page 79 : 失恋エイリアン
「ごめんなさい、お家まで押しかけてしまって。この前のお詫びと、その……コルクさんに、どうしても伝えたいことがあって。」
目を泳がせる彼女の前には、大柄な男が立っている。
「梨人の友達の、お姉さん──だったんですね。俺、知らなくて。それに、なんていうか驚きました。あの日と、外見も少し変わったような気がして。違ったんなら悪いですけど。」
「はあっ、覚えていてくれたんですね……髪、黒に戻したんです。この方が、誠意が伝わるかなと思って。」
待夜家の庭先で話す、英里と蛇遣いを恵が窓から気にかけている。
「英里ちゃん、久しぶりに顔を見たけど……何かあったのかしら。」
セーヤはガラス越しに覗く恵に近づくと、背後から尋ねた。
「来客ですか?」
「えっ、ええ。コルクに用事みたいね。」
(いつの間に!?)
恵は、突然気配を現したセーヤに驚きを隠せない。
「……あちらの方は?」
「ああ──鈴央くんのお姉さんで、英里ちゃんよ。あ、鈴央くんは梨人の同級生ね。それにしても、ふたり……いつの間に知り合ったのかしら。」
ふたりに見守られる中、英里と蛇遣いの会話は進む。
「コ、コルク様──」
「ちょっと待ってくれ。どうして、様……?」
俺はいつから偉くなったんだと目をぱちくりさせる蛇遣いに、英里は頭を下げる。
「この間は、本当にごめんなさい!許可なく触れてコルク様を怖がらせてしまったこと、勝手に写真を隠し撮ったこと……深く、深く反省しています。」
言葉通り深々と謝罪する英里の前、蛇遣いは腕を組む。
「頭を上げてください。触れられたことについては俺、怒ってなければ傷ついてもいませんから。なんなら忘れてたくらいですし。」
「本当、ですか?」
パッと顔を上げた英里に、蛇遣いは付け加える。
「ただ、隠し撮りは許し難いです。冗談じゃなくて、俺の情報は高く付くんですよ。」
その一言で、一瞬にして英里の顔は曇る。
「まあ──百歩譲って。この場で、撮った写真全て消してくれるのならば水に流しますけど。どうしますか?」
「はいっ、すぐに消します!いや──信用が無ければ、コルクさんの手で直接消してください。」
英里が、スマートフォンを取り出そうとした時。
「ほら、消してだってよマスター。それとも、私が殺ろうか?」
嫌な顔をした蛇遣いが軽口の聞こえた方向を見ると、買い物袋を手から下げた猫好きAが立っていた。
「消すのは、人間じゃなくてスマホのデータ!俺の客人だ、余計な口を挟まないでくれ。」
「フフフ、済まないねえ。どうぞ、ごゆっくり。」
蛇遣いに向けられた猫好きAの目は、笑っていない。
人間との過度な接触を、良く思っていないのだ。
彼は英里にも、舐め回すように視線を這わすと玄関の奥へ消えていった。
「んだよ、あの態度──」
蛇遣いは英里の手からスマートフォンを取り上げると、その表示内容に目を見開いた。
「いや、いくつ撮ったんだよ……多すぎだろ。」
「すみません……気づいたら、こんなにたくさん……」
蛇遣いの見る画面には、色んなアングルから撮られた自分の姿が大量に保存されていた。
はあ、とため息をつくと彼は自分の映る写真の全てを消去した。
「これで、全部ですか?」
「はい、もうありません。あ、あともう一つ……」
少し不機嫌な蛇遣いの前に、英里は持参した紙袋を差し出した。
「これ、私の気持ちを込めて作ったんです。コルクさんに、贈りたくて。」
手渡された紙袋を覗くと、そこには手作りのマフィンが入っていた。
苫男が考案した『手作りお菓子で素直になろう計画』で一緒に作った"心尽くしの品"である。
「これを、俺に?お詫びだって言うなら、いただけませんよ。俺、言いましたよね。怒ってないって。」
「いえ、違うんです。お詫びだけじゃ、ないんです!」
(ま、まさか……コレで私の物になって欲しいとか言い出すんじゃないよな……)
蛇遣いは、英里との接触を思い出す。
"顔にカラダに……この男、結構良いかも。"
"私のモノにできたら──"
あの日、脳内に伝わってきた英里の私欲……
彼はまったく、忘れてなどいなかった。
「謝った後で、おかしいと思うかもしれませんけど──これが、私の素直な気持ちです。」
英里は、まっすぐに蛇遣いを見つめた。
「あなたのことが好きです、コルクさん。」
「好きになったら、好きばかりで。おかしいことにも自分一人では気づくこともできなかったんです。ブレーキが効かなくなっちゃったんです。それくらい、好きなんです。隣にいたいと思ったんです。」
彼女の潤む瞳から、蛇遣いは目を逸らせなかった。
どうして──こんなにも不器用なんだ。
俺も不器用。
猫好きAも不器用。
たぶん、梨人も不器用。
皆、それぞれの想いを抱えて生きている。
不器用って……こういうことなんだろうな。
どうしようもない感情にもがいて、狂って、派手にあるいは、地味に間違えて。
でもだからって、不器用がダメなわけじゃない。
彼女は──たくさんの間違いの果てに、素直な自分の気持ちを見つけることができた。
そして、それを俺への謝罪と告白という形で行動に移した。
自分が不器用な存在だからこそ、誰かの不器用が分かることって、ある。
だからこそ、そんな不器用を受け止めてくれる誰かが居てもいい。
蛇遣いは、英里から受け取った紙袋を太い腕で確かに抱えると少し悲し気に、それでも精一杯、微笑んでみせた。
「──ありがとう。俺は隣にいてあげられないけど、英里さんの、その気持ちは大切です。俺を想ってくれたことに変わりはないんだから。」
英里は、蛇遣いの最後の優しさに涙を流す。
手で顔を覆い震える彼女──ガラス越しに佇むセーヤは、リビングの猫好きAに言った。
「──たった今、終わったみたいです。」




