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第40話 少女とドラゴンの約束(後)

 王都でのシーナとのやり取りと、そこで判明した真実を共有して、すぐ。


「姉さんと……あの日に、そんなことを……」


 フィナは口をつぐみ、考えにふけっていた。


 無理はない。あんなに必死こいて助けた相手が、そもそもの事の元凶だったんだ。さぞやショックを受けたことだろう。先の喜びが地に落ちて、失望に(さいな)まれて……ここまでの行い全てを後悔していても、おかしくはない。

 だからどんな怒りや苦言をぶつけられても、言い逃れは出来ない。

 僕がやったのは……そういうことだ。


 ──静寂に包まれる。

 辺りに響くのは、焚き火の燃える音と、虫達のさざめきばかりだ。



「わかりました」


 しばしの沈黙の末──彼女が顔を上げた。

 その声と表情に陰りはない。



「……ゼルスさん。

 それなら罰として、今度わたしと一緒に王都の散歩に付き合ってくださいよ」



 ──今、なんて言った?



「は?」



 予想外の言葉に、僕の思考と口の呂律(ろれつ)が回らなくなる。


「だからそのためにも、まずはこの森を無事に出ないとですね。引き続きになりますが、どうぞよろしくお願いします」

「な……っ!?」


 立て続けの爆弾発言に、僕は今度こそ慌てふためいた。


「なに馬鹿なことを言ってんだよ!?」

「……駄目ですかね?」

「だ、駄目も何も、そういう話じゃないだろ!? 急にどうしたんだよ、君!」

「王都を一緒に見て回りたいというのは、急でもなかったんですけど……でも、そうですね。ゼルスさんを驚かせる提案ではありましたよね……配慮が足りてなくて、すみません」


 ぺこり、とフィナが頭を下げる。



「でも……やっぱりわたし、あなたを咎める気になれないんです」



 ──やめてほしい。

 そんな淋し気な顔で、そんなことを言うのは。


「森が襲われたのは、確かにあなたの行いのせいなのでしょうけど……一番悪いのは、森を襲った人達だと思うんですよ。それを差し置いてあなたを責めるのは、違うのかなって」

「……そんな主張が、通るわけが……」

「いいじゃないですか。今、この場にはわたししか居ないんですし。だから罰も、わたし基準のものです」


 にへへ、と照れ臭そうに笑うフィナ。

 対する僕は、うつむくばかりだ。


 ……この子は、さっきから中々の暴論を口にしている自覚があるのだろうか。

 馬鹿げている。無茶苦茶だ。詭弁(きべん)も大概にしろ。

 そんな反論をしないといけないのに、なんでか僕は、それが出来ないでいる。


「だけど……それも全部。建前、なのかも」


 やおら顔を上げて、僕は今度こそ言葉を失った。

 なにせ、



「わたし……本当は。悲しいだけ、なんです……」



 ぽろぽろ、ぽろぽろと。

 彼女の大きな群青の瞳に溜まった涙が、決壊していたのだから。


「……。なにが、悲しいの?」

「ゼルスさんの頑張りを……無碍(むげ)に、されるのが」


 服の袖の先で涙を拭いながら、フィナが続ける。


「何度もわたしを助けてくれて。あんな恐ろしい方にも立ち向かってくださって。こんな、ボロボロになってしまったのに──どうして、そんなあなたの奮闘ばかりが責められるの。悪いことをした人達、他にも居るのに……おかしいよ……!」


 そこで感極まったのか、わっとフィナが泣きだした。

 見てられなくて、思わず手を伸ばしてしまう。


「……酷い泣き顔。顔も(そで)も、べしょべしょだよ」


 細心の注意をはらって彼女の涙を拭う。

 なにせ僕の指は、彼女の顔より大きいから。



「ず……ずみま、ぜん……っ……」

「いいよ。僕もさっき、情けないところを見られたばっかだ」

「じゃあ……おあいこ、ですね」


 くす、とフィナが頬をゆるめた。

 ゆっくりでいいとうながすように、僕は彼女の背中を優しくさする。

 今まで思ったこともなかったけど。ドラゴンの体って、こういう時は不便だな……。


「わたし……旅を通して、知っています。あなたは決して、悪意をもって人を傷つけようとはしない(かた)だと。だから……森が襲われた原因を作ったからって、それだけであなたのことを否定したくないんです。そんなの、こんなに頑張ったゼルスさんが報われません。悲しすぎます……」


 彼女がおもむろに僕を見上げる。

 涙に濡れた青が、瑠璃(るり)の宝石みたいに()って見えた。



「だから……わたしは許すんです。あなたの犯した間違いそのものではなく、あなたのことを。あなたに、あなた自身を否定させないために──」



 ……。

 …………。

 ……………………負けた。


 僕の目を捉えて離さない彼女の目線は、テコでも動かなさそうだ。

 大きな溜め息を零して、僕は腹をくくった。


「分かったよ……」

「! ほ……本当ですか?」

「ほんとう。……確かに、僕も卑下が過ぎた。悪かったね、不快な思いをさせて」

「いえ……わたしこそ、お手を煩わせてしまってすみません。でも、ゼルスさんにわたしの気持ちが伝わってよかったです」


 微笑を浮かべたフィナが得意げに胸を張る。

 実に、どこぞの女魔道士を彷彿させる仕草だ。

 ちょっと鼻にさわるけど……負けを認めた僕がとやかく言うのは野暮か……。


「あ。でもですよ、ゼルスさん。王都の罰の件は続行ですからね? そうでなきゃ、今の話もなしですから」

「君が勝手に言い出しておいて、なにを後から言ってるんだか……」


 つくづく困る女の子だと、内心でごちる。


「はあ……いいよ、分かった。約束する」

「やった! えへへ……楽しみですね!」

「あ、そう……」


 ……あーあ……。

 さっきのことにしても、駄々っ子もいいところな主張なのに、なんで勝てる気がしなかったんだろうな……。


『そんなの、こんなに頑張ったゼルスさんが報われません』


 ……いや。それも自明か。

 あんな言葉で喜んでいるようじゃ、さもありなんだ──



◇◇◇◇◇◇◇◇



 がさっ


 ──ふと、草陰からの物音を耳に拾った。

 首を近づけて見てみると、そこには、


「ひいっ!?」


 覗き込んだ僕に対し、怯え竦む女魔道士の姿。

 確か……あの城で、フィナにナイフを突きつけていた女だったような……?


「ご、ごごごごめんなさいごめんなさい! イイところを邪魔する空気の読めないゴミでごめんなさいいいいいっ!!」

「……この女、まだ居たの?」


 フィナに問いかける。


「あ、はい。逃亡の手伝いをするという約束で、さっきは手伝っていただいたので……。フローラさーん、大丈夫ですよ。ゼルスさんは取って喰ったりしない方ですから」


 わんわん叫ぶ女をフィナが宥める。

 いつのまにそんな親しくなったんだ……?


「そういえばさっき、引き続きよろしくとか言ってたけど……まさか、そいつも……?」

「はい。こんな森の奥でひとりにしてしまうのは危ないですから。せめて、人里の近くまではお送りしてあげられないかな、と」

「いや。だからってさ──」

「大丈夫ですよ。ゼルスさんに負担がいかないよう、わたしが用心しますので」


 ……ああ。これは絶対に引かないやつだな。


 今さっきの口論からのこれだなのだ。僕は早々に悟った。

 もう反論する気力も沸いてこない……。


 この先。こんな調子で大丈夫なのかな──?

ここまで読んで下さりありがとうございました。1部なれそめ編・完です。

2部は現在執筆中+作者のプライベートの都合で、続きの投稿は最短でも5月以降かなぁ……という見立てです。しばらくお時間いただければと思います。

続きが気になったり、こちらの話がお気に召すようであれば、

ブクマや、一番下にある『ポイントを入れて作者を応援しましょう!』から評価をいただけると、励みになります。

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