第17話 王国軍という陰謀の渦中へ突撃ですか!?
この季節は昼が短くなる。
日が傾く前にということで、わたし達は早々に街の中央へ向かっていた。
王城に近づくほど、辺りには大きな建物が目立ってくる。一般的に、大きな街は中心に行くほど行政絡みの施設が増え、住人の地位や生活水準も上がるそうだ。キッチリした佇まいの文官や巡回する衛兵の姿をよく見るのは、そのためだろう。
「みんな、青みがかった衣服なんですね」
「青がこの国のシンボルカラーだからね。鎧や制服にもふんだんに使われてるのよ」
リオさんとそんな話をしながら、ガーラさんの後に続く。
しばらく歩くと、彼の足は大きな宿舎の門前で止まった。
「第一兵士師団・詰め所……おし、ここだここ」
「珍しいわね。アンタがちゃんと道を覚えてるなんて」
「流石にこの国とは長い付き合いだからなー」
ほ…本当に来ちゃったぁ……。
「──ローラシアの王国軍ならツテがあるんだ」
「そのツテって、具体的には?」
「例えば…セオドールっておっさん。けっこう偉かった覚えだぜ」
「けっこうどころか、栄えある王国兵団の団長サマじゃない…」
「ダメそうか?」
「いいえ。ベストチョイスだわ」
「そなの? じゃー、行くか」
そんなやり取りをしたのが一時間ほど前のこと。
…善は急げっていうけど、それにしたって早過ぎやしませんか!?
大体、この国の悪事のことをじかに聞くなんて、タダでは済まないんじゃ…。
お二人の思惑が分からないわたしの想像は、どんどん悪い方向に加速していく。
「そこの方々。本所にどのようなご用でしょうか?」
入口の警備兵が話しかけてきた。
丁寧ながらも低い声だ。わたし達を警戒してのものだろう。
「あ、どうも。俺、ガーラっていうんですけど」
対し、ガーラさんはのほほんと応じている。
わたしの心臓は今にも爆発しそうなぐらい緊張してるのに…。
初めてお会いした時にも思ったけど、この人の心臓には毛が生えてるのかな…?
「セオドールっておっさん…団長さんに用があって。今って都合いいすか?」
「…セオドール団長にですか。失礼ですが、面会のご約束は?」
「ないっすねー」
「お引き取り願います」
即答だ。
まぁ、普通はそうなりますよね……。
「えー。ダメですか?」
「不審な方をおいそれと通すわけには参りませんから」
「そこをどうにか! お願いしますよー」
両手を合わせて首をこてん、とさせるガーラさん。
警備兵の方は、気色悪いものを見たような顔をしている。
あぁ……ダメ元がもっとダメになりそう……。
「何かありましたか」
その時、奥から誰かがやってきた。
「隊長!? なぜこちらに…!?」
「気色悪い声がしたので、念のための確認に。…案の定だったみたいですが」
現れたのは、柔和な顔立ちをした男性だった。
歳は二十代半ばぐらい。
格式高そうな青の礼装を着込み、典雅な佇まいをしている。
サラサラなアッシュブルーの髪といい、軍人よりも劇団のスターとかが似合いそうな美丈夫だ。
「お。その口調に目つき…覚えてるぞ。確か、ルディスだ。元気してるか?」
「ご用件は? ガーラ殿」
「せかせかと話を進めるところ、相変わらずだなー」
「用件がないなら帰ってもらえますか? 我々も忙しい身なので」
「用はあるよ。けっこう大きくて厄介そうな用が」
「……。…この国の治安に関わりますか?」
「たぶん」
「そうですか」
ルディスさんは背を向けると、警備兵の方に「すみませんが」と声をかけた。
「この方々を応接間に通しておいてください。治安維持に関する協力者のようなので」
「か、かしこまりました」
「ガーラ殿。所用が済み次第、私が向かうのでしばらくお待ちください」
「おう。分かった」
「それと」
ルディスさんがわたしとリオさんに目配せする。
背筋がヒヤッとする、警戒混じりの目つきだ。
「ガーラ殿。私は貴方を信頼してお話をうかがうこととしました。ですので、くれぐれもその信頼を裏切るような真似はお控えくださいね?」
「分かってるよ。連れ二人が変なことをしないよう、ちゃんと見張っとくって」
「それなら結構です」
にこ、とルディスさんが笑う。
…とっても意味深な笑顔だ。脅されているような錯覚を覚える。
リオさんも同じ感覚なのだろう。半目で不服そうにルディスさんを見ていた。
ガーラさんはともかく、わたしとリオさんは歓迎されてなさそう…。
まあ、この方からしたら「誰だこいつら?」としか思えないだろうから、当然の反応かもしれない。
こうして、わたし達は兵舎に足を踏み入れた。
……事情を話したら、いきなり襲われたりしないよね?
大丈夫だよね!?
◇◇◇◇◇◇◇◇
心臓がどぎまぎするわたしの心配に反し──
わたし達が通された部屋は、こじんまりとしてるけど、しっかりした作りの客室だった。
「悪くないティーセットね。華美過ぎず、質素過ぎず…あと、単純に紅茶が美味しいわ」
給茶されたティーカップを口に運んだリオさんがそう言ってたから、きっと良質な対応なのだろう。
「ガーラさん。いい加減にしてくださいよ」
と、その声にわたしの意識が引き戻される。
わたし達の席の対面には、少し前に訪れたルディスさんの姿があった。
「団長を頼られるのは結構ですが、それならもう少し正規の手順を踏んでください。詰め所の顔ぶれは年々変わるんですよ? 顔パスにも限度があります。私や団長がどれだけ気を利かせているとお思いですか」
「いやー、悪いね。俺の物覚えがよくないばっかに」
「その言い訳はもう聞き飽きました」
大きなため息をつくルディスさん。
さっきからずっとこの調子で、彼はガーラさんに毒を吐き続けていた。
入口の時点から一筋縄ではいかない方だと思ったけど…その実、あれでまだ抑えていたみたいだ。
「貴方達も大変でしょう。この適当を煮詰めたような男と一緒だと」
「…そうですね。彼に痛い目を見せられた数は片手では足りません」
「その心中、お察しします」
リオさんの返事に、心底といった様子でルディスさんが頷く。
「ところで、そろそろ本題に入ってもよろしいでしょうか?」
そうリオさんが切り出すと、ルディスさんは目をパチクリさせた。
「皆様が本当に話を聞いて欲しいのは団長でしょう? なので、団長が来るまでの空き時間を私が相手をさせていただいているのですが……余計な気遣いでしたかね」
ぴき、とリオさんの表情筋が引きつる。
な、なんか不穏な空気が立ち込めているような…。
「まあ仮に違ったとしても、貴方達の予定外訪問に対応している私の寛大さに免じたら、これぐらいの愚痴会はどうってことなくないですか?」
にっこりと、あの笑顔を浮かべるルディスさん。
……やっぱり、ルディスさんは中々の腹積もりの方のようだ。
対して、リオさんはピクピクと眉を上げている。
「この……………が……」
「なにかおっしゃいましたか?」
「いいえ! 別に」
あははははと紛らわすように笑うリオさん。
……その隣に居たわたしは、彼女が発した言葉をしっかりハッキリ耳にしていた。
『この毒舌腹黒男が』
と。
それはそれは、人を呪い殺せそうな程に禍々しい響きだった。
──胃が痛くなってきたよぉ!
「そんなに彼に不満があるなら、アタシ達なんて門前払いをすればよかったのでは?」
この前座にうんざりしてるのだろう。リオさんが真正面からルディスさんの口車に応じ始めた。
あぁ! 本格的な舌戦が始まってしまう!
「そうはいきませんよ」
けど、その流れは当のルディスさんによって打ち止められた。
「こんなのでも、我が国にとっては大事な恩人…いえ、本来なら英雄扱いされてもおかしくない方ですから。個人的には、癪ですけどね」
……ここまでの悪口が嘘のような口ぶりだ。
毒混じりだけど、この方なりにガーラさんは信頼してるのかな……?
「いやー、なんか照れちゃうねー」
当のガーラさんは、こそばゆそうに後ろ頭をかいていたけど。
……ブレないなあ……。
「それはそれとしてガーラさん。前の飲み代で貸したお金はいつ返してもらえるのでしょう?」
「今の話の流れでそうくるぅ!?」
「別にいいでしょう。で? どうなんです?」
「………それが……金欠で……」
「またですか。本当にだらしがない方ですね」
思わず、わたしとリオさんは頷いてしまった。
悲しいかな。この場にはガーラさんにツケられている人しか集まっていないので……。
「なあルディスよ。褒めるか貶すかどっちかにしてくれない? リアクションに困っちまうよ、俺……」
「私達は貴方に散々困らされているので、存分に困ってください」
「うぅ。俺だって好きでだらしなくしてるわけじゃないのにぃ…」
ヨヨヨと、ガーラさんは涙ぐんでいた。




