page 72 : 大結界、監域
「……よしっ、と。猫好きさん、これでどうでしょう?」
セーヤは、高校の屋上を囲うフェンスに札を貼り付けているようだ。
「セーヤくん、君さあ──」
「はい。あ、枚数増やしますか?」
「ああ、いや。違うんだけどね?」
猫好きAは、フェンス前で作業をするセーヤの隣に立つ。
目の前の札には、セーヤの影響力によって印字された古語がびっしりと刻まれている。
「こういう仕込み術の類いって、どうやってもそのヒトの柄が出るって言うじゃない。どうしてこうも、センスが良いんだろうと思って。今ドキ、こんな古典的な大結界の札なんて、誰も持ち歩いてないでしょ。巡騎の隊長クラスって、やっぱり皆変わってるよね。」
「ああ……それを使いこなせるのも、普通じゃないっていうか。」
猫好きAの隣では、蛇遣いが物珍しそうに札を眺めている。
「アハハ……僕の場合、祖父の影響もあってその場勝負の派生術より、こういう小道具を使う方が精度が上がるというか──手に馴染むんですよね。まあ、ただの趣味の延長とでも思ってください。」
セーヤはひと呼吸を置くと、最後に中央の札へ両手を突き、一気に影響力を流し込んだ。
『 覚約 』
大三角の形に配置された無数の札が、彼の力を受けて白銀に輝き出す。
「準備は整いました、お願いします。」
セーヤの呼びかけと同時にふたりはそれぞれ、高校の敷地内に散らばった。
猫好きAは電柱の上に立ち、蛇遣いはグラウンドの照明塔から手を振って合図を送る。
札を発動させるセーヤの現在地を含め、これで高校内の敷地を結ぶ三点が完成した。
「守護の知恵、守護の戒道──」
セーヤが詠唱を始めると猫好きAと蛇遣いも手を広げ、前に伸ばす──
「セーヤ・レジール」
「コルク・シャロウィン」
「猫好きAの名の下に──」
「我らが影響よ、今ここに守を結びたまえ──大結界!」
セーヤの声の終わりと同時に、三ニンの立つ地点を柱に、ドーム型の結界が膜を降ろしていく。
あちら側では、結界の成功を見届けた蛇遣いが照明塔から豪快に飛び降りる。
「……さてと。私の方も、セーヤくんに乗じて保険をかけさせてもらおうか。」
猫好きAは電柱の上で開いた両手を前に突き出し、構える。
「──監域。」
派生術により大結界の中に立つ自分を起点に、彼はもう一つの結界を生み出した。
監域──
セーヤの符術によって構築された『大結界』とは異なり、感知に特化した結界。
猫好きAの莫大な影響力により、大結界を包み込むように展開され、それらは梨人の通学路一帯を監視する二重構造のセキュリティエリアとなる。
いつもと同じ岳陵の街並み、その中で忙しない人と車の往来──何も変わることはない日常。
その日常は今、二つの結界に抱かれている。
一般人は決して見ることのできない、守の加護──
その加護、大結界の縁にはマントに身を包んだ女性と、男性の姿。
男性に関しては身体を隠そうともせずアイマスクの下、髪を全て後ろへすっきりと流していた。
露わになった彼の額には、スイーパーの頬のものと同じマークが刻まれている。
「おや、釣れたと思えばこんなにも近くに。隠れるのが、お上手なようで。」
猫好きAが電柱から見下ろす先──
マントの女性は、大結界の膜に手袋をはめた手を掛ける。
「──解。」
──バチンッ!!
「……!!」
結式解除を唱えるも、結界に触れた彼女の手はいとも簡単に弾き返されてしまった。
煙を上げる彼女の片手──手袋は破れ、接触した手の平は肉が抉られ、骨が覗く。
「──影響力ごと作用するのか。なんて腕の立つ……最悪だ。」
目の前で脱力した彼女の手からは、ポタポタと鮮血が滴り落ちる。
「うわあ、赤い……はあっ、いけない、いけない……ボク興奮しちゃうよ……」
彼女の血に興奮して震える隣りの男性は慌ててアイマスクを装着し、視界を遮断した。
ジジッ──ジジジ──
彼女の無線に、連絡が入る。
「……リョシカよ、聞こえるか。」
「はい、艇王様。」
「家族の──事切れる感覚がした。何か、進展があったのだろうか。」
リョシカと呼ばれるその女性は、少し間を置くと艇王からの問いに応えた。
「今しがた、お伝えしようと思っていたところです。スイーパーの死亡が確認されました。彼の身体は、猫好きAの手元に在ります。回収しますか?」
「……いや、いい。彼ならそのまま、忘国へ帰してやるのが一番だろう。手間が省ける。」
「承知しました。」
インカムに指を掛けたリョシカは、視線を上げた先に制服姿の猫好きAを見つけてしまった。
(はっ……!?)
内心狼狽えるリョシカ──電柱の上から面白気に見下ろす彼と、ばっちりと目が合う。
「──リョシカ。聞いているのか。」
「あっ、はい。申し訳ありません、艇王様。」
目線は猫好きAのまま、リョシカの足が一歩後退る。
「スイーパーは死んだ。これより先は引き続き、ペアで任務を遂行してくれ。」
「はっ。」
「──私を、苦しめるなよ。」
そうリョシカに言い残すと、艇王は無線通信を切った。
インカムから手を離した彼女は、アイマスクで視界を塞いだ隣の男性に耳打ちをした。
「退散だ。」
「ええ?」
「彼だ──彼に、気づかれた。」
リョシカはアイマスクの男を連れてすぐさま、結界から離れた。
「……ねえ、リョシカ?」
建物の上を飛び移る男は、前を飛ぶリョシカに話しかける。
「スイーパーの血は──赤かったのかな。」
「はあ。お前はいつも、そればかりだな。丹蔵。」
呆れた顔で、リョシカが後ろを振り返る。
アイマスクを額の定位置に上げた彼は目を細め、なんとも不気味な笑みを浮かべた。
「きっと、それはそれは……赤かったんだろうなぁ。」




