第39話 少女とドラゴンの約束(前)
子爵領の城下町から飛び去って四半刻ばかり。
空の上から見える景色は最初こそ平野や人間の集落ばかりだったけど、いつの間にか鬱蒼とした森しか見えなくなっていた。
飛んできた方角的に、ダムレス地方に広がる樹海地帯の上空かな……?
「──そろそろ、限界だ……」
弱々しい声でゼルスさんが言う。
彼の体はゆるゆると下降していき、最終的には倒れるように樹海へ着陸した。
「ゼルスさん! 大丈夫ですか!?」
急ぎ降りて声をかけるが、反応はない。
酷い顔色……。
命に別状はなさそうだけど、安静するに越したことはなさそうだ。
どうしようとはやる気持ちを律して、わたしは大きく深呼吸する。
……落ち着いて、一から考えていこう。
まず、ディスティさまやリオさん達による追手はやってくるだろうか?
飛行時に周囲は警戒してたけど、それらしい気配はなかった。
なので、これについては一旦優先度を下げておく。
次にフローラさん。彼女はまだ気絶している。
流れで連れてきちゃったけど、どうしたものだろう……。
でも、決して話が通じない感じじゃあなかったし、なるようになるかな?
最後にゼルスさんだ。
大きな体を有する彼が目覚めないことには移動も尽ならない。まずは彼の回復を待つのが最優先事項だろう。
となると、まずは一晩。
ここで安全に過ごせるよう、野営の準備をしないと。
魔法で携帯していた荷物を確認する。
「えーと……穀物、調味料、食器に毛布はあるから……まずは水と薪を集めないと。でもゼルスさんのお腹を満たせるほどの余裕はないから、食べ物が見つかるならそれに越したことはないか……。
あと、周囲に害獣やモンスターがいないかの索敵もあわせてやって、できれば簡単な警戒網も仕かけたいけど……なにか使える物が見つかるといいなあ」
これからすることをブツブツと口にしながら、わたしは周囲の探索に移った。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ぱちぱちと、火の燃える音がした。
……またかと、意気消沈する。
僕の目に焼きついて離れない悪夢。
いつも炎から始まるこの記憶は、ふとした時に蘇る。
特に、嫌な思いをした時は顕著なもので……今回はあのクソヤロウと会敵した後だからなんだろう。
嫌だなあ。
僕はいつになったら、この呪縛から抜け出せるんだろう──
「ゼルスさん」
……あ?
「ゼルスさん。ゼルスさーん」
でも、今回はなんだか様子がおかしい。
どうしてだろうと目を開けてみると、
「あ……。お加減はいかがですか? 酷くうなされていましたけど」
……ここは……。
視認したのは、暗がりの中で小さく燃える焚き火。深く生い茂る木々と、それに──
「ゼルスさん? どうかされましたか?」
……なんでもない。
すると、彼女は一層優しい面持ちをして、
「……もう大丈夫ですよ。わたし達、助かったんです。ゼルスさんが頑張ってくださったお陰です」
何を言ってるんだよ。とりあえず褒めておけばいいと思ってる?馬鹿なんじゃないの……。
だめだ。言いたいことは色々あるのに、うまく口にできない。
「なので……少しぐらいは、泣いてもいいと思います」
泣く……?
そこでようやく、僕は自分が涙を流していたことに気づいた。
「……ああ……」
そうか。
僕は、この子に助けられたのか──。
そう思ったらすごくほっとして……つい、涙に暮れてしまった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「──……随分と無茶をしたね……」
気持ちが落ち着いた頃。
最初に僕の口から出たのは、そっけなくも当たり障りのない言葉だった。
「そうですね……。次にリオさんや姉さんに会ったら、すごく怒られそうです」
違いない。
フィナはまだしも、僕なんかは殺される勢いでキレられることだろう。
「ほんと。ばかなことをしでかしたよ、君……」
「あはは……返す言葉もないです。でも……後悔はあまりないんですよ」
「……? どうして?」
「たぶん……自分の信じた行いができたからだと思います。やっている時はヒヤヒヤしましたけど、終わってみるとこんなに胸が晴れるんですね」
スッキリした面構えで、フィナが朗らかに笑う。
「ゼルスさん」
「ん……?」
「わたし……あなたのお力になれましたか?」
僕の顔色をうかがうように彼女は言った。
正直。今回の彼女の行動は褒められたものじゃあないけれど、泣いていたところを見られちゃったからな……。
「……うん。十分過ぎるぐらいに」
だから、今ぐらいは正直に伝えることにした。
「ありがとう、フィナ。僕を助けてくれて」
ぱあっとフィナが顔を輝かせる。
「なら、よかったです」
ほくほくとした幸せを噛み締めるように、彼女は笑った。
この子がここまで幸せそうにしてるところは、初めて目にした気がするな……。
「──……?」
なんだろう。今、胸がきゅっと締め付けられたような。
心身も妙に浮ついてて……なんだこれ??
謎のドギマギ感に困惑しながらも、僕は続けた。
「でも……こんなのは今回限りにしたほうがいい。それが君の身のためだよ」
「な! どうしてですか!?」
「もう十分過ぎるくらいに思い知ったでしょ……。僕には壊すことしか出来ない。あのクソヤロウを……教会の連中を倒すためなら、手段は選んでられないからね。その結果が、あの敵だらけの混戦だ。僕と彼女──リオとの争いを、君は間近で見ていただろ」
「それは……そうですが」
フィナが不服そうにぼやく。
「助けてくれたことには、本当に感謝している。でもこんなことを繰り返していたら、君は今度こそ爪弾きものだ。だから……もう、僕なんかに関わるのはやめておきな」
「そんな……。ゼルスさん、自分を悪者みたいに言わないでください」
「みたい、じゃなくて実際にそうなんだよ」
「っ! あなたはわたしを助けようとしてくれたじゃないですか!?」
「でも、君の村がああなったのは僕のせいだ!」
僕の大声に、フィナの身が跳ねた。
「……助けたからって、それで全部が帳消しになるわけがないだろ……」
絞り出すように告げると、フィナが気まずそうに口を開く。
「ゼルスさん……。よければそのことについて、もう少し詳しく話していただけますか?」
「……。そうだね……。ちゃんと……一から話すよ……」




