ……待夜っ!」
息を切らした真二が、教室に駆け込む。
「お、おはよう、岩倉。どうしたの?」
「待夜、聞いてくれよ!昨日、家に帰ったら──」
梨人は、真二から差し出されたスマホゲーム『ナイツパレット』のプレイ画面に目を凝らす。
彼が指を差すそこには、ゼロの表記──なんと、夜な夜な頑張って貯めた真二の金貨が一銭も残らずに全て消えてしまったのだ。
「もうショックすぎてよ……やる気起きねえし、そのまま寝てやった」
「き、気の毒に……」
哀れむ梨人とは対照的に、ガッカリする真二を猫好きAはクククと馬鹿にするように笑う。
他者の小さな不幸を目の前に、いつにも増して楽しそうな猫好きA──梨人は、彼から匂う違和感を探る。
「ん、待てよ?確か、昨日──」
梨人は昨日の百合亭で、解散直前に見たやりとりを思い出した。
"俺、トイレ"
"それじゃあ、私が預かろう"
"じゃ、じゃあ。頼みます"
──そう言った真二はあの一瞬、猫好きAにスマートフォンを託していた。
愉快気な猫好きAに、蛇遣いは小声で尋ねる。
「なあ、ボス。あれ……ボスがやったんだろ?」
「どうして、そう思う?」
「俺の勘はいつも正しいから。特にボス絡みだとな」
「フフ……つい、魔が差しちゃってね」
猫好きAは、親指と人差し指で作ったコインに見立てた輪っかをユラユラと揺らす。
その答えは──14時間前、百合亭にて。
「頼みます」
猫好きAの前にスマートフォンを預けた真二が、席を外す。
梨人の画面に夢中な実箏と、蛇遣いを確認すると猫好きAは真二の画面に手を翳し、何かをグッと掴むように拳を握る。
この時──真二のゲーム内にあったはずの15万ジェムは既に、跡形もなく消えていた。
そして、その拳を自分の画面の上でパッと開く。すると、猫好きAのゲーム内にはチャリチャリと15万ジェムが追加され──種も仕掛けも、証拠もない本格ミステリーの出来上がりというわけである。
(ジェムなら余るほど持っているだろうに。何やってるんだよ、もう)
猫好きAのいたずらを見破った梨人だったが落ち込む真二を前に真実など、どうでも良いと思えてきた。
「──岩倉。また、ジェムのダンジョン回って貯めよう?僕も、手伝うから」
「ほ、本当に?いいのか?」
「梨人がやるなら、俺も手伝うぞ」
「それなら、私も手を貸すよ」
「ボ、ボスは……いいんじゃないか?」
「好は……ね、ほら。その……うん」
わいわいと話に花を咲かせる梨人たちを横目に、隣の席の順太は頬杖をつく。
「チッ。どいつも、こいつも。うるせえんだよ……」
ガンッと机の足を蹴飛ばした彼は、ふらふらと廊下の方へと歩いていく。
生徒の話し声で賑わう、一帯。
誰も気にかけない教室の中で、蛇遣いはただ独り、順太の遠ざかる背中を見つめていた。
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