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第35話 各人各様の思惑

「とはいえ」


 うーんとディスティさまがうなる。


「この手の説明ってボクの領分じゃないんですよねえ」

「──では。その続きはわたくしからさせていただきます」


 声は、不意に現れた。


「あぁ、よかった。お待ちしておりましたよ、シルフィールさん」

「馳せ参じるのが遅れてしまい、申し訳ありません」


 いつのまにか。彼の後ろに控えるように、彼女は背筋を正して立っていた。


「それじゃあ、いつもどおり諸々の対応をお願いしますね」

「かしこまりました」


 シルフィールさんは前に出ると、懐から書状を取り出した。


「わたくし共は、ある『逸脱者』の遺物を回収すべく、こちらに参りました。

 常識外れな力を内包し、場合によっては世界の理を壊しかねないために、教会が統括・管理するイレギュラープロダクト……通称『レムナント』です」


 『レムナント』。

 確かに、ディスティさまはそれを回収しに来たと言ってたけど……『逸脱者』のものだったの?


「ご存知の通り、『逸脱者』達の全貌・真価は未だに未知の部分が多い。それは、彼らの遺産である『レムナント』も同様です。

 大戦時に生じた『レムナント』は多くありますが、中でも『醜怪家アーチスト』のものは危険極まります。というのも、作品という分かりやすい形で残っているため、奴の遺産はすぐの使役が可能だからです」


 すっと。

 シルフィールさんの話の傍らで、ディスティさまが歩みを進めた。

 王国軍の方々が忙しなく出入りしている館のほうに。


「そして半年ほど前。このルクガン子爵領に『醜怪家アーチスト』のダンジョンが現れたと聞き及んでいます。これにともない、領主・サイファーと、今まさに貴方がたが連れ出そうとしている魔道士には、『醜怪家アーチスト』の『レムナント』を持ち出した嫌疑(けんぎ)があります」


 ディスティさまの足取りが止まる。

 その前には、気絶したまま拘束された、かの女魔道士さんの姿が──。


「よって。そこの魔道士・フローラの身柄を、わたくし共に渡して下さい」



◇◇◇◇◇◇◇◇


 

「──あれは、我が国で追っていた重要参考人ですよ。それをみすみす差し出せと?」


 目に見えて、リオさんの表情は怒りに歪んでいた。


「はい。誠に申し訳ありませんが……『逸脱者』達の痕跡を根こそぎ回収する。それが唯一神様からわたくし共に下された尊き使命です。この書状には、そのためのあらゆる実行力を教皇様の名の下に許容する旨が記されております」


 あの書面──正十字の紋章が記されていて格式高そうとは思っていたけど、そこまでのものだったんだ……。


「これに逆らうようなら、わたくし共も出方を考えなくてはいけません」

「……例えば?」

「そうですね……」


 シルフィールさんは小首を傾げて、



「──『純結晶(トランスグレッション)』の没収、などでしょうか」

「本気で言ってるの!?」



 声を荒げて、彼女に詰め寄るリオさん。



「そんなことをしたら戦争一直線よ!? 笑えない冗談はやめなさいよ!」

「でも、そういう時のための実行力が()()()ですから」


 そこでディスティさまが口を挟んだ、


「鎮圧戦なんて大戦時はざらでしたし、不当な『純結晶(トランスグレッション)』の回収なんて仕事もありましたしね。今でこそ珍しくなりましたが、完全になくなったわけでもありませんし」


 相も変わらずにこやかな調子で、ひどく恐ろしいことを言う。

 リオさんはしばし無言でディスティさまを睨みつけ……ゆっくりと、シルフィールさんに目線を戻した。


「アナタ達がどれだけ本気かってことは、よーく分かったわ……」

「ご理解のほど、感謝します。ですが……今のはあくまで極端な例ですよ。わたくし共も、大恩あるローラシアやシルフェイドとの間に亀裂を作るのは心苦しいことですから」


 ディスティさまとは対照的に、ニコリともせずシルフィールさんは言う。

 これはこれで、どこまで本気なのか測りかねる態度だ。


 長考するリオさん。

 やがて、深い溜息をつくと……彼女はおもむろに口を開いた。



「引き渡しにあたって、条件をつけさせてください」



 ぴく、とシルフィールさんの目尻が動く。


「別に、そんな重い条件じゃないですよ。命は奪わず、罪状の確認が済んだらこちらに引き渡して欲しい。人道的にも我々の関係的にも、至極まっとうな話です」

「……なるほど……」


 シルフィールさんが顎に指を添えて思慮する。



「うっ……」


 どこからか、うめき声が上がった。

 はたと、リオさんはシルフィールさんに背を向けて、声のほうに駆けていく。


「快諾したいところですが……それは、彼女の口がどれだけ正直かによりますね…」


 シルフィールさんは目を伏せて、残念がる口調で呟いた。



◇◇◇◇◇◇◇◇



「ひっ……!?」


 目を覚ました女魔道士──フローラさんは、あからさまに怯えていた。

 ディスティさまの姿を見るや否や顔を青褪めさせたぐらいだ。自分の置かれた状況を早々に察したのではないだろうか。


「な……なな、なんでっ! 教会の連中が……ぁ……っ!?」

「どうもはじめまして。ボク達が居る理由については、心当たりあるのでは?」

「し……っ……知らないわよっ! は、話があるなら領主のほう……そうよ、サイファーを問い詰めなさいよっ! あ、あああの男、どこに行ったの!?」

「とっくに姿を眩ませておりますよ。多分アナタ、スケープゴートにされたんでしょうね」

「な……!」


 絶句するフローラさんに同調するように、わたしは納得した。

 そっか……。

 だからあの時、サイファーさんはこの館に向かって欲しいと言ったんだ。

 共謀者である彼女を先に見つけさせることで、自分への注意を削ぐために──。


「フローラ!」

「……リ……オ……?」

「ええ……。久しぶりね、フローラ……」


 心配そうにフローラさんに駆け寄るリオさん。

 お知り合いなのかな……?

 しかしその一方、フローラさんは目を丸くして、



「あ……あ、あぁ、あ、あんた……また、あんたのせいで……っ!?」



 わなわなと顔を真っ赤に染めて、その身を震わせた。


「なんの用なのよ!? またあたしを馬鹿にしに来たの!?」

「ちょっと……落ち着きなさいよ。師匠の研究の件とか、色々話したいことが、」

「うるさいッッッ!!」


 とりつく暇もなく、フローラさんは甲高く叫ぶ。


「あんたのせいで! あんたのせいであたしの人生真っ暗なのにっ、こんなところまでもあたしの邪魔をしに来るの!? ふざけんじゃないわよぉ!?」

「……。駄目ね。話にならないわ」

「当たり前でしょうが! あんたと話すことなんて、あたしには一つもないんだからっ!」

「そう」


 抑揚ない声を発すると、リオさんは立ち上がって、


「なんでこんなバカをしでかしたのか聞きたかったけど……残念だわ」

「おや。よろしいんですか? 世間話ぐらいは許しますよ?」

「彼女にああまでも拒否られちゃ、アタシにはどうしようもないですもの」

「アッサリしてますねえ。今生の別れかもしれないというのに」

「……どの口が……」


 ぽつりと恨み言を漏らしながらも、リオさんはフローラさんに背を向けた。


「……じゃあね、フローラ。そう遠くない日、またアンタに会えることを祈っているわ」

「ふむ……。では。こちらの女性の身柄はボク達が預からせていただきますね」

「い……! いやっ、嫌よぉっ! あた、あたしはっ、あの研究を完成させないといけないのにぃぃッ!!」


 周囲の目も省みず、わんわんと泣き喚くフローラさん。

 一瞬、リオさんが忍ぶようにフローラさんを見たけど……すぐに目線を切って落とした。


 ……リオさんらしくない態度だな、と思う。

 彼女のことを憎からず思っていそうなのに……今のリオさんは、意識的にこの状況を割り切ろうとして見えた。


 なんだか、かわいそうだな……。


 号泣するフローラさんへの哀れみもあって、どうしてもそう思ってしまう。

 森のみんなを苦しめた人だとは分かってるけど……居た堪れないものは、居た堪れない。



「──リオ様。あちらの方々との対話も、よろしいでしょうか」



 二人が、こちらを見た。


「……お好きにどうぞ。ただし、荒事はなしで済ませてください」

「分かっておりますよ……。感謝します」


 ──きた。


 一、二、三と深呼吸して、わたしは意を決する。


「ガーラさん」

「ん?」

「ここからのことへの手出しは、控えていただけますか?」

「……。なに考えてんだ?」

「恩ある方を死なせないための、わたしなりの尽力です」

「おまえ──」


 何か言いかけたガーラさんを置いて、わたしは前に出る。


 後ろにゼルスさんを庇い、こちらに歩み寄るシルフィールさんと相対する形で──。

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