第20話 高名な…神官様…?
教会に着いた。
外装も内装もエルフの森にあったものとは違ったけど、女神様を模した彫像がシンボルにある点だけは同じらしい。
「礼拝者の姿はあるけど、肝心の教会関係者が見当たらないなー。
出かけてるのかね」
と言うガーラさん。
外に出ると、芝生の庭で小さな子供達が元気に遊び回っていた。
わたしが首を傾げてると、
「孤児や身元を失った子供を教会で預かって育ててるんだろうよ。慈善活動ってやつだな」
「…そんなことをしてるんですね…」
これまた、わたしが知っている教会ではなかった取り組みだ。
物珍しさに目をしばたたかせながら周囲を見回していると……修道服の女性を見つけた。
「お。なかなかの美人」
高くてスラッとした身長に、くっきりした目鼻立ち。ガーラさんの評の通り、大変お綺麗なシスターさんだ。彼女は庭の端のベンチに腰かけていて、庭で遊ぶ子供達を見守っているようだった。
「すみません」
女性に声をかけると、ミントグリーンの切れ長の瞳が、わたし達のほうを向く。
「……。なにか御用でしょうか」
発せられたのは、鈴なりみたいに高く、十人中十人がそうと断定するぐらいの澄んだ美声だった。……残念ながら、わたし達に向けられたものはナイフみたいに鋭利で冷たかったけれど。
なんか……あんまり歓迎されていなさそう……。
「えっと…お忙しいところ、すみません。今、こちらに高名な神官様がいらっしゃると聞き及んだのですが、お会いすることなどは…?」
彼女の眼が、わたし達を測るようにきょときょと動く。
「…あの方への御用でしたら、わたくしが預かります」
「あ、ホントすか? 実は俺ら、ローラシアで活動している冒険者なんですけど」
「冒険者…」
一瞬、女性は宙に視線を這わせて思案し、
「もしやルクガン子爵領までの警護依頼のことを聞いて、いらっしゃったのでしょうか」
「はいー、そうですー」
「その件なら既に白紙になりました。またの機会にいらしてください」
交渉の余地もなくバッサリ切り捨てられてしまった…!
「あ、そうなの? でも昨今、危険なことが多いですし、護衛はあったほうがいいと思いますよー」
ゴマすりをしながらガーラさんが食い下がるも、女性の表情は硬い。
「不要な話です。お帰りください」
「そこをなんとか。きっちり働きますんで」
「結構です」
「お願いしますよー」
ガーラさんを見る彼女の目は据わっている。
美人の冷たい表情って、怖いな……。
「ガーラさん。それ以上はこの方のご迷惑かと……」
「いやいや、諦めたらそこで終わりだぞ。ホラ、試しにおまえも頼んでみろよ」
「えぇ!?」
止めに入ったら逆に巻き込まれちゃった!?
「あ…あの。無理を言ってしまいすみません。でもわたし達、神官様達の旅にどうしてもご一緒したいんです。どうにか便宜を図っていただけないでしょうか?」
「無理なものは無理です。第一、わたくしに決定権はありません」
「じゃあ、神官様と直接お話をさせていただけると……」
「駄目です」
キッと鋭い目がわたしにも向けられる。
ひい。こわい。
と怯えていたら、
「…。…貴方は、エルフの方ですか」
不意に、女性の表情から険しさが抜け落ちた。
「え、えぇ…。…そうですが…」
「やはり。その装束には見覚えがあります」
見覚え?
エルフが人間の集落や国と関りを絶って数百年は経つ。
その上でわたし達の民族衣装を知っているなんて…博識な方なんだなあ…。
「…それなら、なおさら……」
「──シルフィールさん」
何かを言いかけていた彼女の言葉が霧散する。
教会からこちらに歩いてくる人影を認めて、彼女──シルフィールさんというのだろう──は、は佇まいを改めた。
「ちょっと酔い止めの薬をお願いしたいんですけど…って、どちらさまですか? このお二人」
やってきたのは、にこにこと笑う中肉中背の男性だった。
動きやすそうな黒の法衣に黒の帽子、黒髪と、上から下まで黒ずくめな出で立ちだ。近くで見れば聖職者と分かるけど、衣類が簡素な造りをしているから、遠目には不審者と間違われそうだとも思う。
ぱっと見では、ガーラさんとそう歳が変わらなく見える。つまり相当若い。
この人が、話に聞いていた高名な神官様……?
「教会への来訪者です。ディスティ様がお気にされる程の者達ではございません」
「はあ」
「ですので、この場はわたくしにお任せいただければと存じ…」
「なに勝手を言ってるんです?」
軽やかな一言だ。
けど、シルフィールさんはそれだけで言葉を控えた。
「ボクが気にする相手か否かを決めるのは、ボクですよね?」
「…おっしゃる通りです。申し訳ありませんでした」
「あはは、いいですよ。ボクを気遣ってくださったのでしょう? でもそういうことなので、シルフィールさんは下がっててくださいます?」
「かしこまりました」
シルフィールさんは深く頭を下げると、ディスティと呼ばれた男性の後ろについた。
…半信半疑だったけど、今ので証明された。
この方が、わたし達の当初の目的である神官様だろう。
「で。アナタ達はどういった方々なのでしょう?」
神官様の終始細められた目と、吊り上がった口角が向けられる。
リオさんなら「うさんくさい」とぶった斬ってそうな。そんな表情だと、内心で思う。
「…お初にお目にかかります、フィナと申します。エルフの森から参りました」
「ふむ」
「俺はガーラっていいますー。神官様はローラシア王国の司牧訪問の最中で、近々ルクガン子爵領を訪問予定なんでしょ? その警護に俺達を雇って欲しいんですよねー」
「ふむふむ」
顎に指を添えながら、ディスティさまがぐるぐるとわたし達の周りを歩く。
まるで品定めされているような…いや。ような、ではなく、間違いなくそうなのだろう。
「白紙になった依頼だと今しがた聞きましたけど…わたし達、神官様の旅程にご一緒したいんです。どうにか便宜を図っていただけないでしょうか?」
「ふうむ────?」
ぐるんっと。
突然、ディスティさまがわたしの顔を覗かれた。
あまりの勢いに心臓が飛び跳ねるも──わたしは、嗚咽もこぼせなかった。
…からだが、凍りついている。
なんでか分からないけど。
この人に見下されると、無条件に圧倒されてしまう。
「──へえ──」
目をかっぴらいて、ディスティさまがなにか言っている。
…あ。この人は、おめめも黒いんだ。
そんな些事に、気がついた。
「いいでしょう」
にっこりと、ディスティさまが笑う。
そこでようやく、わたしを縛っていた圧迫感が失せた。
どっどっどっと心臓が暴れていて、遅れてやってきた寒気に身が縮こまっている。
…なんだったんだろう、今のは。
底の無いぬかるみに引きずり込まれたような窒息感だった。
これが…これが『高名な』神官様であるということ…なの…?
「おや? 怯え切った顔をなさって、どうされました? …あ、ひょっとしてボクのせいです? いやあ、たまにやっちゃうんですよねえ。あっはっはっ」
あ、あっはっはって……。
なんか誤魔化されている気がする……。
「いやね、天啓を感じたんですよ。なにしろボク、神官ですし。でも、その時の雰囲気が怖いとよく言われるんですよね。悲しいことに」
「はあ…。つまり、なんなんです?」
ガーラさんが問うと、
「ルクガン子爵領で、有事が起こると予知しました」
立てた人差し指を左右に揺らしながら、ディスティさまが笑みを深くする。
「この天啓はボクも想定外でした。ええ、ええ。これは実に、見過ごせません」
軽やかな足取りでシルフィールさんの横に移動されるディスティさま。
そのまま鼻歌を口ずさみそうなノリで、
「というわけでシルフィールさん。この人達には是が非でも警護についてもらいましょう。各種調整のほど、お願いしますね」
「……かしこまりました。全ては貴方様の御心のままに」
軽薄そうな彼の言にも、シルフィールさんは粛々と応じていた。
くるっとディスティさまがわたしに振り返られる。
「あぁ、そうだ。アナタのお名前をおうかがいしても?」
──そこでディスティさまは、ようやくわたしを認識した。
「…フィナ、です…」
「フィナさんですね。短い付き合いになりますが、どうぞよろしくお願いします」
ディスティさまの薄く細められた瞼から、あの黒が覗いた。
「ええ。こちらこそ、お手柔らかにお願いしますわ」
息を詰まらせるわたしに代わって、ガーラさんがそう答えていた。




