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page 68 : 裏切り者のスイーパー

授業終わり、賑やかな午後の廊下。


一人の男は、ゆっくりと3組の教室へと向かう。

睫毛をシパシパさせたつけま女子、歯だけが真っ白な日焼け男子──

生徒たちが行き交う中を、ゆったりとした足取りで進む。


──ドン!


ストローを咥えた女子生徒とぶつかる。


「あ、ごめん!ちょっと余所見してて……」


咄嗟に謝る彼女が顔を上げると、そこには──苫男の鋭い目つきがあった。

女子生徒は、紙パックのジュースを床に落とす。


「邪魔だ、退け。」


「ご、ごめんなさい……」


苫男は肩で女子生徒を突き飛ばすと、そのまま通り過ぎていった。


「はあ、怖かった……なんなの、もう。」


紙パックを拾う彼女の背後──窓の外には、大きな黒い影がぶら下がっている。


「おいおい……外見も!中身も!似たヤツばかりでホントつまんねえな、人間界!」


真っ黒な格好をした六本足の男が、ガラスにビタリと貼り付く。


どの人間の頭も皆、平凡な色。

男は、あまりの個性の無さにうんざりしていた。


「でも……微かに、いや、確かに匂う。ウヒヒ……これって、ここのどこかに能力者が混ざってるってことだよなあ?」


そして、男のギョロギョロとした目はやがて、何かを見つけた。


視線の先には──梨人青年。


「はっ!?なんだ、あの個体──」


もっと見たいと、男はカタカタと音を鳴らしながら横ばいに窓を伝っていく。


「オウ、やっぱりそうだ……!こんなところに"混じり"が居るとは。」


梨人に釘付けになった男は、ギザギザした歯を見せながらニヤリと笑った。


「ヲレってば、なんてラッキー!最悪、コイツを狩れば任務は完遂……ウヒッ。そして、認められたヲレは艇王様の側近に──」


前足二本で頬をもちもちさせながら妄想に耽っていると、観察対象の梨人が誰かと接触した。


「よう、リー子。一緒に帰らねえ?俺、今日部活ないんだ。」


梨人に話しかけたのは、苫男だった。


「いいけど。好とコルクも一緒だよ?」


「いや、その──お前だけに話があって。できれば二人で帰りたいんだけど。」


「話……?それって今じゃダメなの?」


会話する二人の背後では、男の狂気じみた瞳がジーッとこちらを観察している。


「なんだ、坊主も"混じり"に用事か……って、ン〜?おお!コイツは他のヤツとは、ちょいと違うみたいだ。」


男は──苫男の頭に、悪巧みの色を見た。

歓喜の声を上げると、六本の足を構える。


「丁度良い──見知らぬ青年よ!ヲレの人形になっちまいな!」


男は口から、苫男目掛けて赤い糸を吹き出した。

窓ガラスをすり抜けて赤い糸は苫男に張り付き、その四肢へと食い込んだ。


「ん……?」


苫男は、身体の異変に気づく。

なんだ、これ──身体のあちこちが焼けるように、熱い。


「なんか……おかしい……っ」


おもむろに自分の体を触り始めた苫男に、梨人は動揺している。


「なんだよ、これ……おかしい……」


「苫男、おかしいって何が──」


──次の瞬間。

苫男が、梨人の頭を目掛けて足を振り翳した。


(あ……当たる……っ!)


そう思った瞬間、梨人は苫男の足を華麗に避けていた。


(あれ、どうして……?身体が、自然と流れていくように……)


苫男から次々と繰り出される攻撃。

しかしそれは、梨人には当たらない。


意志とは関係なく、梨人に危害を加える自分の身体──苫男は、パニックを起こしていた。


「なんで言うことを聞かないんだよ……クソ、止まれ、止まれって!」


(なんで……なんでこうなる?帰り際に、ちょっとイタズラしようとしただけなのに!!)


苫男がしつこく梨人を誘っていたのは、姉と約束した嫌がらせを実行するためだった。


「苫男……っ!一旦、落ち着いて!手を止めて!!」


攻撃をかわしながら、梨人は必死に苫男を抑えようとする。


「だから!!止まらないんだって!!いいから……っ!逃げてくれっ!!」


見た目は喧嘩をしているかのように、白熱する二人。

窓の外では、男が六本の足をカコカコと動かし苫男を操っていた。


「なんでだ……?どうして当たらないっ!?クソ、器を間違えたか……?」


その頃──2年3組、教室。


「ふああ……ねんみい。ん?」


特大のあくびをした蛇遣いは、なにやら下半身に違和感を覚えた。


何かが、肌を伝ってきて──


「……うひゃっ!!」


蛇遣いが声を上げると同時に、ベルトの締まったスラックスの隙間からニュッとマキシが顔を出した。


「うお、マキシ……!?変なところから顔を出すな!!」


蛇遣いのカバンにしまってある、酩酊輪。

マキシは、その腕輪を自ら抜け出すとカバンを這い出て、目立たぬようにと蛇遣いのズボンの中を進んできたようだ。


「おい、どうして出てきた。ここは高校だぞ。約束を忘れたのか?」


「家に着くまで出てくるナ──って、そんなことは分かっている。コルク、それより梨人は今どこに居るのダ。」


「教室には……居ないな。一体、どうしたんだよ。」


「──イヤなカンジだ。」


怖気付くマキシに全てを悟った蛇遣いが、猫好きAを呼ぶ。


「ボス……!」


「ん〜、なんだい。」


「梨人は!?」


「梨人……?」


窓の縁に座り、本を読んでいた猫好きAは蛇遣いの焦った表情を見るなり、教室を飛び出した。


「梨人っ!」

「無事か!?」


咄嗟に飛び出したふたりの目の前には──苫男の攻撃を器用に避け続ける梨人の姿が。


「好!コルク!苫男が……止まらなくてっ!」


蛇遣いは、瞬時に二人の間に割って入ると苫男の額に指を突き立て、気絶させた。


「……見つけた。」


敵の気配を察知した猫好きAは、廊下に両手を突く。


『 魂の燐導(りんどう)! 』


空気の流れがガラリと変わり、生命の気配が猫好きAに吸い寄せられる。


「きゃあっ!!」


「うっ、なんだ……飛ばされる!!」


廊下にいた女子生徒はスカートを抑え、男子生徒は壁に寄ってうずくまっている。


「そんなところに隠れてないで……ね、お兄さん?」


──バリン!!


「この野郎……っ!」

猫好きAの問いかけに応えるかのように何者かがガラスを突き破り、校舎の中へと飛び込んできた。

まるで、見えない手に首根っこを掴まれたかのように、その身体は猫好きAの元へと引きずり出される。


魂の燐導──それは、狙った獲物を逃さないための誘引能力。

この能力が発動した今、ここは逃げも隠れもできない監獄。

フロア一帯は猫好きAのフィールドと化した。


「ふっ……ふふふふ……ふははははは!」


猫好きAの手前、這いつくばる男が笑う。


立ち上がり、彼が顔を見せた時──猫好きAは驚きを隠せなかった。


「……忘国のモネジスタ。どうして、お前がここにいる?」


モネジスタ──歯車の国家・忘却挟国(ぼうきゃくきょうこく)が保有する戦闘組織。

現在、確認されている構成員は6名。

この彼はモネジスタ・ナンバリング5──5番目の戦闘員であった。


目の前の男は愉快気に六本の足をカタカタと震わせると、そのうちの一本の足で自らの頬を指差した。


「モネジスタ?ははは、なんのことやら。今のヲレは、艇王様の家族・スイーパーだ。デタラメはよしてくれよお、猫好きA。」


その頬には、下矢印の刻印が施されていた。


「君たちモネジスタには確か、ほら。歯車のマークがあったじゃない。でも、その頬のマークは歯車ではなく──矢印。……なるほど。忘国を裏切るとは、また思い切ったことをしたねえ。」


「だまれーい!ヲレが何をしようと、おメェには関係ねえだろ!?」


怒り叫ぶスイーパーの姿に、廊下の生徒たちが怯える。中には、腰を抜かして動けない生徒も見えた。


「うわあ!?なんだあれ、蜘蛛の怪物!?」


声を上げた男子生徒に、苫男を抱えた蛇遣いが叫ぶ。


「ここは危険だ!皆、今すぐここから離れろ!」


頷いた男子生徒は、大きな声で伝達する。


「皆、下へ!下へ逃げるんだ!」

「大丈夫……?立てる?」

「急げ!!」


蛇遣いの指示に、生徒たちは動き始めた。


「コルク、僕が誘導するよ。」


「ああ、頼んだ。」


梨人はコルクに苫男を背負わせてもらうと、周りの生徒に声をかけながら下の階へと向かった。

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