第36話 命がけのみっともない非難
「フィナ様。そこのドラゴンから離れて下さい」
開口一番。シルフィールさんはそう言った。
「……どうしてですか?」
「言うまでもないでしょう。危険だからです。回収し、しかるべき対処をします」
やっぱり。
この人達は彼を追い詰めることはしても、殺そうとはしていない。
それなら、きっとチャンスは作れるはず──。
「お断りします」
「フィナ!?」
少し離れたところから、リオさんが驚きの声を上げた。
シルフィールさんの据わった目が、わたしを見る。
「自分が何を口にしているのか、分かっておられますか?」
「はい……。分かっているつもりです」
「ちょっとフィナ! こいつらがいけ好かないのはよーく分かるけど、それにしたってこんなドラゴンを庇っても仕方ないでしょう!?」
困惑を隠さず、リオさんは叫んでいた。
リオさんは、このドラゴンがゼルスさんだってことは知らないもんな。
でも……仮に知っていたとしても、今のリオさんなら、それでも斬り捨てるようわたしに促すかも。
どちらにせよ。彼女には、わたしの行動が意味不明で無謀なものにしか映らないだろう。
実際、無謀な行いだ。
それでも……今は少しでも抵抗しないと、ゼルスさんを助けられない。
「自分を殺そうとした人達の要求と、自分を助けてくれた方の身柄を天秤にかければ、傾くほうなんて決まってるじゃないですか」
「!」
リオさんが息をのんでいたけど、気にせず話を続行する。
「先程。わたしは突然、あの神官様に殺されそうになりました」
ディスティさまに視線をやる。
彼は相変わらず飄々とした笑みを浮かべるだけだったけど。
「助かったのは、皮肉にもこのドラゴンが神官様を襲ったお陰です。神官様とこのドラゴンが敵対していたからなのか、理由は定かではありませんが……。そのあと、もつれるように彼らは争って、最終的には神官様がドラゴンを下しました。
ですが……討伐といえば聞こえはいいですが、ハッキリ言って、傍で見ていたわたしには恐怖以外のなにものでもありませんでした。
だって考えてみてもください。自分を殺そうとした人物が、別のものを嬉々として痛めつけているのですよ?
次は自分がああなるのではないか──そんな恐怖に襲われて、わたしは生きた心地がしませんでした」
「……言いがかりはやめてください。貴方様の発言を裏づける証拠は一つもありません」
「そうですね。わたしの証言しか確たるものはありませんが……だからこそわたしは、この主張を覆す気はありません。あなた方の行いは不当なものだと訴えます」
冷たい視線が投げられているのを感じる。
──なにを馬鹿なことを言っているのだろう。ドラゴンなんかを庇うなんて気は確かなのか。歯向かわずに今は大人しくしていろ──。
シルフィールさんは勿論、周囲の兵士の人達、はてはリオさんですら、非難がましい目でわたしを見ている気がした。
胸が詰まって苦しいけど……大丈夫だ。まだやれる。
こういう針のむしろには、慣れているもの。
「くだらない……。わたくし共には、貴方ひとりとの対話に時間を費やしている暇はないのです」
「では、無理やり黙らせればよろしいでしょう。ここまで散々そうしたように」
眉根に皺を寄せて、シルフィールさんが口を結んだ。
──たぶん。
リオさん達の存在は、彼女達にとっても想定外だったはずだ。
現に、王国軍が姿を現した際、ディスティさまは大人しく刃を収めた。
流石の彼も、公の目がある場ではいたずらに暴れるわけにはいかないのだろう。
そしてその後の対応はシルフィールさんに一任し、シルフィールさんはあくまで大義名分を以て、交渉をしている。
リオさんは今、立場と責任がある人だ。
だから教会との不用意な軋轢を避けるために、彼女は先の話を妥協をするしかなかった。
でも……わたしには、そんな手口は使わない。使えない。
なにせ、わたしはただの非力なひとりぼっちの小娘だ。リオさんの時みたいな圧力を使うには、分不相応が過ぎる。
だからわたしを捻じ伏せるなら、私の主張を論破するか、無理やり退けるしかない。
後者をするのは簡単だろう。
ただ、それをリオさん達が見ている中で行うのは、悪手にもなり得る。力で押し通したら、ここまででのわたしの供述に真があったのではと、リオさん達に印象づける可能性があるからだ。
だから仮にも大義を掲げているシルフィールさんはわたしの主張を無視出来ない。強硬策を取るのも、ギリギリまで粘るだろう。
ゼルスさんへの治癒は完璧とは言いがたいけど、それでも飛空できる程度には治っている。あとは彼が目を覚まして、シルフィールさん達の注意が疎かになる機会さえ作れれば、彼は逃げおおせられる……かもしれない。
その時間を少しでも稼ぐべく、この人達に難をつけまくる。
それがわたしの狙いだった。
わたしには、わたしの身一つしかない。
こんなの本当にちっぽけすぎる抵抗だ。
うまくいく保証なんてないけど……でも、だからってやらない理由にはならない。
だってこれは、わたしの独りよがりだから。
今ここでわたしが動かなければ、ゼルスさんがまた酷い目に遭う。
それは、絶対に嫌だった。
だから必死に自分を奮い立たせて、目だけはそらさないようにした。
少しの熟考の末……シルフィールさんが溜息をつく。
「言いたいことは、それだけですか」
「……? 何がです」
「もう結構でしょう。貴方との話に応じている間でドラゴンが目覚めては、また被害が増えてしまいます。それは避けなくてはなりません」
──その切り返しは手痛い。
「そもそもここまで被害が大きくなったのだって、あなた達が煽るようなことをしたからじゃないですか!?」
「それもあなたの推察でしょう……。これ以上の邪魔建てはご遠慮ください。
リオ様、こちらの方の捕縛をお願い出来ますか?」
まずい。リオさん達が本格的に敵に回ったら、手も足も出せなくなる。
やっぱり、無駄な抵抗だった──?
いや。まだだ。なんとか、なんとか対抗しないと…!
「──ねえ、フィナさん」
ゆらりと。
いつのまにか。誰に止められることもなく。
影みたいな足取りで、ディスティさまがわたしの前に立ち塞がっていた。
「ボク、言いましたよね。アナタはボクの邪魔をせず、大人しく傍観しているべきだと」
初めて教会で会った時と同じ構図で、彼はわたしを見下ろしていて……なんだか、薄氷の上に立たされたような感覚があった。
「それなのに……アナタはどうして、自分を削ってまでそんなくだらない懸命を尽くしてるんですか?」
こちらを覗く彼の瞳は、相変わらず深淵みたいに暗くて。
そして、常と異なって凪いでいた。
……この人。笑わないでいると、こんな顔をするんだ。
意外な一面というやつに気が緩んだのか。
つい目と目を合わせて、わたしは飾り気のない本心を零してしまった。
「助けたいと思った誰かを助けるなら、せいいっぱい頑張らなきゃって思ったからですけど……」
ぱき、と。
足元の何かが砕けた。
「そうですか」
彼が笑う。
何も真意が読めない、あの仮面みたいな笑顔を浮かべて、
「そのハリボテの善意──心底、ぐちゃぐちゃにしてやりたいですね」
そして。一瞬で抜いてみせた剣を振りかぶった──
◇◇◇◇◇◇◇◇
鈍い斬撃があった。
けど、それはわたしには訪れなかった。
なにせ、わたしのすぐ真ん前には──
「……落ち着いて……ください……。ディスティさま……」
その身で彼の剣を受け止めた修道服の女性が、弱々しい声で懇願しているところだった。
「……え……」
──なんで──助けて──?
事態が飲み込めなくて、頭が真っ白になる。
「……目聡いですね。シルフィールさん」
「何年の付き合いだと、お思いですか……っ、ぐ……!」
彼が剣を抜けば、鮮血が彼女の肩を赤く染めた。
地に膝をつけるシルフィールさん。
ぽたぽたと血が滴り落ちて、地面を赤く濡らしていく。
「なんで邪魔をしました?」
感情が削げ落ちた面持ちで彼は言う。
「当然、でしょう……? なんで、は、寧ろわたくしが、聞きたいのですが……?」
「…………」
「はあ……。ほんとう……いつになっても、情緒が不安定であらせますね……」
「今は小言は受け付けてませんよ」
突き放したような物言いを彼はする。
けれど、シルフィールさんも負けてはいない。
普段からは想像つかないぐらい、今の彼女の言葉はつっけんどんなものだった。
「また……頭にキたん、でしょうけど……今は、ご自重ください……よ……。今ここで彼女を痛めつけても、わたくし共に益はないの、ですから……」
肩で息をしながら、シルフィールさんは続ける。
「今は、危険とリスクしか、ありません……。長い目で見れば……これはいつか、貴方を貶める傷に、なりかねるのです…。だから……どれだけ認めがたくとも、今は……堪えて。そして、どうか……その狂気を、抑えてくださいよ……」
忠言を囁く彼女を見下ろして、黒い神官はしばし黙する。
「……。分かりましたよ」
──ディスティさまが剣を鞘に納めた。
ほ、と誰もが胸を撫で下ろした、その時。
どんっ!
──……あれ。わたし、突き飛ばされた?
そんな理解と同時、その犯人を目にする。
ゼルスさんだ。
よかった気がついたんだという喜びと、そっか彼の力にかかればこんな遠くにも突き飛ばせるかという納得が、脳裏に過ぎる。
でも……ちょっと待って欲しい。
ゼルスさん、大きく口を開いて──すごいエネルギーを放とうとしていない?
狙いはディスティさまなんだろう。気を緩めたばかりだったからか、流石の彼も目を見開いて驚きを露わにしている。
加えて、これだけの至近距離だ。間違いなく、このレーザーブレスは彼に当たるだろう。
それ自体はいい。
けれど、
そんな彼のすぐ傍には、わたしを庇ったばかりに身動きが取れないシルフィールさんが、居るわけで──
「──だめえぇっ!!」
そんなわたしの制止も虚しく。
空すら斬り裂きそうな威力の白熱線が、無情にも放たれた。




