第21話 出会いは偶然、別れは…
街中が夕焼け色に染まり、大通りの人気が波みたいに引いていく頃。
露店を畳んで帰路につく人々に混ざって、わたしとガーラさんは歩いていた。
「うまくいくか心配でしたけど…話がついてよかったですね」
「…そうだなー…」
ガーラさんは渋い顔をしている。
心ここにあらずという風だ。
「心配ごとでもありました?」
「いや、心配しかないだろ。あの神官、うさんくさすぎるぞ」
「…そんなことを言ったら悪いですよ。無理なお願いを聞いてもらったのに」
「それはそれ、あれはあれだ」
ガーラさんの主張にわたしは苦笑した。
確かに、ディスティさまの言動は掴みどころがなくて気になる。
しかも、これから有事が起きるなんて予知つきだ。ルクガン子爵領までの道中で大変な目に見舞う可能性は高い。
それでも、
「これが父さんや母さん達を助ける足がかりになるなら、危険を承知でやっていくしかないと思うんです」
「それはまあそーだけど……」
やはりガーラさんは浮かない顔だ。
この人がここまで苦言を呈するのも珍しいな……?
「ま。おまえが腹くくったのに四の五の言うのも野暮か。前金も貰っちまったし」
「はい。なので頑張りましょう。……あれ?」
前方に見慣れた後ろ姿を見つけた。
姉さんだ。
キョロキョロと周囲を見回していて……探しものでもしているのかな?
「姉さーん」
「…………」
無反応。よっぽど集中しているのだろう。
それならと近づいて、さっきよりも大きな声で呼んでみる。
「姉さん!!」
「うわっ! びっくりした……え、フィナ? どうしたのこんなところで…」
姉さんは胸を押さえながら、目をパチパチさせた。
「喜べシーナ。明日から忙しくなるぞー」
「? 何か仕事でも見つけてきたの?」
「仕事ですし、父さんや母さんを助けることにも繋がるかもしれません」
「え……ちょっとちょっと。どういうこと?」
「長い話になるから、詳しくは宿屋で話すよ。そういうおまえは何をしてたん?」
「え。あ、あー……ちょっと……見失って……」
「? ネズミ捕りの仕事でも受けたのか?」
「ま、まあそんなところかな」
これみよがしに、姉さんの目は泳いでいた。
とっても怪しいけど…ホントは一体どんな仕事を受けたんだろう…?
「なるほどなー。でも、もう日暮れだし、今日は引き上げようぜ。それとも明日とかじゃあ支障がある感じか?」
「だ、大丈夫。うん」
「…そりゃあよかった。じゃ、帰るぞ」
ガーラさんがそう言うと、姉さんはドギマギしながらもついてきてくれた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
宿に戻ってまずわたし達が最初にしたのは、くうくう鳴くお腹を慰めるべく、宿の一階で夕食にありつくことだった。
「ただいまあ」
「おかえりなさいです、リオさん」
彼女の帰還は、その最中のものだ。
今日の出来事を話していたわたし、姉さん、ガーラさんのテーブルにやってきて、のっそりと席につかれる。
「疲れたあ……。今日の定食はなに?」
「チキンプレートというものらしいです」
「じゃあそれにしよ。すみませーん」
注文を済ませてくつろぐリオさんに、ガーラさんが話しかける。
「随分と遅い帰りだったなー」
「色々あって忙しかったのよ」
「へー。新しい仕事でも入ったのか?」
「詳しくは話せないけど、そんなところよ」
そうなんだ…。
姉さんみたいな冒険者組合からの仕事なのかな?
「で? そっちは話、うまくついたわけ?」
「はい。幸運にも」
「…そうなの? それは…よかったじゃない」
よかったという言葉に反し、リオさんの表情は浮かない。
あ…でもそっか。リオさんは教会を頼るのは気乗りしないって言ってたし、だからか。
「それで今、姉さんに今日のことや、これからのことを説明していたところなんです」
「そう。話を聞いてビックリしちゃった。フィナといいガーラといい、いつのまにそんな話を進めてたの!? って」
「仕方ないでしょ。おまえ、早々に飛び出して行っちまったんだから」
「探してくれてもよかったじゃん」
「えー……めんどうくさ…」
「ひどい!」
ガーラさんに異議を申し立てた姉さんがテーブルを叩く。
ばきゃっ!
「「「あ」」」
…わたし達は目を丸くした。
いや。わたし達だけでなく、食事処に居た他のお客さん達も同様だ。皆で仲良く、姉さんによって歪にへしゃげたテーブルに釘づけになっている。
「お客さん」
じと目をした店主のおじさんがガーラさんの肩を叩く。
ガーラさんは両手で顔を覆いながら、ぷるぷるとか細い声で、
「……このテーブルって、いくら?」
「しめて一万ゼニーってところだね」
「…せっかくの……前金があぁぁぁぁぁ……ッ!!」
おいおいと泣くガーラさんの叫びは、哀愁にまみれていた。
「こうやって借金を増やしてんのね…こいつら…」
リオさんのその一言は、真理を射ていたのだろう…。
──席を替えて、リオさんの食事が届く頃。
(追い出されなかったのはひとえに店主のおじさんの寛大さによるものだ。)
「というわけだ、シーナ。もう文句は言わせないぞ」
「…はい。申し訳ありませんでした……」
ガーラさんの目に睨まれて、姉さんは意気消沈していた。
「俺達の懐事情のためにも、気張っていこうぜ」
気のせいかな……。失踪事件の解決じゃなくて、金策が第一目的にすり替わってるような……。
「神官一行が王都を発つのは明後日。馬車を使うそうだから、ルクガン子爵領の城下町までの日取りは四日ってとこだろーな」
「明日はその準備ですよね? 食料とか、野営道具とかどれぐらい必要かな…」
「そう。じゃ、アタシは明日の朝にここを出るわね」
……。
…………。
……………………え?
「それってどういうこと?」
「アタシがアンタ達と一緒するのは、ここまでってことよ」
姉さんからの問いに、リオさんは淡々と答える。
「あー…新しい仕事が入ったとか言ってたもんな」
「そういうこと。元々フィナと一緒してたのも、アンタ達から受けた仕打ちの返上が一番の目的みたいなところはあったし」
「でもリオ。あなたが追っている相手はいいの?」
「いいわけないじゃない。それ絡みで、別にやることが生じたのよ」
「なるほどねー…。なら仕方ないな」
話はどんどん進んでいく。
わたしは……なんと口にすればいいか、分からないでいた。
「フィナ」
リオさんが呼んでいる。
おずおずと顔を上げれば、彼女は穏やかに笑って、
「アンタ、すっごい顔をしてるわよ」
「ご、ごめんなさい。突然のことに驚いちゃって……リオさんとは、ここでお別れ、なんですか……?」
「おおげさね。今生の別れでもあるまいし」
困ったように眉をひそめるリオさん。
「こっちこそ急な話でごめんなさいね。でも…アンタの姉貴やこの男が一緒なら、もうアタシが一緒してなくても大丈夫でしょ」
「そんなこと! リオさんが居なかったら……わたしは今、ここには居ませんでした……」
言ってる最中で目が熱くなって、ぐずぐずと鼻声混じりになる。
こんなことで涙ぐんじゃダメだ。リオさんにちゃんとお礼を言わなきゃ…!
「まぁ、そうかもしれないけど……いえ。今はありがとうって言うべきかしら」
ふ、とリオさんがはにかむ。
「お互いに別のやることがあるってだけなんだし、そんな悲しまなくていいのよ。生きてれば、そのうちまたどっかで会えるでしょ」
「でも……やっぱり、さびしいものはさびしいですよ……わたし、リオさんほど割り切れません……」
「コイツぅ。嬉しいこと言ってくれるじゃない」
うりうりと、リオさんがわたしの頭を撫でる。
勢いに反して、彼女の手つきは優しいものだった。
「ま…確かに名残惜しくはあるかな。でもアンタ達とあんまり一緒に居たら、さらに借金を押しつけられそうなのよねえ……」
「はは……耳が痛い話だなー……」
苦笑するガーラさん。
今さっきのこともあるので尚更なのだろう。
「…リオさん。ここまで本当にありがとうございました。送別会じゃないですけど、今夜はわたしといっぱいおしゃべりしてくれますか?」
「いいけど、アタシの時間は高いわよ」
「お金を取るんですか!?」
「冗談よ。今回は初回ボーナスってことで、タダにしてあげるわ」
愉快そうにリオさんが笑う。
初回ボーナスってことは……普段はやっぱり取っている……?
……リオさんなら有り得そうだけど、流石に冗談だと思いたいなあ……。
「ちょ…!」
そこでぎょっとしたのは姉さんだ。勢いよく席から立ち上がると、
「リオ、ずるい! 私も混ぜてくれない!?」
「一人も二人も大差ないし、別にいいわよ。好きにしなさい」
「分かった! じゃあ好きにさせてもらうから!」
快諾されて嬉しいのだろう。姉さんが満面の笑みを浮かべる。
「子供みたいにはしゃいじゃって、まったく……。今夜は騒がしい女子会になりそうね」
そう言ってるわりに、リオさんも満更ではなさそうだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「そういえば……ゼルスはどうする気なのかしらね。アイツ、まだ寝こけてるの?」
「あ」
すっかり忘れてた……。
ごしごしと袖口で顔をぬぐって、わたしは席を立つ。
「ちょっと部屋に様子を見に行ってきます」
「え!」
姉さんが大きな声を上げる。
どうかしたのかと目線を向けると、
「い、いや……。そんな腫れぼった顔をしたフィナを行かせるのも、ちょっと気がひくものがあってね……」
と心配性な姉さんらしい主張をする。
「大丈夫ですよ。この程度のこと、ゼルスさんは気にされませんって」
「そ、そうなの? ならいっか………いや。それはそれでムカつくな……?」
お顔を険しくする姉さんを置いて、わたしは階段を上って行った。
──……ゼルスさん。
姉さんとも会えたわけだし。ラヴェンナへの行き方を聞いたら、お別れになるのかな。なんでゼルスさんはあそこに行きたいんだろう。どなたか知り合いでも居るのかな。それかもしくは──……あー、だめだ。ぜんぜん考え、まとまらないや。
かなうなら、もう少し一緒に旅をしたり、やってみたいこともあったけど……ゼルスさんにも目的があるんだもんね。なら、引き留めるのは悪いよね……。
そんなとりとめのないことを考えながら、部屋のドアをノックして、声をかける。
返事はない。
まだ寝てるのかな?
「ゼルスさーん。入りますよー?」
扉を開けると、ぶわっと、冷たい風に出迎えられた。
それにあわせてばさばさと、カーテンが窓の内と外をいったりきたりしている。
室内は暗かったけど、窓から入る月明りが、部屋の全貌を照らし出していて──
「────」
その視覚情報を叩きつけられて、わたしは、
わたし、は……
彼が眠っていたはずのベッドの上は、もぬけの空になっていた。
ぴゅうぴゅうと秋風が吹く。いつかの星空の下で感じた時みたいに──
その時より冷たくなったそれは、今のわたしのしぼんだ心に、ひどく滲みた。
ここまで読んで下さりありがとうございました。4章・完です。
この話の大事な要素・根幹を含んでる章なので、私的には結構お気にの章です。
Q. ふたりの仲は前進したんじゃないのかよ!?
A. 安心してください、してますよ。(ただしそれが分かるのは少し先)
ってな。大丈夫ですよ。ゼルスくんはすぐに戻ってきますって……。
でも作者は3~4日ほどお休みをいただくと思います。ご了承ください。
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