Ⅲ
天のゲートキーパーは、今日も何する事もなく、雲の上にかかった石のアーチの階段に腰掛け、ぼんやりと雲を数えたり、下界を見下ろしたりしていた。
ちらりと影が横切り、上を見上げると遠くに飛んでいる天使が見えた。
「あーーーーーー・・・・。」
彼が、そんな言葉を発している間にその天使は彼のいる雲の上へ落ちてきた。
「お、おいっ、どうした!?しっかりしろ!」
天使の瞳は焦点が定まらず、あぁぁとしか言えない。
全身にどす黒い瘴気をまとっていて、側にいるとこっちまで充てられそうだ。
ゲートキーパーは胸のポケットから携帯を取り出すと、急いで天宮へ連絡を入れた。
「こちらゲート。今、瘴気を纏った天使が一人・・・」
電話をしている最中にまた、一人ぱたりと落ちてきた。
「いや、二人・・・もしかすると、まだ何人か落ちてくるかもしれん。至急応援を要請する。」
天界の住人たちも、どこからともなく現れ、不安げに様子を見守っていた。
しばらくするとゲートには、ラファエルと上級天使達が数人姿を現した。
「何があったのです?」
ラファエルは、落ちてきた天使の個々の様子を見ながら語りかけた。
ゲートには結局4人の天使がたどり着いていた。そのうちの一人の軽傷の天使がぽつりぽつりと話した。
「我々は10名で下界のパトロールをしていました。以前から、警戒するようにと言われていた○△地方です。」
彼は苦しそうに、肩で息をついている。
「しかし、○△地方を横切る時、前から内情が不安定だったのですが、内紛が勃発。」
内紛と聞き、ラファエルの顔色が変わる。
「阿鼻叫喚、そこは生き地獄と化したような場所で・・・ ・・・。あぁ・・・なんて僕は無力なんだ!!」
それ以後その天使は頭を抱え、怯えたように震えだした。
「しっかり、気を強く持って。」
ラファエルは、天使の肩を強く抱いて、正面からまっすぐ見つめる。
だが、彼は首を横ん振り、もう耐えられないと涙を流した。
「他の6名は、どうしたのです?」
「地上に・・・・。彼らは到底、飛べる状態ではないのです。我々は、救援を・・・」
「解りました。取り敢えず、君達の邪気を払います。浄化の部屋へ運んでもらえますか。」
ラファエルは、上級天使達に指示を出した後、難しい顔をして考えていた。
善と悪のバランスが崩れている場所では、普通の天使では荷が重いだろう。
紛争が起こっている地域の上空に大天使は腕組をして留まっていた。
辺りは負の黒煙がたち、巨大な雨雲に覆われた様な異様な雰囲気に包まれている。
片翼のミカエルは大天使の隣にいて、ひどく蒼い顔色で下界を見下ろしていた。
「さて・・・。6人の天使はどこかな?」
大天使は、目を瞑ると意識を集中した。
「・・・・」
暫くの時間をえて、うっすらと目を開けた。
「まずは一人目。」
彼は、指先に光の輪を作ると、地上にいる一人目の天使に投げた。
「片翼くん、お仕事ですよ。」
片翼のミカエルは、へっ?という顔をして大天使の方を見た。
「今、投げた輪で、下の天使は小さな石になっているはずだよ。子供に拾われる前に取って来てくれますか?」
「僕が!?」
「そうです。」
大天使はきっぱりと言い切った。なんでまた。僕だって天使の端くれなんですよ、こんな瘴気にあたってたらおかしくなってしまう。
「君にしか出来ない仕事なんだ。」
えっ!?君にしか出来ない?
「どうにかなったら、大天使様が助けてくれるんでしょうねぇ?」
もちろんと、大天使から胸を叩いて言われて、片翼のミカエルはしぶしぶ承諾した。
実のところ、君にしか出来ないという言葉が、妙に彼にやる気を起こさせた。
「あぁ、行く前に、これ聞きながら行って。」
そう言って、大天使はウォークマンを片翼のミカエルの耳に押し当てた。
「これまた、俗っぽいものを・・・」
「天使用に改造してあるんだ。ウォークマンだけ宙に浮いた現象にはならないから安心して。」
そう言って、大天使はにっこりした。
しぶしぶ片翼のミカエルは地上へ降りて、石の回収をした。
不思議と耳から流れてくる音楽に彼の心は癒され苦しくはなかった。マイクの歌声だったのだ。
上から様子を見ていた大天使は、小さく思ったとおりだと目を細めて呟いた。
そして無事、6個の石のかけらを回収し、彼らは天界へと帰っていった。
天界では、ラファエルが天使たちの治療にあたっていた。
「様子はどう?」
大天使が浄化の部屋にノックし入ってきた。
「体にまとわりついた瘴気は払ったが、心まで浸蝕されているかもしれない。予断は許さないよ。」
「そうか・・・。」
大天使はラファエルに歩み寄り残りの6個の魂が込められた石を彼に渡した。
「こちらも解凍を頼むよ。ラフ。」
「わかった。しかし、よくこの状態で救えたな。我々四大天使でも瘴気の増した地上に降りるのは自殺行為だろう。」
「うむ。我々は完璧過ぎるからね。黒はまったく受け付けない。だから片翼君に手伝ってもらった。」
「なるほど。金の翼の。彼なら可能かも知れんな。あぁ、そういえば知ってるかい?大天使。東洋では陰陽道というのがあるらしいぞ。」
「陰陽道?」
「自然の中で陰と陽の二つのバランスが保たれて初めて調和が取れるという教えだそうだ。」
「我々は彼らのいうところの“陽”しか持たないからな。今回の様な“陰”には踏み込めない。それはそれで、すべての事象に当たれなくて厄介だな。」
二人は、うんうんと頷きながら、あぁ、厄介だー、厄介だーと言い合った。
「そういえば、知ってるかい?大天使。東洋には“鬼の副長”という言葉があるらしいぞ。」
「鬼の副長?」
「うむ。組織の中で2番手がやり手で、厳しい事なんだそうだが。」
「あーー。そう言えばいるいる。ここ天界にも“鬼の副長”。ガブちゃんは、しばらくこっちに帰って来れないだろうなぁ。」
大天使は、申し訳なさそうな顔をした。
争いが起こると、たとえ武力でその争いを抑えても心にわだかまりがあれば、またどこかで再燃してしまう。
今回は、お告げの使者ガブリエルが、争いは終わりにしようと訴える方法から始めることにした。
その訴えは一般の者にはすぐに広がるが、肝心な人物達は心を闇に奪われたのかなかなか届かない。
すべての人が安心して暮らせる時が早く来て欲しい。ガブリエルの根気のいる作業が始まった。




