第27話 対峙するは失踪事件の犯人──?
……。
…………。
……………………ずきずき走る鈍痛が、わずらわしい。
まぶたを開ける。床が見える。全身は冷たい感触に見舞われてる。頭が痛い。
……後ろから殴られて、地べたに倒れた……?
前後不覚したけど……案外、思考は正常そう……。
「なんなのよお。なんなのよお! なんでこんなことになってんのよお!?」
声が耳に入った。
館内で耳にしたものと同じ、女性の声。
首を動かすのが億劫だったから目線だけ動かすと、誰かの足元を捉えた。
ぐるぐるぐるぐると、忙しなくほっついている。
「早く、早くしないと逃げちゃう。ドラゴンが逃げちゃう! 早く捕まえないとなのに……ああもうっ! サイファーのやつら、なにをぐずぐずしてんのよ!?
っ、しかも!」
声の主はわたしに近づくと、その足でわたしを蹴飛ばした。
「……っ……!」
わたしは横向きになった体で痛みに堪える。
そこで、件の人物の姿を捉えた。
歳の頃は十代後半。ゆったりとした黒色のローブと丸眼鏡。しばらく手入れされていないのか、高く結われた赤毛混じりの茶髪はボサついている。そこに猫背と相まって、お世辞にも、女性の第一印象は明るいものではなかった。
「ここ、この忙しい時に! なんでこうも立て続けに……!」
加えて。その顔面は今、真っ赤に茹で上がっている。
……これは危険だ。
経験則上。こういう状態の人は、何をしでかすか分かったものじゃない。
「……おちつけ。おちつくのよ、フローラ。切羽詰まってる時ほどクールになれって、お師匠様も言ってたじゃない……」
フローラというらしい女性が、爪を噛みながらぼやく。
「そ、そういえば……こいつもエルフ……? なら、魔力タンクに補充して……」
言うや否や、彼女はわたしの頭髪を引っ張り上げて、
「──あー……はいはい。そういことね……」
落胆した。
そのままの目で、わたしの顔を見る。
「なら……いらないわね……」
……あーあ。またこうだ。
やだなあ。
やっぱり、こういう扱いになっちゃうんだ。
「な、なによ。不満げな顔ね……。そんなにあの中に混ざりたかった?」
わたしの視線に片眉をひそめながら、彼女は水槽の方をしゃくる。
「……ふざけないでください……」
「な……なによなによ、イイこぶっちゃって……ふ、ふふ。きーめた……」
わたしから手を離すと、彼女は水槽の方に向かった。
再びくずれおちそうな体を踏ん張らせて、わたしはなんとか立ち上がる。
「まま、魔力はあるんだろうけど、あんたを材料に使って、もしも魔力の純度が下がったらクライアントが気を損ねそうだしね……。だからあんたは、もっと別の使い方をしてあげる……!」
大きな水槽の前で、彼女はわたしのほうを振り返った。
その中には、みんなじゃないものが入って見える。
「ね、ねえ。これが何か分かる?」
「……分かりませんよ……」
「あ、あたしはね……命の研究をしているの。いわゆる、蘇りの魔法ってやつよ……」
手慰みに髪をくるくるししながら、彼女は恐ろしいことを言った。
「これは……その過程でできた、不死の出来損ないよ……!」
薄暗い笑みを浮かべると、彼女は水槽横のレバーを下ろす。
水の抜ける音がした次には、べたっと、中のものが這い出て来た。
眼窩に陥没した瞳。黒く腐食した肌に、胡乱な息遣い。
それは、ただしく生きていないヒトだった。
「こ……こいつらは、生者を捕食する性質があってね…。
不本意ながら、今はそれを応用して軍隊を作れないか試行錯誤してるんだけど……ふふっ……! ここまで言えば分かるでしょ……?」
彼女が手で号令を出すと、死人がわたしに足を向けた。
わたしを相手にさせて、どこまで兵として使えるか試そうということ?
死者をこんなふうに冒涜するなんて…やっぱりこの人はふざけている……!
わたしは腰元の剣をいつでも抜けるよう身構えた。
来るなら、来い……!
◇◇◇◇◇◇◇◇
──ここで突然だけど、天井がキレイになった。
「「え」」
そのことにわたし──いや、わたし達は、仲良く目を丸くする。
何が起きたのか。
正直、まだ理解が追いついていないけど……それでも直視した事実を綴るなら、先述した通り天井がキレイになったのだ。
より具体的にいうなら、天井より上の建物がキレイさっぱりなくなった。
ばっこーんと、それはそれはすごい勢いで薙ぎ払われて。
木こりの斧だって、ここまで華麗に何かを切り倒すことはできないだろうに……彼は己の爪甲だけで、その荒業を成してしまった。
ドラゴンの本気──恐るべしだ。
「────」
開放的になった元・天井から、銀青の竜がわたし達を見下ろす。
ぷるぷると彼女は身震いして、
「あ、あぁ……この結晶のような造形、間違いないわ……! に、二度目はないと思ってた水晶竜が、またあたしの目の前に──ぎゃっ!?」
上から伸びたドラゴンの手指が、その背後の水槽周辺を叩き壊す!
歓喜の声をあげていた彼女は吹き飛ぶ形となり、地面に頭を打ちつけていた。
それきり静かになったので、今ので気絶したのだろう。
死人のほうは……水槽もろとも潰されて、ひき肉みたいにぐちゃぐちゃに………いや。あまり気分がいいものじゃあないので、これ以上の直視はやめよう……。
ともかく、原型を留めていなかった。
……一旦の危機は去ったとして、わたしは一息をつく。
そして先程とは別種の緊張を胸に抱いて、わたしは向き合う。
「──ゼルスさん」
初めて助けられた時と同じように。
ガラスみたいに透き通った瞳が、わたしを見た。




