page 86 : 集中すると、すごいんです
「ボス。真二の奴、成功したみたいだな」
「みたいだね」
フッと微笑み、ロイヤルコーヒーを啜る猫好きA。
喫茶『百合亭』──梨人と真二から少し離れた死角の席には蛇遣いと猫好きA、実箏がテーブルを囲んでいた。
「実箏、なんだか怒ってるような……」
蛇遣いは、いつにも増して静かな実箏を気にかける。
「あ、ううん。怒ってないよ?怒ってないけど……なんだろうね、ちょっと複雑ってのはあるかも」
実箏は過去に、偶然にも真二に頭を踏まれる梨人の姿を目撃している。
あの時、自分が止めに入っていなければ──
真二のことを信じきれないのも、無理はなかった。
不安そうな顔をした実箏に、蛇遣いは席を立つとそのままふらっとどこかへ歩いていってしまった。
「あれ、マスター?どこへ行くの」
蛇遣いが向かった先は──梨人と真二の元だった。
テーブルに落ちる影に、梨人は顔を上げる。
「あれ、コルク!なんで?帰ったんじゃなかったの?」
驚く梨人に、妙に納得した顔の真二。
「すぐそこで、実箏とばったり会って。皆でお茶をしようってなったんだ。そしたら、お前らの声が聞こえるもんだから、びっくりしてよお」
そう言う蛇遣いの背後から、猫好きAと実箏も姿を現した。
「待夜くん、ごめんね。驚かせて」
梨人に一言挨拶をした実箏は、彼の向かいに座る真二へと視線を滑らせた。
「──石田くん」
「石田って?誰だ、それ」
ツッコむ蛇遣いの隣、一文字も合っていない名字に猫好きAは俯き、笑いを堪える。
「……矢城さん、岩倉だよ」
「あっ、ごめん。岩倉くん」
当の真二は、なにやら気まずそうな様子。
明らかにそわそわとする彼に、実箏は言う。
「その……待夜くんとは、仲直りできたの?」
彼女の優しげな声に、真二はようやく実箏と目を合わせた。
「仲直り──」
答えに詰まる真二に、梨人が口を開く。
「うん。誤解は解けたよ」
その言葉に、真二は安堵の表情を浮かべる。
「そっか、良かった」
実箏は真二の近くに寄ると、小声で言った。
「岩倉くん……もう、喧嘩はナシだからね?」
「……ああ」
頷いた彼は、どこかすっきりとした表情をしていた。
──辺りもすっかりと暗くなり、窓の外には闇の中で主張する信号機の三色と行き交う車のヘッドライトが明かりを落とす。
同じテーブル席に着いた梨人たちは、皆揃ってスマホゲームのマルチプレイ中。
「な、なあ……ふたりとも、本当に最近始めたばかりなんだよな?」
手を止めた真二が、猫好きAと蛇遣いに話しかける。
「うん、そうだよ」
飽きてきたのか、放置気味の猫好きAはすみません、とコーヒーのおかわりを注文する。
真二は自分の画面と、猫好きAの画面を見比べると不思議そうにした。
「どうして、そんなにレベルが高いんだ?課金もしてないんだろ?それなのに、育成も終わってれば進みも早いって……」
そう聞いた途端、全員が露骨に目を逸らした。
(存在が、チートみたいなもんだから)
(だって、好くんはゴッドハンドだし──)
目を伏せる梨人と実箏に、動揺する真二。
「あ、あれか……やっぱり、人間じゃない……のか?」
「ゴフッ──」
いきなり飛び出た正解に、梨人はホットチョコレートを吹き出す。
慌てる彼に実箏はおしぼりを差し出し、蛇遣いがテーブルを拭く。
真二の視線は、蛇遣いが握る茶色い柄のできたおしぼりから、猫好きAへと移る。
応えを待つかのように、まじまじとこちらを見つめる青年──
少し困った猫好きAは、真上から垂れ下がる裸電球のペンダントライトを見上げた。
「あー……集中すると、すごいんだよね。私たち」
そんな適当な嘘をつくと、猫好きAはまた一口、ロイヤルコーヒーを啜った。




