第30話 ドラゴンズコンフリクト
4章の時のゼルス側の話です。
目を開けると、見慣れない天井があった。
どこかの宿屋のベッドといったところか……?
あたりは薄暗い。今は夜のようだ。
体を起こそうとするも、毛布が妙に重い。
視線を移ろわせると、見覚えのある女の子が僕のベッドの上でつっぷしていた。
……彼女は、なんでこんなところで寝ているんだろう?
「ゼルスさ……おけが……」
耳に、そんな寝言が入る。
まさかとは思うけど……
過ぎった可能性を確かめるべくぺたぺた自分の体を触ると、あちこちに包帯の感触。
体の怪我はまだ痛むけど、治りかけという感じだ。
察するに──僕は、フィナに看病をされていたらしい。
……どうしたものかと頭を抱える。
件の二人と合流しているなら、正直ここに長居はしたくない。
ダンジョンの時は気づかれてなかったけど、彼らがいつ僕の正体に勘づくかは分かったものじゃあない。
でも、この子に何も言わないで去るのは、流石に不躾な気がする……。
いやでも、我が身の可愛さを思えば──
「ねえ……さん……」
また寝言だ。
一体どんな夢を見ているのだろうと、なんとなくその横顔を見て──後悔した。
「おいてか……で……」
……なんて悲しそうな顔をしているんだよ。
あぁ、くそ。余計なことをするんじゃなかった…!
僕は渋々、毛布をかぶった。
もう一眠りして目が覚めたら、別れの挨拶をしよう。
それでこの子とのアレコレは区切りにしようと、固く決意して。
◇◇◇◇◇◇◇◇
次に目を開けると、昼過ぎだった。
当然のように部屋に人気はない。
……寝過ぎた。
どれだけ気を抜いていたんだよ、僕は──!
自分の間抜けさに心の奥底からの溜息をつく。
二度目になるけど…ホントどうしたものかな……。
そもそもフィナ達はどこに行ったんだろう?
「ただいまー……」
その時、誰かが部屋に入ってきた。
「しくしく……手頃で高給な仕事を探してみたけど、『そんなものはない』って門前払いされちゃったあ~……あれ」
ぱち、とカーネリアンの瞳と目と目が合う。
──喉がひゅっとして、だらだらと背に恐怖が流れた。
それは紛れもなく、ノーステリアで僕を袈裟斬った剣士で。
同時にフィナの姉であり、あの子と行動を共にした目的の人物だった。
名前は確か、シーナといったか──?
「よかった。起きてんだね。あ、フィナ達がどこに行ったか知らない?」
「……知らない……」
「そうなの? あっちゃー…すれ違いかあ。残念……」
シーナが手近なイスに腰を下ろす。
幸いにも、今の彼女に僕への敵愾心はなさそうだ……。
「そうだ。フィナから聞いたけど、あの子が危なかったところを助けてくれたんだって?」
「……たまたまだよ……」
「そうなの? でも、感謝すべきことには変わりないしね。どうもありがとう。あの子を助けて、私のところにまで連れて来てくれて。感謝してもし足りないよ」
にぱっと、明朗快活な笑みを浮かべるシーナ。
ほとほと整った顔立ちをしてるけど、彼女の真髄を見てる僕的には、肝が冷えるばかりの美しさだな……。
「あなた、はぐれの竜なの? あんまり見たことない竜種に思えたけど」
無言で肯首する。
「そうなんだ。なんで私達の森に居たの?」
「君達の聖域に……ラヴェンナに行きたかったんだ。その途中でたまたま……」
「ラヴェンナに?」
女の声が低くなる。
「ふーん……ラヴェンナに行きたいんだ……」
彼女は目を吊り上げて、あからさまに不機嫌ぶってみせた。
「どうしてラヴェンナに行きたいの?」
「……外敵や脅威にさらされない地だって聞いたから。僕は……安住の地が欲しいんだ」
──それは、フィナにも告げなかった僕の目的だった。
ひとりになって、一〇〇年ちょっと経つけど……ずっと、ロクなことがなかった。
どこへ行っても恐れられて、殺されそうになって、狙われて。
そんな日々に、僕は疲れていた。
僕はただ、穏やかに過ごしたいだけなのに──
だから、大結界で守られたエルフ族の聖地ならと、希望を抱いたのだ。
「そう……」
シーナは静かに頷いて、
「でも、それなら意味はないと思うよ」
そして──僕の希望を砕いてみせた。
「あそこも結局は、性根が腐った奴らが牛耳ってる状態だから。いくらドラゴンでも……よそ者が受け入れられるわけがない」
そんなまさかと思ったけど──そこで、フィナの話を思い出した。
過去にシーナがラヴェンナの地で暴力沙汰を起こしたという話。
初めに聞いた時はとんでもないお姉さんだとしか思わなかったけど……その理由が、彼女が語った「性根の腐った奴ら」にあるのなら、合点はいく。
「……ごめん。あなたの望みをふいにするかもしれないけど、ラヴェンナだけはやめたほうがいい。それだけは断言できる。あそこには、人のことを平気で傷付ける奴らしかのさばってないんだから──」
彼女が言っていることは全部本当のことなのだろう。
ただそれにしても、その語りには、隠し切れないほどの怒りがこもっている。
それが少しだけ、気になった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「……それにしても……」
頭をぽりぽりかきながら、シーナが続ける。
「あなた、よく無事だったよね」
「……? なにが?」
「森でのこと。だって、私達の森には結界が張られてるんだよ? 侵入者を迷わせる作りになってるのに、よく私達の集落にまで辿り着けたなあって」
「あぁ……あの結界か。あれなら、森の探索に邪魔だったからちょっと壊して──」
がたんっ!
次の瞬間──眼前に肉薄した彼女に、僕は胸倉を掴まれていた。
「いま、なんて言った?」
あ。
失敗した。
何にかは分からなかったけど、はっきりとそう確信した。
「……フィナから森が襲われたって聞いた時、疑問だったんだよ。『結界があるのになんで?』って。結界を壊せるほどの魔道士が居たんだと思ってたけど……違ったんだ」
ぎりぎりと、僕を掴む女の腕に力がこもる。
今の彼女からは、先まではあった和やかさは完全に失せていた。
他でもない。僕がそうさせたのだろう。
「あなたが結界を壊して。その間で、人間達が攻め入って来たんだね」
そうか。
そう、なのか。
その可能性に、僕は今まで本当にこれっぽっちも至らなかった。
だって、気にもしていなかったから。
彼女達の集落が襲われたのは他人事で、僕とは関係ないところの不幸だとしか思わなかった。
だから今更ながら、
全身から血が抜けたのかってぐらいの悪寒が、体にまとわりついて、
なんでか、あの幸薄い子の笑顔が頭に過ぎっては途切れて、それで……それで…………?
……そっか。
あの子があんな目にあったのは──僕のせいなのか。
「ゆるせない」
女の怨敵を見るような瞳が、嚇怒に燃えている。
「ここで、ころしてやるッ!!」
殺意の腕が僕の首にかかる。
あのクソヤロウとは違う。今の彼女の主張は全面的に正しい。
だから殺されてもが仕方ない。むしろ殺されてしかるべきだ。
けど、
僕は……死にたくなかった。
平穏なんてこれっぽっちもない一〇〇年ちょっとだったけど、それでも死にたくなかった。
どんなに苦しくても、その一心で生きてきたんだ。
だからまだ──まだ……っ!!
「っのお!」
気勢一発。
彼女の顔面を引っ叩き、その勢いで彼女の体をはらう!
「づぅっ!?」
痛恨の声を上げてくずおれるシーナ。
その隙に、僕は窓の外に飛び出した!
「っ、待てッ!!」
そんな彼女の叫びが聞こえたけど、振り返らない。
地面への着地と同時、僕はがむしゃらに走った。
後ろの殺意がなくなるまで、ひたすらに。
──結局。あの子にはちゃんとした別れの挨拶もできなかった。
ふと、思う。
あの子は、僕が急に居なくなったりしたら悲しむのかな?
……いや。そうだとしても──
彼女に会わす顔なんて……僕にはもうない。
だから仕方がないんだと言い聞かせて、僕は町の喧噪の中に逃げて行った。




