page 69 : 握抄、裁血
「……それで?君は、どうして人間界に?」
対峙する、猫好きAとスイーパー。
廊下には慌てて逃げた生徒の上履きや、持ち物が散乱している。
「そういう、お前はどうなんだよ。どうして巡影の顔がここにいるんだ?なんか、若返ってるし。」
スイーパーは、制服姿の猫好きAに上から下まで視線を走らせる。
「え?そりゃあ……日本でバカンスだけど?」
「バカンス?こんな大勢のガキに混ざってか?」
「うん。これもこれで、新鮮でイイよ。で、君は?」
猫好きAは耳のうしろに手を当て、彼の答えを待っている。
「……知りたいか?」
「うーん、知りたーい。」
「やけに素直だな。まあいい……教えてやる。」
スイーパーは、長い足で自分の胸部を示した。
「能力者狩りさ……艇王様のための、な。我が王は、影響力を喰らう。」
彼は、"艇王様"と呼ぶ人物に差し出す影響力を集めるために、能力者の首を狙っていたようだ。
「ん?でも。おかしいよね?」
「ア?なにがだ。」
「どうして……他人を操り、梨人を狙った?私をおびき出すため?」
スイーパーは目を丸くした後、ニヤリと口角を上げた。
「──ああ、そういうことか。ウヒヒヒ……や〜愉快、愉快!隠れ家のボスも、落ちぶれたなあ!」
「……何が言いたい。」
スイーパーが、猫好きAを嘲笑う理由──それは自分だけが衝撃の真相を知ってしまったから。
スイーパー、彼は観察能力が非常に高く、勘も鋭い。
まだ、猫好きAと蛇遣いも知らない秘密──
"混じり"と呼んだ梨人の身体の変化を、瞬時に見抜いていた。
「まあまあ、そんなにムキになるなって!」
面白がるスイーパーは、二本の足で「どおどお」と猫好きAを宥める動きを繰り返した。
彼の揶揄いに呆れると猫好きAは早速、片手に『導きの横笛』を召喚した。
「仕事上、君の顔は知ってたけど。思えば、そこまで談笑に時間を割くほど仲良くないよね、私たち。そろそろ、終わらせてもいいかな?」
『導きの横笛』を向けられたスイーパーは、甲高い声で笑い出した。
「ウヒヒヒヒヒ……そうか。そうだったな、お前はそういう男だったよなあ、猫好きA!!」
興奮した彼は、六本の足に体液を滲ませる。
廊下に垂れ落ちる青紫のソレは──毒だった。
「だからねえ?そこまで知らないでしょ、私のこと──」
言い切らないうちに、猫好きAはスイーパーに横笛で突きを喰らわせた。
「グオ……っ!」
後ろにそり返ったスイーパーは、負けじと足先から毒弾を飛ばす。
毒をスイスイと避ける猫好きAに、続いてスイーパーの口から熱性の糸が襲う。
避けても避けても、しなる糸は方向を変えながら追い詰めてくる。
素早い軌道が、猫好きAの制服の袖を掠めた。
バク転からスタリと着地した猫好きAは、切れた袖を確認すると声を上げた。
「ああ!梨人とお揃いの制服だというのに……この──蜘蛛もどきが!」
猫好きAは手で蝶の形を作ると、手の平をスイーパーへ翳した。
「防ごうたって、無駄だ!ヲレの毒に溺れろ、猫好きA!!」
廊下の向こうから、豪速の六本足がこちらへ向かってくる。
猫好きAは彼に向けた手を、何かを搾り取るかのように動かした。
小指。
薬指。
中指。
猫好きAの指が折り畳まれるごとにスイーパーの足の動きがもつれていく──
全ての指が折り畳まれると、スイーパーは胸を抑えて苦しみ出した。
「クソ……何を……っ」
猫好きAは床にひっくり返るスイーパーに視点を絞ると、その握る拳に力を込めた。
「──握抄!!」
「ぐあ゛〜〜〜〜〜っ!!」
スイーパーは、あまりの痛みに白目を剥き、足を痙攣させながら廊下を転げ回った。
握抄──それがもたらすのは、魂の破壊。
猫好きAは、スイーパーの魂を思い切り握り潰した。
──午後を包む、静寂。
校舎の窓から、日光の光が黄金色に差し込む。
「……ひゅう……ひゅう……」
浅い息をしたスイーパーが、光の元で横たわっている。
吐いた大量の血が顎を伝い、彼の首元を赤く染める。
ギュイッ、ギュイッ、ギュイ──
猫好きAが、ゆっくりと近づく。
「スイーパー──ここで会ったのも何かの縁。私は、いずれ上空に戻るだろう。何か、伝言──いや、遺言はあるかい?例えば……忘国のロジリック王への謝罪とか。」
猫好きAの問いかけに、スイーパーはゴフッと血を吐きながら応えた。
「……無い。遺す言葉も、未練も。ヲレは……もう、モネジスタじゃねんだ……」
彼の最期の言葉を聞き届けると、猫好きAは拳を掲げた。
「──knock。」
空を掴むと、猫好きAは宙で2回、コンコンと見えない扉を叩く。
ガチャリという音が響き、彼に尋ねられたスイーパー以外の時が止まる。
窓の外を楽し気に飛び回っていた雀たちも、空を漂う雲の流れも。
全ての時が、彼の儀式を待っている。
「最後くらい、素直になっても良かったのにね。」
猫好きAは、導きの横笛を召喚する。
「モネジスタ・ナンバリング5、スイーパー──その"命"を以って挨拶とせよ。」
横笛で、宙を真横にスパリと切り払った。
「──裁血。」
スイーパーの息が止まり、やがて時は待ち望んでいたかのように動き出す。
何羽かの雀の声だけが、ふたりの間に音を添えた。




