page 81 : 怒り、震撼
──岳陵第一高校、二年三組。
昼休みの教室、猫好きAと蛇遣いはスマートフォンで梨人に教えてもらったオンラインゲーム『ナイツパレット』をプレイしていた。
「見ろよ、ボス!マキシみたいな蛇、首に巻いたヤツ見つけちまった。見た目ホストみたいなのに、これで療法士だってよ!イケてるよな。」
──NOTシャンパンタワー、YES投薬瓶。
蛇遣いの脳裏には、薬瓶を片手に不敵に笑うキャラクターが浮かぶ。
外見に反して、誠実そうな彼を気に入ったようだ。
「あ、そのヒト苦手。治療技を使う度に煩くて。そういうところ、マスターっぽいキャラクターかもね。」
木目の椅子に踏ん反り返る猫好きAは、組んだ方の足を揺らす。
「はあ。ダメだな、ボスは。このギャップが分からないなんて。」
蛇遣いが咥えたストローの苺ジュースを、ズズズと最後まで啜り切った時。
教室の扉が、勢いよく開けられた。
「好くん、コルクくん──!」
「あれ、実箏ちゃん。どうしたの。」
猫好きAが向いた先には、ジャージを着た実箏の姿があった。
「アハハ。好くーん、だってえ。」
「アナタたちに喋ってないから。黙って。」
彼女の言い方を茶化した男子生徒に、実箏はぴしゃりと言い返す。
「クククッ……」
手で口を覆う蛇遣いは、キッと目を吊り上げる彼女と、怯む男子の構図に笑いを堪えていた。
「ごめんね、突然。待夜くんって、どこに行ったか知ってたりする?」
眉を下げる実箏に、猫好きAは応える。
「ああ──今日の昼は図書当番だって、結構前に出ていったけど。どうかしたのかい?」
じっとこちらを見つめる猫好きAに、実箏は真剣な面持ちで言った。
「……少し、いいかな。」
──廊下の外れ。
比較的静かな空間に、蛇遣いの大きな声が響く。
「梨人が、サボり!?」
「ちょっと、うるさいよ。」
実箏は、背の高いふたりと壁に挟まれる形で立っている。
「私、委員会の仕事とは関係なく、昼休みは大抵図書室に居るんだけど……当番表に待夜くんの名前があるのに来てないって、ペアの子が言ってたのを聞いたの。無断で仕事を休むところなんて、一度も見たことがないから──何かあったんじゃないかと思って。」
「うん、そうだね……梨人は、かなりな真面目だから。あり得ないと思うのは、当然だよ。」
そう言うと、猫好きAは廊下の窓を開けると縁に足をかけた。
「えっ、何して──」
「ちょちょ、ちょーっと待て〜?」
飛び降りようとしたところを、蛇遣いに止められる。
「どうして、そう見切り発車なんだよ、いつも!」
「いや、最短で探してこようかと──」
効率厨の猫好きAは、それの何が悪いと窓の下をピッと指差す。
「だからって、窓から行かなくたっていいだろ?どこの猫だっつんだよ。」
──キーンコーン、カーンコーン……
「あっ、昼休み終わっちゃった。私、次の時間は体育だから、行くね。待夜くんに、当番のこと伝えておいてもらってもいいかな?」
「おう、ちゃんと伝えとく。ありがとな、心配してくれて。」
首根っこを掴まれる猫好きAと、蛇遣いに苦笑いで手を振ると、実箏は廊下を駆けていった。
蛇遣いは、掴んだままの猫好きAの襟を引っ張る。
「おら、ボス。教室戻るぞ。」
「戻る、ちゃんと戻るから。手を離して。」
身長は変わらないふたりだが、筋肉量とパワーでは、蛇遣いが圧倒的に有利な体格。
半分、引きずられる猫好きAを通りかかった生徒たちはおかしそうに笑った。
「──ああ、大変な目に遭った。」
「ボスが悪いんだろ。大人しくしろって言われてるのに、あんなこと。」
言い合うふたりが、教室に戻ると──席には、ぽつんと座る梨人の姿があった。
「あれ、梨人!どこ行ってたんだよ?実箏が心配してた……ぞ……」
「あっ、ごめん。少し用事で。」
蛇遣いと、猫好きAの方を振り向いた梨人は──頬を、酷く腫らしていた。
「おいっ、おまえ……そのほっぺた!どうしたんだよ!」
「目元も、切れてるじゃないか……梨人、君は一体、何をしてきたというんだい。」
酷い有り様の梨人に、ふたりは動揺を隠せない。
そんなふたりの表情を前に、梨人はぎこちなく笑った。
「何も、無かったよ。ほら、早くしないと授業始まっちゃう。」
本当のことを言わない梨人に、蛇遣いは囲い手を翳す。
その行動にハッとした猫好きAはすぐ様、蛇遣いの意図を汲むと、彼の肩に手を置いた。
「やめて!読まないで!」
梨人が手で遮って抵抗するも、蛇遣いは構わず唱えた。
『 スキャン 』
──蛇遣いの脳内に、梨人の新鮮な記憶が溢れ出す。
"お前、目障りなんだよ。"
"少しばかし顔の良い親戚が居るから、なんだ?てめえが中心気取ってんじゃねえ。"
"なんの取り柄のない、お前みたいなヤツは!教室の隅で、いつまでも縮こまってりゃいいんだよ!"
記憶の中の梨人は── 一人の男子生徒による一方的な暴力に苦しんでいた。
"やめよう……こんなことして、何になる?"
"僕が、真二に何をしたっていうんだよ!?"
──梨人に怪我を負わせたのは、クラスメイトの真二だった。
殴られながらも必死に、真二を止めようとする梨人。
「なんで……なんでやり返さないんだ、梨人……」
記憶を辿る蛇遣いが、そう呟いた時。
ブーン──カチンッ。
鈍い機械音と共に、校舎中の明かりが一斉に消えた。
「なに……停電?」
気がついた何人かの生徒が、天井の照明を見上げる。
──ゴロゴロゴロ……ピシャーン!!
窓の外──
さっきまでの青空は跡形もなく消え、黒い雲に覆われている。稲妻の凄まじい音が轟き、暗い空からは雨が降り出した。
「きゃあっ!!」
「なんだ、なんだ!?」
停電の次に、急な天候の変化がクラスを襲う。
生徒たちが騒ぎ始める中、窓の外を見た蛇遣いは呟く。
「これは、まずいかもな……」
彼の瞳の先、グラウンドでは照明塔が異常を知らせるようにチカチカと点滅する。
蛇遣いの机上では、放置したままの『ナイツパレット』の画面──待機モードに入った星5療法士・伯柊が懐から鋭利なメスを取り出す。
蛇遣いは、様子を伺うようにゆっくりと後ろを振り返った。
俯き、拳を握る猫好きA──彼が、怒りに震えているのが分かった。
「どうなってんだよ、これ……世界が終わるみたいだ……」
窓の外を覗く男子生徒に、女子生徒が叫ぶ。
「危ないっ!離れて!」
「えっ?」
驚いた男子生徒が、窓際から一歩引いた時。
──パリンッ!ガシャーン!
ミシミシと音を立てていた窓ガラスが、一瞬のうちに全て割れ落ちた。
「うわーーーっ!!」
「もう……どうなってるの!?」
立て続けに起こるアクシデントに、パニック状態の三組。
「危ねえって……とにかく、ここから逃げよう。」
「あ、ああ……」
何人かの生徒が、すくむ足で教室を出ようとしている。
「動くな──」
聞こえた指示に、生徒たちは動きを止める。
「そのまま総員、眼を閉じよ。」
猫好きAの低い声が張り詰めた空間に、更なる緊張を走らせる──
判断する余裕のない生徒たちは、聞こえた通りに慌てて目を塞ぎ始めた。
蛇遣いは、クラスを見渡す。
ある者は恐怖から涙を浮かべ、ある者は避難訓練の時のように机の下に身を隠している。
そんな中、我先にと通学カバンを背負う男子生徒がひとり動き出した。
「なんでお前に従わなきゃならないんだよ。馬鹿らしい。」
そう文句を吐いた彼が、教室の扉に手を掛けた──その時。
「動くなと言っているのが聞こえないのか!!」
猫好きAの怒声の直後。
窓の外には目が眩むほどの雷光が走り、その轟音は冷たい雨に濡れる岳陵の地を低く唸らせた。




