第28話 それでもわたしは信じたい
「……お久しぶりです。助けてくれて、ありがとうございます」
初めて会った時みたいに、わたしは深々と頭を下げた。
彼からの返事はない。
かまわずに、わたしは喋り続けた。
「ゼルスさんはどうしてここに? なにかご用があったんですか?」
ずしん……
無言でゼルスさんが背を向ける。
まずい。このままじゃあ飛び去っていってしまう。
「っ、わたし、なにか粗相をしてしまいましたか!?」
ヤケクソで想いの限りを叫んだ。
「──は……?」
ぴたりと、ゼルスさんの足が止まる。
戸惑いがちに、彼がこちらを振り返った。
よかった。わたしの声が聞こえてないわけじゃない……!
それなら対話の余地がある!
「ごめんなさい、急な話をしてしまって……。わたしのせいで何か不都合が生じて、居づらくなってしまわれたんじゃないかと案じていたんです」
「なにを馬鹿な……」
目をしばたたかせながらうつむくゼルスさん。
「違うよ……。君の……君のせいなわけがない。君達のところから去ったのは、単に……僕の都合だ」
噛み締めるようにゼルスさんは言う。
「だから君が気にすることなんて一つも──」
「じゃあ、あなたは何をしようとしていたんですか?」
ぐら、とゼルスさんの瞳がぶれる。
喰ってかかられるかと一瞬だけ身構えるも、次のアクションはなかった。
長い逡巡の末──彼は低い声で呟いた。
「…べつに……大したことじゃない……。やるしかなかったことを、やっただけだ。だからこの町を壊した。君のお姉さんもあの剣士の男も、撃墜した。
僕には──それしか思いつかなかった」
……!
彼がここに居る時点で、よもやという懸念は頭の片隅にあったけど。
それでもまさか、姉さん達が──そんな──
「……そうですか……」
平静を装って、わたしはなんとかそう口にする。
「気丈だね」
「そんなことありませんよ。今すぐ安否を確認しに行きたいぐらいには心配です……。でも、二人は強いですから。ちょっと落とされたぐらい、へっちゃらなはずです」
「……そう。そんなに信頼が厚いんだ」
「あはは……身も蓋もないことを言うと、そう信じないと心が折れちゃいそうだから、ってだけですよ。
そして……ゼルスさん。それは、あなたに対してもです」
「!」
「やっぱりわたしには、あなたの思惑が分かりません。ここまでの危険を冒して、あなたは何を……いえ。何が今のあなたを突き動かしているんですか?」
気まずそうに、彼はわたしから目をそらした。
「なんでそんなことを聞こうとしてるんだよ。別に、なんだっていいじゃないか」
「だって、全然脈絡がないじゃないですか。町を攻撃したかと思えば、わたしはなぜか助けられちゃってますし……」
「たまたまだ。理由なんてない」
「なら、とっととわたしを捨て置いて逃げ帰るべきでしょう。それなのに……あなたは、わたしの話につきあってくださっている」
眼前にそびえる彼の手指に手を伸ばす。
ぴたり、と私の手のひらは竜に触れることを許された。
……駄目押しで、これだもんなあ。
「それは、どうしてですか」
ゼルスさんが体を震わせる。
こんなに大きな体をしているのに。今の彼は、迷子の子供みたいに怯えていた。
──これはあくまで、私の想像だけれども──
ゼルスさんは、何がしかの理由で途方に暮れているんじゃないのだろうか。
それこそ、森が襲われて呆然自失していた時のわたしみたいに。
それでも何かに懸命にならざるを得なくて……その奮闘の結果が、これまでの行動なのではないかと、わたしは推察していた。
「……そんなことを知って、どうするんだよ……」
消え入りそうな声でゼルスさんが呟く。
「あなたのことを知りたいんです」
それを支えるように、わたしははっきりと口にした。
ゼルスさんがしたことは、いけないことだ。それは否定しようがない。
でも……そこに確かな理由があるなら、酌量はあってしかるべきなんだ。そうでないと駄目なんだ。
そもそも。生きているなら、悪いことをしない人なんて居ない。生きるということは、善い行いと悪い行いを積み立て続けることなのだから。
だから、これまでみたいに「仕方がなかった」って割り切りたいから、わたしは──
………………ううん。
そんなことよりも、わたしは……信じたかった。
これまでの旅で、見てきた彼を。
故郷を失って喪心していたわたしに、暴力を振るわなかった。
旅の道中、至らないところばかりのわたしに温情をかけてくれた。
あなたは知らないでしょうけど。
わたし、それにすごく救われてたんですよ?
世の中には、あなたのような竜も居るんだって、希望を持てたから。
確かに、マイペースで周囲のことを省みないところもあったけど……。
それでも彼は、荒事やこんな理不尽を好まない方だった。平穏を愛していた。
だから、わたしは知りたい。
今、わたしが彼に語りかけるのは、それぐらい私的な理由からだった。
「教えてください、ゼルスさん。わたしは……わたしはあなたの行いを、悪いこと、の一言で片づけたくないんです……」
ゼルスさんから目をそらさず、わたしは返事を待つ。
「僕は……」
口ごもるゼルスさん。
ぱくぱくと口を開けては閉じてを繰り返すも……最終的には意を決して、
「僕は君に……謝りたかった」
落ち着いた様子で、彼は告げた。
「君の村が襲われたのは──僕のせいだ」
◇◇◇◇◇◇◇◇
…………え?
衝撃過ぎる告解に、頭が真っ白になる。
「だから僕は……君達のもとから離れて……でも、踏ん切りがつかなくて……」
「ゼ、ゼルスさん。待ってください。意味が……意味が、分からなく、て」
「でも、そのせいで君は目をつけられてしまった。
だから僕はせめて、どんな手段を使ってでもアイツを殺すと決めた──
けど……それすら君を苦しめる結果になったみたいだね……」
ゼルスさんがわたしを見る。
その水晶みたいな瞳に、悲し気な色をたたえて。
「だから──ごめんね──」
その時だった。
早くて、鋭くて、質量のある──
そんな横突きを喰らったゼルスさんが、吹っ飛ばされたのは。
ぐごしゃあっ!
彼の衝突と共に、けたたましい倒壊音と砂埃が立つ。
な……なに!?
怒涛の出来事に、わたしの頭はショート寸前だった。
視界が晴れると──建物を突き破って、ゼルスさんが少し遠くの地面で身を丸めているところを視認する。
「──だっるいですねえ。子供のママゴトはもう十分です」
ゼルスさんじゃない人の声が、わたしのすぐ隣でした。
暗殺者かと誤解しそうなほど全身黒ずくめな──男の人。
「いやあ、災難でしたね。フィナさん」
彼がわたしの名を呼ぶ。
たった今、己の身の丈の十数倍はあったドラゴンを……ゼルスさんを薙ぎ払ったばかりとは思えない、普段通りの口調で。
「……ディスティ…さま……?」
「はい。ボクです」
にこ、とかの神官様は笑った。




