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「やばいな。」

ラファエルは、目の前の天使を見つめながら呟いた。

目線の先には、最初に天のゲートに落ちてきた天使がいる。

目には包帯がしてあり、呻き声しか出ない。

だが、ラファエルが一番心配しているのは、彼の羽だ。

先端が黒く変色しつつある。心が蝕まれている。

今、大天使は地上だ。ガブリエルも紛争地域にいる。

病んでいる天使を前に自分はここから離れられない。

そしてあと一人の四大天使、ウリエルはタルタロスへ出張中ときた。

他の天使たちもそれぞれの任で出払っていて、天宮はがらんとしていた。

天使の浄化に必要な物はわかっている。

だが、それを取りに行く事ができる者がいない。

「はぁ。困ったなぁ。」

そこへ天宮の門を開ける音がした。

「お?誰か帰ってきたのかな。どれどれ?」

ラファエルは、回廊へと向かった。

そこにいたのは、片翼のミカエルだった。

「あぁ。君か片翼君。丁度いいところに帰ってきてくれた。」

大天使が「片翼君」と呼ぶので、いつの間にかそれが天界での彼の呼び名になっていた。

「なんですか?ラファエル様」

ニッコリ笑うラファエルに嫌な予感がする。

ここの上官天使達は、平気な顔で無理難題を言う事が多いのだ。

「君に取りに行ってもらいたい物があるんだ。」

なんだ、お使いかと片翼のミカエルはほっとして答えた。

「分かりました。何を取ってきたらいいんです?」

この答えにラファエルの顔がパァァと明るくなる。

「行ってくれるかい。ありがとう。じゃぁ、こっちに付いて来て。」

ラファエルは、片翼のミカエルを連れて歩き出した。

南の塔まで着くと、ラファエルはその建物の大きな扉を開け中に入った。

「さぁ、こっちだよ。」

物々しい塔に、片翼のミカエルもただのお使いではない事に気付き始めた。

「ラファエル様、何をさせるつもりなんです?」

ラファエルは、階段を降りながら

「光の泉から、雫を取って来て欲しいんだ。」

そう言ってラファエルは小さな瓶を片翼のミカエルに渡した。

「私は今、ここを離れるわけにはいかないからね。あぁ、そこ暗いから足元気をつけて。」

階段の下がだんだん暗くなり、備え付けられた松明無しでは足元がわからなくなっていた。

「光の泉?」

「そ。何にでも効くよ。目も口も穢れた心も治してくれる。」

ラファエルは、前を向いたまま答えた。

「じゃぁ、あの紛争地域に使うんですね!」

「残念ながらそうじゃない。天使の治療に使うんだよ。」

「でも・・・。地上に使ったらもっと世の中よくなるんじゃないです?」

ラファエルは、優しい顔をして振り向いた。

「そうだね。でも、光と影は一対。強い光はまた逆に濃い影でもある。それにこれは、人に対して使えるものでは無いんだ。」

「え?」

「よく効く薬にも副作用がある、ということさ。」

そうラファエルに言われ、片翼のミカエルは残念そうに下を向いた。

ラファエルは、天使も人の世も、例えるなら自然が与えた自己の治癒能力で回復して欲しいと願っていた。

それは時に、すごく時間がかかってしまうけれど、影を生むことも副作用も心配ないからだ。

二人はそれぞれの思いを胸に、またも頑丈そうな扉の前に着いていた。

「本来、光の泉の管理はウリエルの仕事なんだが、あいにく出張中でね。」

「どうすればいいんです?」

扉の中に入ると、小さなカゴがありその中にチカチカ光るものがある。

「これは、天界の特殊な光でね、導きの光と呼ばれてる。この光より速く飛ぶんだ。そうすれば泉が現れる。」

光よりも速く?

「そんなこと、できるんですか?」

「まぁ、普通は難しいなぁ。普通の天使ならね。我ら四大天使くらいしか飛べないかも知れない。」

あっさりと答えるラファエルに片翼のミカエルは焦りを感じた。

「じゃぁ、どうやって?」

「でも君は、その片方の翼が助けてくれる。だからなんとかなるかも。」

そう言って、ラファエルは金の翼をちらりと見た。

「なんとかって。なんか、不安要素の方が大きんじゃ・・・。」

「んー。不安要素と言えば、導きの光を見失ったら、辺りは闇になっちゃうからね。そっちの方が心配だなぁ。くれぐれも迷子にならないように気をつけて。」

「えっ!?」

「さぁ、行っておくれ。時間が無いんだ。仲間の天使を救えるのは君だけだ。」

肩をトントンと叩いて片翼のミカエルを励ました。

片翼のミカエルは、ぐっと唇を結んだ。君だけ・・・と言われたら。こうなったらやるしかない。

「要は全力で集中して飛ぶこと。それだけさ。」

あぁ。簡単に言ってくれる。

でもやり遂げるさ。片翼のミカエルは、目の前の重い扉を開けると、導きの光と共に飛び立った。



その空間は、ラファエルが言った通り、真っ暗だった。

だが、その御陰で、光を際立たせていた。

集中、集中!

片翼のミカエルは、双方の羽に力を込めると精一杯羽ばたいた。

最初は、なかなか追いつけずにいたが、空間と光の動きを読みながら

だんだん追いつくことができた。

だが、想像をはるか超えた高速で体がバラバラになりそうだ。

今まで、このような飛び方をした事はない。

“仲間を救えるのは君だけだ・・・・”

出来るはず!歯を食いしばり、意識を翼だけに集中する。

真っ白な天使の翼と、金の翼に最後の力込めて飛んだ。

「くっ!」

金の羽の光が零れおちた。一瞬導きの光の動きが遅くなった。

「今だ!」

右手を前に伸ばし、導きの光を捕まえようとしたその瞬間。

眩しい光が片翼のミカエルを包み込んだ。

思わず目を瞑ったが、ゆっくりと目を開けると・・・。

「・・・。出来た・・・。」

そこは宇宙が広がっていた。目の前にはキラキラ噴水を上げながら沸く光の泉がある。

「なんて美しいんだ。」

うっとりと見とれ、しばらくその場から動けなかった。

“時間がない”と言った、ラファエルの言葉を思い出し、彼は急いで瓶に光の雫をすくった。

帰りの空間は最悪だった。急落下するような感覚で、気分が悪くなるわ、目も回るわ、吐きそうだ。

それになんて早い時の流れの中にいるんだ。頭がおかしくなりそうだ。

限界を超えて倒れそうになった頃、ようやく天界へ戻って来れた。

もう、あの空間には2度と行きたくないと思った。

ゼーハーゼーハー。肩で息をつく。

「おかえり。よく、がんばってくれたね。ありがとう。」

ラファエルが初めて、美しい花の様に笑った。

「・・・・。」

この人でもこんな顔するんだな、等と思った。

「さて、効果の程を一緒にみてみようか?」

ラファエルは片翼のミカエルを手招きした。

光の泉の雫の威力は絶大だった。

目、口、羽と一滴ずつなのに瞬く間に回復し、片翼のミカエルより元気になった。

「見える!声が出せる!それに翼も!!!」

「よかったな。片翼君のおかげだ。」

ラファエルが安堵した顔で天使の回復を喜んだ。

「ありがとうござます!ラファエル様、片翼くん!」

彼は泣いて喜んでいる。片翼のミカエルも嬉しくなった。

「しばらく、安静にしたらもう大丈夫だから。」

ラファエルは、そう言うと、次の天使の石の解凍を始めたのだった。



その日の夕刻。

ゲートには珍しく、ラファエルが来て夕日を見つめていた。

「珍しいですね、旦那がここに来るなんて。」

「旦那って。」

ラファエルは苦笑した。

「聞きましたぜ。例の天使、回復したんですね。」

ゲートキーパーは葉巻をふかしながら、隣に立った天使を見つめた。

「あぁ、君の迅速な対応のお蔭でね、かなり助かったよ。」

「その割には、浮かない顔してますね。」

「うん。まぁ。ね。」

何か含んだ、曖昧な顔だ。

白黒がはっきりしているラファエルには珍しい。

「片翼くんが、プロメテウスにならなきゃいいが、と思ってな。」

残念そうに下を向いた、片翼のミカエルの横顔を思い出していた。

「ゼウスの“火”・・・ですか。」

ゲートキーパの吐き出す葉巻の煙がゆらゆらと揺れた。

二人は、ぼんやりと太陽が沈むまでそこにいたのだった。

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