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page 76 : 愛という名の呪い

──皆が寝静まる、午前0時。


静寂を掻き消す、蛇遣いのいびき。


「ぐごお……スピ〜〜〜」


口を開けて豪快に眠る彼の横、スウェット姿の猫好きAは布団を抜けようと動き出す。


枕元に置いたチョーカーに、そおっと手を掛けた時。


──パシッ。


彼の白い手首は、大きな手によって掴まれた。

いつの間にか、さっきまで聞こえていたソロ(いびき)も止んでいる。


猫好きAが横目を流すと、そこには蛇遣いの青い瞳があった。


「……なあに。」


「なーに?じゃねえよ。独りでどこ行くんだよ。」


「喉乾いちゃって。ついでに寝れないから、少し風にでも当たってこようかと。悪いね、起こしてしまって。」


「……ならいいけど。あまり遅いと、その……アレだろ。」


「心配って?」


「お、おう。まあ、そんなところだ。それに、俺の居る意味が無くなるだろ?」


「フフフッ。頼もしいがすぎても困ったもんだね。」


猫好きAは片手にしたチョーカーを首につけると「いいから寝て」と蛇遣いを急かし、和室を後にした。


──梨人の部屋。


晴れた夜の空から差し込む月明かりが、窓辺を薄らと照らしている。


「うーん……」


梨人が寝返りを打った先には、独りの影。

暗がりの中、黄色く光る二つの瞳──


梨人の隣には、猫好きAが座り込んでいた。


「変化が、怖い……か。うん、そうだよね。それが正常だよ。」


猫好きAは、梨人の髪を優しく撫でる。


「でも、どうしてだろうね。変化を恐れているという君なのに──私には、それを渇望しているように見えて仕方がない。」


髪に触れる手が、スルスルと下へ移動していく。


「そして……この私もまた、変化を渇望しているよ。誰でもない梨人、君の変化を。」


梨人の胸板に置かれた猫好きAの手が、緩やかな鼓動を捉える。


暖かな体温と、確かに伝わる生命の躍動。


「フフ、よく眠っている。そのまま、何も知らなくていい。今から私が、ほんの少しだけ君を書き換えるから。」


猫好きAは顔に掛かる長い髪を耳にかけると、

横たわる梨人の上に覆い被さった。


「梨人……私の我儘をどうか許して欲しい。」


そう呟くと、猫好きAは梨人の首筋に噛みついた。


「うっ……ううん……」


寝首に走るチクリとした痛みに、梨人の顔は歪む。

猫の牙が肌に食い込み、やがて傷口から赤い血が口の中に流れ込む。

猫好きAは梨人の味を感じながら、傷口から自身の"影響力"を流し込んだ。

梨人の身体へ、自分という存在をゆっくりと馴染ませるように。


猫好きAは、血の味を喉に流しながら静かに瞳を閉じる──


──身勝手でごめんね、梨人。ダメだよね、良い歳して、こうすることでしか素直になれないなんて。


私は"リヒター"という運命を課せられてからというもの、これまで運命を信じたこともなければ、信じようと思えたことすらなかった。


ただの偶然、いや──偶然を被った必然?


堕ちた先で君という異人に出会い……私たちは拾われた。

そうして、梨人と過ごしていく度に私は、自分が変わっていくのが分かった。


彼の見据える未来の景色に、梨人の輝く瞳の先に。

私が映っていたら、どれだけ幸せだろうと。


いたずらな神は私に、もう一つの運命を与えてしまったんだよ。

出遇いから生まれる──『変化』という運命を。


──猫好きAは梨人の首から口を離すと、傷口を親指で拭った。


窓から差す月明かりに、彼のチョーカーに刻まれたAのイニシャルがキラリと光る。


──梨人。君はそのまま、朝までぐっすり眠ればいい。

これから何が起ころうとも、夜には全て忘れて眠ればいい。

責任は、私が取るよ。


君との未来。


君が隣に居る、そんな日々のためならば。

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