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第22話 子爵領城下町までの道中

 本日の空模様は晴れときどき曇り。

 ルクガン子爵領の城下町を目指して、早一日。

 わたし達を乗せた馬車は、順調に街道を行っていた。


「平和だね」


 ぽつ、と漏らす姉さん。


「いいことじゃないか。なんか不満でもあるのか?」


 背もたれに寄りかかって寛ぐガーラさんが尋ねると、


「不満というか…こうも何もないと、雇われた身としてはちょっとね」


 姉さんは薄く笑った。

 依頼料に見合った働きが出来てないのではと心配しているのだろう。


「お気になさらないでください。シーナ様」


 馬車の御者を務めるシルフィールさんが淡々と言う。


「ガーラ様のおっしゃっった通り、道中が平穏であることはわたくし共にとっても幸いなことです。有事がなくとも、あなた方に警護いただいていることに変わりはありません。そのお陰で、休息時にわたくし共は安心して休めているわけですから…強いて挙げれば、それが成果と言えましょう」

「…そうですか? なら、いいんですけど……」


 そう口にしながらも、依然として姉さんはすわりが悪そうにしていた。


「でも、道中が平和過ぎて目立った報告がないと、財務から小言を喰らったりはするんですよねぇ」


 どこから話を聞いていたのか。

 いままで悠々と昼寝をされていたディスティさまが話に加わる。


「へー。教会にも懐事情ってあるんすね」


 ガーラさんがそう聞くと、


「そりゃあありますよ、教会も組織なので。つつがなく・堅実に・清貧に、が今の財務部のモットーらしいです」

「なるほど。今回の同行者が少ないのもそれが理由だったり?」

「ご明察です」


 ガーラさんの問いに、ディスティさまは肯首した。


 馬車内の人員は五名。

 ディスティさまとシルフィールさん、それにわたし達だけだ。

 教会の司牧訪問なのだからもっと厳かになるかと思ったけど…実態は、とても慎ましやかなものだった。

 ぱっと見では、冒険者と見間違えられてもおかしくないんじゃないかな?


「今更ではあるけど…清貧とはいえ、教会からの使者がこれは、いくらなんでも信徒への面目が立たないんじゃあ…?」

「いやはや、おっしゃる通りで。世知辛い世の中ですよねえ」


 姉さんのツッコミに肩をすくめるディスティさま。


「まあボク達の訪問は、その地域の人々の暮らしの実態や状況を知り、場合によっては導きを与えるのが目的ですし…目に見えた威信を被っていなくとも、本質的且つ根源的なものによれば大丈夫ですよ。たぶん」


 いいことをおっしゃられてたのに、最後の一言で台無しだ……。


 神官様でこの言動はどうなのだろうと思うけど…この俗っぽさのお陰でわたし達も肩肘(かたひじ)を張らずに過ごせているので、お相子なのかなあ。



「フィナ。元気がないけど、大丈夫?」


 そこで、わたしの隣に移動した姉さんが小声で聞いてきた。


「そうですか? そういうつもりはなかったんですけど……」

「だって口数が少ないじゃん。いつものフィナだったら、もっと会話に混ざるのに」


 そうなのかな。

 でも……姉さんがそう言うなら、そうなのかも。


「まだリオのことを気にしてる感じ?」

「それは大丈夫ですよ。リオさんとはちゃんとお別れの話が出来ましたし。

 ……そういえば、姉さんはあの晩、なにしてたんですか? リオさんとのおしゃべりに混ざるってあんなはしゃいでいたのに、結局来ませんでしたよね?」

「あ……あの晩はガーラに呼び出されて、ちょっとね……」


 ……姉さんの目、またきょどってる。

 何かあったんだろうなと思いながら、わたしは意識的にニコニコした。


「そうだったんですね。体調を崩しちゃったのかな? とか、気になってたんですけど……よかった。わたしの杞憂だったみたいですね」

「う……。ごめんなさい。心配をかけて」


 面白いぐらいしゅんとする姉さん。

 けど、すぐにハッとして、


「いや、今は私のことよりフィナのことだよ! リオのことじゃあないなら……

 あなた。あいつのことを気にしてるの?」

「はい」


 わたしはキッパリと答えた。

 ここも取り(つくろ)った方がスムーズな気はしたけど。流石に、()えがたかったから。


「姉さん。怖い顔をしてますよ」

「……そう?」

「はい。モンスター級に顔が引きつっています」

「……。怖がらせちゃったなら、ごめんなさい……」


 姉さんがうつむく。


 この人はとことん、自分の気持ちが表情や行動に出る。

 分かりやすい反面、それで暴走しやすいのが玉に(きず)だ。


 やっぱり今は我慢して、無難に答えておいたほうがよかったかな?


「──姉さん。わたしは大丈夫だから、そんな暗い顔をしないでくださいよ。ほら、目の下のクマもひどいですよ」

「そう……? 昨晩の寝不足がたたったかな」

「少し休んだらどうです? あ、わたしの膝を使いますか?」


 わたしは自分の足をぽんぽんと叩く。


「本当? それじゃお言葉に甘え……っ、い、いや! それはお姉ちゃんとしての威厳に関わるっ!」

「そこまで照れ臭そうに叫ばなくても。こんなの今更なんですし、いいじゃないですか」

「そ、そうかもしれないけど。今は人目もあるし!」


 む。そうきますか……。

 なら、こっちにも考えがありますもんね。


「そっか……。わたし、久々に姉さんに膝枕してあげたかったんだけどな」

「……。な、なら仕方ないかな……」


 さびし気な声のトーンと上目遣いで押したら、姉さんはすんなり折れてくれた。


 流石姉さんだ。たんじゅ……優しくて助かる。


 ころ、と姉さんがわたしの足に頭を置いた。


「……フィナ」

「はい?」

「……。……なんでもない……」

「そうですか。じゃあなんでもなくなったら、いつでも言ってください」

「……うん……」


 姉さんが(まぶた)を落とす。

 そのままでいたら、小さな寝息が聞こえてきた。


 ひとまず、落ち着いたのかな?

 よし。姉さんにはこのまま、少し休んでてもらおう。


 体を動かせないので目だけきょときょとさせたら、こちらを見守っていたガーラさんと目が合った。

 そのまま、ぱくぱくと口の動きだけで何かを伝えられる。


 お・つ・か・れ………かな?

 じゃあ、そ・ち・ら・こ・そ、って同じように返事しておこ。


「──仲良きことは麗しいですね」


 わたしの対面にディスティさまが座って、腕を組みながらおっしゃられた。


「そう見えましたか?」

「ええ。アナタ達の間には、きっとふかーい絆があるのでしょうね。

 それこそ……大好きなはずのお姉さんにも、そこまで取り(つくろ)うほどです。きっと、語り切れないほどの辛苦と辛抱があったのでしょう」



 突然の物言いに、わたしは震えた。



 返す言葉を見失っていると、ディスティさまが晴れやかに笑う。


「よければお話、うかがいましょうか? 迷える者を導くのがボク達の仕事ですからね。人間でもエルフでも、そこに差はありませんよ」


 ……お見事、と内心で手を叩く。

 やっぱり伊達(だて)に神官様はされてないんだな。この人。


 ──差はない──か。


 すごく泣きたくなるフレーズだなあ。


「それはありがたいお話ですね」


 けど、わたしは苦笑するに留めた。


「おや? よろしいのですか」

「はい。大丈夫です。お気を遣わせてしまい、申し訳ありません」

「そうですか」


 ディスティさまは、それ以上のことは口にされなかった。

 わたしもその話はもうしなかった。

 ガーラさんが物言いたげな目で見ていたけど……わたしはまた、気づかない振りをして。


 それで、この話はおしまいです。

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