第23話 大戦の歴史、エルフと教会が歩んだ道
ルクガン子爵領で有事が起こる──。
ディスティさまのそんな天啓に反し、わたし達の道中はトラブルもなく、終盤に差しかかろうとしていた。
「もうじき、ルクガン子爵領の城下町が見える頃です」
御者のシルフィールさんが告げた通り、丘を越えると、城壁に囲まれた都市が遠目に見えた。この調子なら、昼過ぎぐらいには到着するだろう。
「なかなか立派な城壁だなー。門は閉じられてるし、いかにも厳重な警備って感じ」
町のほうを眺めながらガーラさんが言う。
「並の遣いじゃあ追い出されそうなもんだけど。そのへんの自信はどうなんですかね。神官様」
「おや。心配ですか?」
「多少は」
「あっはっは。正直な御仁ですねえ」
四日も時間を共にして心をくだくところがあったのだろう。ガーラさんはディスティさまと親しげに話していた。
「大丈夫ですよ。ボク達を無碍にする者はまずないでしょうから」
とディスティさまは言う。
「それは…人間の社会でも教会──女神様が広く信奉されているからですか?」
「その認識で問題ありません。わたくし共の存在は、今の世界情勢下でも尚、強い影響力を有しておりますから」
わたしの質問にシルフィールさんがそう答えた。
「そう、なんですか……」
「おや。フィナさん、どこか納得がいってなさそうな雰囲気ですね」
「す、すみません。お気分を害してしまいましたか……?」
「いえいえ、構いませんよ。ですが……そうですね。せっかく時間もあることですし──シルフィールさん。布教活動がてら、今に至るまでの教会遷移の講話でもしてあげてくださいよ」
「かしこまりました。ディスティ様」
コホン、と咳ばらいをして、シルフィールさんは粛々と話し始めた。
「この世界は創造主たる女神様の恵みで成り立っています。生命の誕生、有力国が保有する『純結晶』に……フィナ様達なら、魔法が馴染み深いものでしょう」
わたしと姉さんが頷く。
女神様からの恵みの一つにして、奇跡の術──魔法。
これを最初に授かったのが、エルフの祖だったという。
「はるか昔。女神様は、様々な土地の生命に恵みをくださいました。それを尊んだ知恵あるもの達で、教会や国といったコミュニティを作り、彼らは神の使徒として、女神様の存在を周囲に教え説いて回った……。女神様をあがめる教会が、世界各地に存在するのはこのためですね。そうして女神様を起点とした信仰の連なりは、世界に秩序をもたらした……」
このへんは、わたしや姉さんが知っている話と差はない。
けど、
「そんなの、とうの昔に破綻してるじゃあないですか」
姉さんが険しい声で続ける。
「魔法にしたって、大昔にあった神秘はほぼ失せています。世界大戦時、人間達によってほとんどの奇跡が体系化されたから……。今ある多くの魔法は、研鑽を積めば誰でも使える技術でしかない。そのうえ──」
ぎりっと、憤りを示すように歯ぎしりをする姉さん。
「……そうですね。数百年前の世界大戦によって、全ては変わってしまいましたから……」
シルフィールさんも目を伏せて、悲痛そうな面持ちで呟いた。
ふと、思い出す。
あの森に居た頃に何度も耳にした、お年より達の昔話のことを。
『人間達は魔法をおとしめた』
『魔法だけでない。奴等は我々の種すらも冒涜したのだ』
大戦から生き延びてきたあの人達の昔話は、いつだって人間への怒りと憎しみに満ちていた。
魔法は、エルフに授けられた奇跡だ。
魔法の向上を目指すなら、エルフのものを模倣するのが一番の近道になる。
だからエルフを狩ろう。
……そんな恐ろしいことを、誰が最初に言ったのか。
いずれにせよ、そんな世迷言によって多くのエルフの命が刈り取られた。
魔法を解析するための、検体モルモットとして──。
大戦で争いが絶えなかったこともあって、おびただしい数の命が失われたと聞く。逃げるようにエルフ族は俗世から離れ、ダムレスの大樹海に隠れ潜むようになった。
──人間は、エルフを狩りに来る怨敵だ──。
そんな教えを、後世に残して。
……悲しいことに、その禍根は根強く残っている。
それこそ、わたし達の森が襲われているのがいい証拠だろう──。
◇◇◇◇◇◇◇◇
馬車の中は、重苦しい空気がただよっていた。
誰も次の口を開かない中、ディスティさまがシルフィールさんを小突く。
「ちょっとちょっとシルフィールさん。話が事故級に脱線してますって」
「申し訳ありません……」
シルフィールさんが声をうわずらせる。
気のせいかな。シルフィールさん、少し涙ぐんでいたような……?
「話を戻します」
しかし、次には彼女は何事もなかったかのようにしていた。
「シーナ様達のご認識の通り。世界大戦を機に、この世界の秩序は崩壊しました。『剣聖』のような偉人達の奮闘も虚しく、戦乱は長く続き……世界は、疲弊していました。これを嘆いた女神様は断腸の思いである決断を下したのです。
即ち、教会の体制の一新です」
「──え──」
わたしと姉さんが声をハモらせる。
「教会からの新たな御使いが奔走したことで、少しずつ世の戦乱は治められていきました。中でも『執行部』という処刑部隊の活躍は目まぐるしく、『逸脱者』達による脅威の鎮圧・掃討には、どこよりも貢献していたとされています」
「そうなんですか? そんなの、はじめて耳にしましたけど……」
わたしが言うと、
「当然です……。これらは全て、エルフ族が隠遁した後の話ですから。おそらく長生のエルフ達ほど、今の話は正しく認知していないことでしょう」
な……なるほど……?
呆気に取られるわたし達をよそに、シルフィールさんは続ける。
「かくして。長い時間を要しましたが、新生された教会の活躍や、それに助力したローラシア王国と神聖シルフェイド帝国の君主達のお陰で、大戦の平定は成されたのです」
「そーそー。平定ね」
思い出したように話に加わるガーラさん。
「で。厳しい大戦を乗りきったその二国が、今現在の二大強国になってるわけだ。歴史を感じるねー」
「はい……。以降、大戦で躍進したローラシアとシルフェイドはもちろん、現存する有力国は今現在も教会を支持し、良好な関係を築いているのです──」




