第14話 とっても強いお姉ちゃん
…『逸脱者』。
この世界に汲み取られた、常軌を逸した「何か」を有したもの達のこと。
彼等はこの世界の道理で測れなかった故、二つ名のみで語り継がれた。
『剣聖』。『糸紡ぎ』。『葬者』。『禊人』…。他ならぬ『醜怪家』もその一人だ。
そんな彼等の最盛期は、数百年前の世界大戦時。
突然歴史に介入し、世界に大き過ぎる禍根を残し、忽然と消えた。
未だ存命なのか、その血脈が受け継がれているのかは、定かでない。
恐らくはそのせいだろう。
この世界は、眼前の女剣士が何者であるのかを、まだ知らないようだった──。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「なに、そのドラゴン。敵?」
周囲に散らばった『ガーディアン』共の残骸を踏みしだきながら、シーナと呼ばれたエルフの剣士が僕を見た。
「違います。ゼルスさん…このドラゴンさんは、わたしを助けてくれたんです」
「そうなの? 人助けするドラゴンなんて眉唾だけど…ま、フィナが言うなら一旦は信じるか」
エルフの剣士が僕を意識から外してくれた。
即刻斬り殺されるのではと震え竦んでいた僕は、無条件に胸を撫で下ろしてしまう。
「…久々のフィナとの再会を祝すには邪魔だな。このガラクタ共」
剣士が二双の剣を抜き、『ガーディアン』達に向けて構える。
その剣の柄の先には、刃がなかった。
「気をつけてください姉さん! この彫刻達、すごく強いみたいで…!」
「ふふ。大丈夫だって、フィナ」
美しいエルフが優しく笑う。
そこには妹への慈愛が満ちていた。
「どれだけ強くても、私が斬ればイチコロなんだから」
──びゅうびゅうと、風切り音を耳にした。
いつの間にか、眼前に居た剣士の姿が失せていたことに、僕はハッとした。
先の雰囲気にのまれていたせいか?
慌てて音の出所を見ると──剣戟の嵐を目撃した。
数機の球部を貫通する突き。横並びしているところを一閃する横凪ぎ。
二双の剣は旋風のように早く、全てを薙いで斬る。
正しく暴風だ。
『ガーディアン』達を破壊する剣士の連撃は勢いを増すばかり。こういうのを目にも止まらぬ早業というのだろう。
いづれにせよ、
「無茶苦茶だ……!」
羽みたいに軽やかな彼女の一振りは、稲穂みたいにヤツらを刈り取り、破壊する。僕の攻撃でも一筋縄ではいかなかった『ガーディアン』達の装甲なんて、始めからなかったみたいだ。なんともはや荒唐無稽な話である。
彼女が振るう獲物──先まで空白だった柄の先──には、光の刃が形成されていた。
……前も思ったけど、あの光の正体は何だろう。分からない。
分かるのは、あの剣士が刃を振るえば『ガーディアン』は斬られている。それだけだ。
あの『ガーディアン』達でコレなら……僕の古傷も癒えないわけだ。腑に落ちた。寧ろよく命が助かったものだと感心すらしてしまう。
「…はは…」
ほとほと恐ろしくて、苦笑いしか出ない……。
「幸が薄そうな笑い方だなー、おまえ。まだ若そうなのに苦労してんのね」
「!?」
緊張感のない声をかけられた。
背後を振り向くと、そこには二十代ぐらいの人間の男の姿。
粗編みの貫頭衣と黒の鎧。くせっ毛の茶髪と白ハチマキ。そして腰元の剣と、有り触れた剣士の風貌だ。
強いて特徴を挙げれば、声と同じで締まりのない面をしている。
「ガーラさん!?」
「ん? あー、シーナじゃないけど、こんなところで奇遇奇遇……元気してるか?」
「は、はい……というか、いらしてたんですか!?」
「相方があんな派手に飛び出せばいらすわな。ちと時間は喰っちまったが」
……フィナとのやり取りの限り、知り合いなのだろうけど……話しかけられるまで物音は勿論、気配も感じなかった。
この男……いったい何者だ……?
「あのペースならあと十分足らずで敵は全滅するだろうし。それまでは俺がおまえらを守るから、安心しとけって」
そう言った男の顔つきは、やはり気楽そうなものだった。
男の言う通り、嵐は寸刻に過ぎていった。
数百の『ガーディアン』を破壊し尽くしたエルフが、僕達のほうに跳んで戻って来る。
「おつかれーい」
「フィナ、怪我はない?」
男のハイタッチを無視して、女剣士はフィナの手を優しく握った。
酷い扱いの差だ。…あ、潰れた犬みたいな顔をしてる。
「…シーナさんやい。まだ探索の途中だが、怪我している奴を見つけたんだ。ここいらで一旦引くべきでない?」
「当然。フィナをこんな危ない所には居させられないもん」
「そっか。じゃ、働き詰めで悪いけど、いっちょ頼むよ」
「ええ。なるだけ早く、私の後に着いて来てね」
エルフの剣士は双剣を振るうと、壁をクロスに斬った。
ばこんっ!
壁が壊れる。その奥の部屋でも壁を斬る。その先も斬る。それを彼女は繰り返していく。
自ずと、その破壊痕は道になっていた。
……エルフって、こんな力技に頼る種族だったっけ?
「おし。じゃあ行こうか」
剣士の男が僕に振り向く。
「ドラゴンのおまえさん、歩けそう?」
「………」
「んー…その調子じゃ厳しいか。じゃあフィナはそいつを担いで……って、そのままじゃあ無理か。変形は出来そうか? 喋れるぐらい高度なドラゴンは人型になれるんだろ」
「………………」
コイツ。なんでそんなことを知ってるんだろう。
あのエルフの剣士とはまた違うプレッシャーを、僕はこの男から感じていた。
「ゼルスさん。不安かもしれませんけど、今は従ったほうがいいかと…大丈夫です。ガーラさんはこういう時は頼りになる人ですから」
「……わかった」
「おう、ありがとな」
僕はしぶしぶ人型に変形する。
ドラゴン時よりもダメージを引き摺るから、今はあまり好ましくないんだけどな…。
「おし、おまえらは先に行け。後ろは俺が警戒しとくよ」
「分かりました。それじゃあゼルスさん…お体、失礼しますね」
「………よろしくお願いするよ…」
◇◇◇◇◇◇◇◇
「数日ぶりの外だからかな。空気がおいしー」
晴れ晴れとした様子で、エルフの剣士が腕を伸ばしている。
ダンジョン探索に入って結構な時間が経っていたらしい。
外に出ると辺りは薄暗く、遠くの空から朝焼けの光が差していた。
「──外……そうだ。リオさんはっ!?」
「リオ…? 彼女も来てるの?」
思い出したフィナが慌て、エルフの剣士が瞠目した。
「は、はい。道中でつい、置いて来ちゃって…」
「こんだけ派手な穴ができたんだし、そのうちひょっこり顔を出すんじゃね?」
「そうかもしれませんけど……でも、もしもってことがありますし…」
「ちょっとガーラ。フィナを不安がらせないでくれない?」
「えぇ…。じゃあ、俺が探して来ようか?」
「あなたのそういうデリカシーがないところ、ホントどうかと思う。というわけで斬ってイイ? はい、斬るから」
「いやいやいや! そういうシーナはまず人の話をちゃんと聞けって」
剣士二人が今にも一戦やらかしそうな雰囲気だったが、フィナが姉を止めたことで一旦は事無きを得た。
まだ出会ってそんな経ってないけど、この人達の力関係は如実で分かりやすいな…。
「なー、シーナ。リオって誰だっけ?」
「…また名前を覚えてないの? リオから今度こそ恨まれるよ」
「まじで? それは嫌だなー」
「ダメじゃない。人間、誠実に生きなくちゃ」
…男のほうは論外だが、あのエルフも中々に自分のことを棚に上げていないか…?
「リオさん、借金のこととかであんな怒ってたのに…」
「今は触れないでおくのが吉じゃない…」
当事者が居ない中で話題に出しても、話がこんがらがりそうだ。
「…っ…」
そんな呑気なことを考える余裕が生まれたせいだろう。
ずきずきと、今まで我慢していた鈍痛が派手に主張をし始めた。
「ゼルスさん! 大丈夫ですか?」
「…。…そろそろしんどい…」
「…少し失礼しますね。≪リカバリー≫」
フィナが治癒魔法をかけてくれる。彼女が触れた先の痛みが少し和らいだ。
今回はこの子に世話になりっぱなしだな…。
かくして。
僕達の短くも濃厚なダンジョン探索は、当初の目的を果たしたことで終息した。
3章・完です。
ようやくゼルスがフィナの名前を呼ぶようになったのが大きな前進ですね。
当初の目的であるお姉ちゃんとは再会できたので、次からは新展開となっていきます。
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