第19話 泣きたいぐらい穏やかな道すがら
「ガーラ」
兵舎の出入口でお二人に見送られる間際。
ここまで言葉数が最小限だったセオドールさんが口を開いた。
「次のアイツの命日、お前は墓参りに来るのか」
「あー……行けるなら? おっさんは行くの?」
「さてな。分からん」
「忙しいの?」
「…忙しいというか…」
セオドールさんは少し口ごもるも、
「丁度その頃に、子供が産まれそうでな」
そう、薄く笑いながら告げた。
「あり? おっさん、もう居なかったっけ?」
「新しく、下の子がな」
「なるほどね。そりゃ、下手な予定を入れられないわ」
ガーラさんが頭をポリポリかく。
「今は家族を大事にしてやれよ。墓参りなんていつでも出来るんだし…それこそ、子供が産まれて落ち着いたら、一緒に顔を見せに行ってやりゃいいよ」
「そうだな…。そうさせてもらおう」
「いやー、しかしめでたいね。おめでとな、おっさん」
「ああ。ありがとう」
穏やかにセオドールさんは笑った。
今まで顔色一つ変えなかった御仁だけど、私的なことではその限りでないらしい。
「ではな、ガーラ」
「おう。おっさんもルディスも達者でな。今回は助かったよ」
「次の訪問は借金返済の話であることを切に願います」
「…善処するよ…」
お二人のコメントに、ガーラさんはしわしわ顔を作っていた。
彼らにどういう過去があったのかは存じないけれども。
こういうやり取りが出来る間柄を、気の置けない仲って呼ぶのかな──
「で? 教会、行くのか」
兵舎を後にしてしばらくした後、ガーラさんが口を開いた。
「…そうね…。気乗りはしないけど、行ってみるといいんじゃない」
「さっきのリオさん、気乗りしない方の口ぶりには見えませんでしたよ…?」
「細かいことは気にするんじゃないわよ」
ピタリ。
そこで、彼女が足を止めた。
「どうかしましたか?」
「──ごめんなさい。さっきの詰め所に忘れ物しちゃったみたい」
「え。大丈夫ですか?」
「ええ。取りに戻るから、アンタ達だけで教会に行ってて」
こちらの返事も待たず、パタパタとリオさんは走り去ってしまった。
「…忘れ物なんてするキャラじゃなくね? あいつ」
その背中が見えなくなると、ぽつりとガーラさんが言う。
「誰にでもうっかりはありますよ。それにしても教会かあ……。ガーラさん、場所は分かります?」
「知らね」
「ですよね」
予想はしてたけど、いざ当たると少し笑いぐさだ。
「えー。おまえまでそういう反応しちゃうの? 傷つくぞ、俺」
「悪気はありませんよ」
「なお酷くね?」
「そんなことありませんって」
くすくす。わたしは小さく笑う。
ガーラさんはじとーっとわたしを見ていたけど、最終的に「はあ」と息をついて、
「じゃ、探しに行くか」
「はい。そうしましょう」
◇◇◇◇◇◇◇◇
街の人に道を尋ねて、教会までの道を辿ること数刻。
わたし達は、人で賑わう大通りにやって来ていた。
この通りを抜けた先の広場に、目的の教会があるらしい。
「ええ。教会ならこの道の先にあるけど…あなた達、あそこで結婚式でも挙げるの?」
屋台のおばさんに道を尋ねたら、彼女はわたしとガーラさんを指してとんでもないことを言い始めた。
「ち、違いますよ!?」
「あら、そうなの? ふふふ。そんな照れなくてもいいじゃない。可愛い彼女さんねえ」
全力で否定したけど、おばさんは真に受けてなさそうだ。
本当に違うのに……!
「おばちゃん、この街は長いの?」
「当然じゃないか。アタシはこの王都生まれ王都育ちさね。それこそ、式だってあの教会であげてねえ」
「へえ。そりゃイイね」
おばさんの揶揄も気にせず、ガーラさんは親し気に話し始めてしまう。
「イセリナはいい街でしょう?」
「そうだなー。昔から豊かで活気に満ちてて、人が優しい。文句のつけようがないよ。あと、心がキレイな婦人も多い」
「あらあら! 嬉しいことを言ってくれるねえ」
手をぱたぱたさせながら、おばさんが頬を赤らめた。
「でも駄目よ。そういうのは好きな子だけにしてあげないと」
「はは。ちがいねーや」
「でもありがとうね。おばさん、柄にもなくはしゃいじゃったよ。…そうだ。よければこれ、持って行きな」
屋台に並んでいた林檎のお菓子を二つ、渡された。
丸々とした小さな林檎に持ち手の棒が刺さっていて、林檎には透明な膜がコーティングされているようだった。
「サンキュー、おばちゃん。おいしくいただくよ」
遠慮することなくそれを受け取って、ガーラさんは歩き始めてしまう。
置いて行かれないように小走りで後を追えば、
「そろそろ小腹が空く頃だろ。ほれ」
二つある林檎菓子の片方を差し出された。
「い、いいんでしょうか…? あのおばさんの誤解も解けてませんけど」
「人の善意はありがたく貰っとくもんだぞー。誤解の件は…ま、明日には忘れてるだろ」
おじおじと、わたしはガーラさんから林檎の菓子を受け取る。
「ちょっと休んでこうぜ」
ガーラさんが近くの長椅子に腰かけて、自身の隣の空きスペースを叩いた。
座れということだろう。
確かに、この菓子は歩きながら食べるのは大変そうだもんな…。
「じゃあ…失礼します」
だから、大人しく彼のお誘いに乗った。
「うん。うまいな」
ぽりぽり食べるガーラさんの食べ方にならって、林檎に齧りついてみる。
甘い。
この林檎、飴でコーティングされてるんだ。
「林檎飴っていうんだよ。森じゃあこんなの食ったことないだろ?」
「そうですね…。すごく、美味しいです」
「そっか。あのおばちゃんも冥利に尽きるだろうよ」
ぽりぽり、ぽりぽり。
甘くて美味しい…けど。このお菓子、食べることに集中しないと上手く食べられないから、一度食べ始めると無言になってしまう。
だから自然と会話はなくなって。
会話がなくなると、他のことに意識がいく。
大通りで無邪気に追いかけっこをする子供達。露店のアクセサリーを値切ろうとする若者。昼間から酒屋で盛り上がるおじさん達に混ざる傭兵……。
こうやって街の一角でじっとしていると、住人の営みがより明確に感じられる。
森の外にはこんな場所もあるんだなと、しみじみと思う。
「いい街だろ」
林檎飴を食しながらガーラさんが言う。
「はい…。さっきのおばさんが自慢したくなったのも分かります。人間の大きな街って、どこもこんな平和な雰囲気なんですか?」
「場所によって雰囲気は多少異なるけどな。大きな国の都なんかは、だいたい防護結界で守られてるからモンスターや厄災を寄せ付けないし。お陰様で、どこも平和なもんだよ」
「そうなんですね…。すごいなあ」
「おまえの故郷の森にも結界はあっただろ?」
「この街と比べたら全然ですよ。結界の効果も侵入者を迷わせるってぐらいですし…。そういえば、ここの結界はどうやって展開させてるんでしょう?」
「トラ…えー…なんだったかな。とにかく、すごい動力源が街の中枢にあるって話だぜ」
ガーラさんが林檎飴を食べ終える。
残った棒を手持無沙汰にぷらぷらさせながら、彼は口を開いた。
「シーナが気にしてたけどさ。実際のところ、その後はどうなんだ?」
「またその話ですか? もう…姉さんもガーラさんも心配性ですね」
「んー…そりゃ、心配にもなるだろ」
「ちゃんと元気にやってましたよ。この通りです」
ふんっと上腕の力こぶを叩いて、すこぶる元気なことをアピールする。ガーラさんは「そういうことじゃないんだよなー…」と目を細めるだけだったけど。
「にしても、よく俺とシーナを探せたな?」
「ゼルスさんとリオさんに会えたお陰です」
「あー…あの女は手段が的確だから、まあ分かるとして…。ゼルスってのは、あのドラゴンの奴で合ってるよな?」
「はい。森が襲われた時、わたしを助けてくれたんです。たまたですけど…」
「ふーん…。そこからどうやってあのダンジョンに着いたんだ?」
「話せば長いんですが…」
わたしは森を出てからのことを話した。
森で危なかったところをゼルスさんに助けられたこと。町で助けてくれたリオさんが逆強盗をし始めてビックリしたこと。ゼルスさんがよく食べること。リオさんのギャンブルに巻き込まれたこと。何度も協力してモンスターや盗賊を撃退したこと……。
いくらでも話せることはあった。
「リオさんとゼルスさん、すぐに揉めるんです。いえ、二人とも間違ったことは言ってないんですけど…お二人の意見は水と油みたいなところがあって」
「あー。成程な」
「だから度々、わたしが諌めることになったのですが…そこでわたしがもう少ししっかりしていたら、もっと平穏に済んだのかなぁ、と何度思ったことか……」
「別に悲観することはないんじゃね。雨降って地固まるなんて言い回しもあるわけだし」
「そうかもしれませんけど………?」
そこで気づいた。
ガーラさんが、いつの間にか笑っていたことに。
「あの。わたしの話、笑うところありました?」
「あー、うん。随分と楽しそうに話してたし」
「え」
たのしそう…?
「大変だったけど、苦しさよりも勝るものがあったって感じで生き生きしてたぜ。なんだよ気づいてなかったのか?」
「………全然、ですね………」
「わはは。自分の心の機微には鈍そうだもんなー、おまえ」
わたしは目をパチクリさせる。
『周りのことをよく見てるんだなー。すごいな、おまえ』
二年前。わたし達の森に迷い込んだこの人は、いつも怯えていたわたしに、そんな言葉をかけてくれたっけ。
「…ガーラさんがおっしゃってたとおり…本当に、森の外は広々としていますね」
「んー…? まー、そりゃそうだろ。自分が知らないことをたくさん知れて、自分にはないものを教えてくれる奴らと知り合えるしな。旅や冒険の醍醐味ってやつだ」
……違いない。
わたしにとってのその初めての例は、ガーラさんだ。
森を立ち去る前にも、この人はこうやって冒険の楽しさを語ってくれた。
二年前のことは、どの記憶よりもキレイにわたしの思い出にしまわれている。
「まあ…悪いことや苦労が付きまとうこともあるけど」
「それは、本当にそうですね」
昨日今日のガーラさんを見てるだけでも、よく実感できたことだ。
「──いっそ、そのままあいつらとパーティーでも組んだらどうだ?」
ガーラさんが言った。
「え…」
「もちろん、今の件が片づいた後とかで」
「で…でも、リオさんもゼルスさんも目的があるみたいだし…。わたしがお二人についていっても、迷惑ですよ」
「そんなの言ってみないと分からないだろ」
「それはそうですが」
「ははーん。さては怖いんだな?」
「そりゃ……怖いですよ……」
「お。素直でよろしい」
わしゃわしゃと、ガーラさんがわたしの頭を撫でた。
突然のことにどき、と心臓が高鳴る。
この人的には、よく出来ましたと褒めただけなんだろう。
それ自体は嬉しいけど……誰にでもこういうことをするのは、ちょっとどうかと思う。手つきも荒っぽいし……。
「もう! ガーラさん、髪が乱れちゃうからやめてください!」
「いやー。撫で甲斐のある頭をしてたから、つい」
「わたしの髪、整えるの大変なんですからね!?」
「すまんすまん」
ガーラさんの手が離れていく。それにほんの少しの名残惜しさを感じながら、わたしは自分の長い髪を手櫛で整える。特に顔周りは重点的に。
「まー、まずは自分の気持ちに正直になるこった。何をするにしても、そこからだろ」
「……そうですね」
やっぱり。この人は変わらないなあ。
だらしないところもあるけど、強くて。頼りになって。優しくて──そして、
…………やめよ。こんなの、考えても不毛だし。
「よし」
活を入れる代わりに、がりがりと林檎飴を噛み砕いていく。
これで気持ちの切り替えだ!
「ガーラさん、お待たせしました! ……? あらぬ所を見て、どうしました?」
彼は教会までの道沿いとは真逆のほうを見ていた。
「いや。あそこの店のパンがうまそうだなーって思ってさ」
「今、食べたばかりですよね!? もう…買っていきます?」
「んー……いや。いいよ」
あんな凝視するほど見てたのに要らないなんて…変なガーラさんだなあ。
「あいつ。なんであんな険しい顔でこっちを見てたんだろうなー…」
彼のその小さな疑念は、わたしの耳には入らなかった。
冒頭の墓参りの人に関するエピソードはこちら(https://ncode.syosetu.com/n4743iq/)をどうぞ。




