page 84 : 突然のMINE
──梨人の部屋。
「はあ──なんだかドッと疲れた」
デスクチェアに座り脱力する梨人は、ぼーっと天井を仰ぎ見る。
暴力、停電、激しい雷雨──散々な一日だった。
梨人はなんとなく、自分の脇腹に手を添える。
腫れた頬と切り傷、脇腹の青アザ──真二に負わされたすべての傷跡は猫好きAの治療によって綺麗に癒えていた。
梨人は、今日の真二との出来事を思い出す。
人気のない校舎裏、冬の乾いた空気、真正面から飛んでくる拳、制服に付いた白い足跡。
ああいう時、今までの僕なら見えるもの全てが恐ろしかったはずだ。
痛みに耐え、涙を流し、抵抗することしか頭に無い臆病者のはずだ。
だが今日、あの瞬間──僕は、"何か"が違った。
殴られようと、蹴られようと。
一瞬の衝撃を経た僕の身体から、痛みはすぐに消えていった。
それは実際、猫好きAに指摘されるまで頬の腫れにも気付かなかったほどだ。
そして、本当に恐ろしかったもの。それは──自分の中に突如として湧き上がった衝動だった。
真二の一挙手一投足が、自分の中の"何か"を刺激する。
その"何か"に突き動かされるように、僕の視線は自然と彼の首へと向いた。
以前、結紀の襟に伸ばしかけた手──
梨人は、憎しみに脳を支配された時の感覚を覚えている。
今日のソレは、結紀へ抱いたものとはまた違う衝動──沸々と昇りつめる怒りとは比べ物にならないほどの、得体の知れないナニか。
そして、僕はその危険な衝動から目を逸らすように、真二の攻撃を一心に受けた。
そう考えれば、僕を止めていたのは真二だったような気もしてくる──全くを以て、訳が分からない。
「……やっぱり僕、おかしいのかもしれない」
ゴツンと机に頭をつけると、鼻先に置かれたスマートフォンの画面に通知が届く。
「MINE……?誰からだろう」
アプリを立ち上げると、そこには見慣れないアイコンからのメッセージ。
トークルームの表示名に目を落とした梨人は、頭を抱えた。
「ええっ、どうして──」
新しく追加された友達は──真二だった。
彼からのMINEの内容──
『同じクラスの真二です。急に連絡してごめん。連絡先は、好に聞いた。どうしても謝りたくて。読んでください。』
真二から送られたメッセージに、梨人の既読がつく。
「謝りたいって、あはっ。ホント急だな……」
動揺する梨人の視線の先、トーク画面に次のメッセージが届く。
『今日、待夜に手を上げたこと。今まで、酷いことをたくさんしてしまったこと。後悔してる。本当に、ごめんなさい。俺は、待夜のことを誤解していた。待夜のことを知ろうとしないで、勝手に決めつけていた。』
「誤解……」
呟く梨人に、ポコンとまたもメッセージが届く。
『悪かった。明日、ちゃんと謝らせてほしい。話がしたいです。』
「あの岩倉が、自分から謝りたい……?なんかの操作ミス、とかじゃないよね……」
驚きに揺れる瞳の前に、最後の一文が届いた。
『放課後、百合亭に来てくれませんか。』




