第29話 黒い処刑人が嗤う
わたしはフリーズしていた。
すぐ隣には、普段通りに笑うディスティさま。
少し離れたところには、うずくまって倒れているゼルスさん。
……ゼルスさんのせいで森は襲われた?
そしてゼルスさんは、それを詫びたくて……あんなことを……?
あぁ、やっぱり駄目だ。
何度考えても、理解が追い付かない──!
「ところでフィナさん」
床でへたるわたしに、ディスティさまが世間話の調子で声をかける。
「……は……? な、なんでしょ」
返事は最後まで続けられなかった。
彼の黒い眼が、わたしを見据えていたからだ。
──背中に走る悪寒。
これは、と既視感を抱いた瞬間、
「災難続きのところ恐縮なのですが、ちょっと死んでください」
そう言って。
神官は、いつのまにか手にしていた剣を、わたしに振り下ろした──
がしゃあっ!
間髪入れず訪れたわたしの死に目はしかし、寸前のところで失せる。
黒い神官の凶手ごと、銀の巨腕が薙ぎ払ったからだ。
ゼルスさんだ。
どうやらあの一瞬で、剣ごとディスティさまをぶん殴ってくれたらしい。
まともに喰らったディスティさまは壁に体を打ちつけていた……が、
「あいたたた。さすがに直撃は痛いですねえ」
すんなりと彼は体を起こしていた。
その殺意のにじんだ目は、依然こちらを見ている。
……わたし……いま、殺されそうになった……?
遅れて、そんな理解がやってくる。
……でもこれは、なにも今だけの話じゃ、ない?
だって、
この町に到着した、時も。
彼は、わたしに殺気を向けてた。剣に手をかけていた。
あと少し何かが遅かったら、たぶん、今みたいに斬り殺されていて──
「っ、ぅぅ……っ!」
今度こそわたしは、誤魔化しようがない恐怖に身をすくませた。
な、なんで……?
どうしてわたし、あの人に殺されそうに──
「フィナ」
「ゼルスさん……?」
「逃げるんだ。アイツは……僕が相手する」
殺気まみれの敵から目をそらさず、ゼルスさんが言う。
「あのクソヤロウは、なにも本気で君を害したいわけじゃない。だから、逃げるんだよ」
「ほ、本気で……? じゃあなんで、あんな……」
「……。ごめん」
ゼルスさんがわたしのほうを振り向く。
その瞳は、なぜかとても穏やかで……わたしは、たまらなく不安になった。
「それじゃあね。ばいばい」
それを皮切りに、ゼルスさんは翔けた。
黒衣の神官を目がけて、まっすぐに。
どぐがぁん!
そのまま、壁を突き破って外に飛び出す!
ドラゴンの巨体にあんな勢いで迫られたら、ただでは済まないだろう。
実際、今の衝突に巻き込まれたディスティさまの姿は見当たらなかった。
だけど、
「だ、だめ! ゼルスさん、その人は──!」
わたしは思い出していた。
町の正門で別れる間際、ガーラさんが言っていたことを──
「ぶっちゃけ。有事の時はあの神官様より、自分の身を第一に動いとけ」
「え?」
それは……警護として雇われているのに、いかがなものなのだろう?
そんなわたしの動揺を察したのだろう。ガーラさんはこう続けた。
「心配しなくても、あの神官様は簡単にやられないタマだよ。
さっきのブレスも寸前までは射程圏内に居たのに、ギリギリのところで外れてたし……単純な身体能力なら、たぶん俺より動けるぜ。あいつ」
そう語ったガーラさんのディスティさまを見る目つきは、険しいものだった。
「ひょっとしたら、あいつ自身がそうなのかもな。
なんだっけ? 大戦を鎮めた、教会にある処刑部隊──」
◇◇◇◇◇◇◇◇
砂埃が舞う中、わたしは二人の後を追って外に出る。
館の周囲では火の手が上がっていた。
燃える草木。えぐれた地面。倒壊した建物……。
数刻前まではまだ庭園と評せたあたりは、雑草すら生きられない不毛の地と化していた。
あの二人が飛び出してそんな間もないのに、これは──
そうやって言葉を失っていたら、
ぢゅいん!
一条の光がわたしの視界に過ぎった。
レーザーブレス──ゼルスさんがすぐ近くで戦っている!
光が放たれた先を辿れば、宙に飛ぶ彼の姿を捉えた。
その眼光の先には、城壁に佇むディスティさまの姿。
幾度目かの熱線が黒衣を狙い撃つ!
ばぢぃんっ!!
──直撃の瞬間。熱線は、粒子となって霧散していた。
何が起きたのだろう?
わたしの目ではとても追えなかった。
確かなのは、黒の神官の剣がいつのまにか振り下ろされていたぐらいで──
まさか……斬った?
ドラゴンのレーザーブレスを、普通の剣で!?
驚愕に目を見開くわたしをよそに、超人劇はまだ続く。
ディスティさまが、飛んだ。
正しくはジャンプした。
自身の跳躍だけで、ゼルスさんの滞空高度まで上がったのだ。
無論、そんな接近をゼルスさんは許さない。
爪甲による迎撃に出て、
ぱきぃっ!
しかし。次のまたたきには、鉄すら切り裂く竜の爪は大破していた!
瞬時にゼルスさんは身を切り返し、神官から間合いを取る。
ディスティさまは重力に従って落下するも、接地の間際で剣を振るい、落下の衝撃を相殺してみせた。
どうやら、そこかしこでえぐれている地面は、ああやって出来たもののようだ。
いづれにせよ……こんな絶技、とてもじゃないけど只人に成せるものじゃない。
それが答えだ。
ここまできたら、もはや疑いの余地はない──。
「どうしました? まさかもう終わりじゃないですよねえ」
何事もなかったかのように立ち上がったディスティ様が、不敵な笑みを浮かべる。そこには、今まで潜んでいたあざけりが満ちていた。
「今度こそ僕という処刑人を葬れるといいですねえ。絶滅危惧種くん」
そう言って。
黒衣の神官は、銀青の竜にほくそ笑んだ。
ここまで読んで下さりありがとうございました。6章・完です。
こんな状況ですが、あと2章で区切りがつきます。本当ですよ。
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