婚約破棄、巻き込まれました。④
(放っておけばいいのになぁ。)
リズベットがシエラに声を掛けた時、イーヴィルは先ずそう思った。
幼い頃から、姉のリズベットは動物や植物とよく話していた。実際に会話になっていたのか分からないが、
「えだがおれそうっていってるよ」
「あしたはね、たくさんあめがふるって」
「ちっちゃいひつじさんがはぐれてるよって」
「あっちのもりにおいしいみがあるよって」
そう、植物や動物が教えてくれたと。
実際、庭の木の枝が腐り落ちそうになっていたし、大雨が降り、生まれた子羊が一頭足りなくて探していると、リズベットが言った方角で見つかりもした。イーヴィルには植物や動物が何かを言ってるなんて、聞こえもしないから分からない。この頃のイーヴィルにはリズベットはきみょうな存在だった。
後になって、リズベットのそれが『才』と呼ばれるものだと教えられた。とても厄介なものである事も。
ともあれ、イーヴィルと両親を除けばリズベットの話し相手は主に人外だった。
ある程度大きくなると領民の子供達とも遊ぶようになったが、大勢の同年代の『貴族』の子供に会うのは学園が初めてで、リズベットは誰に対しても恐縮し、ようやく友人ができたのは第三学年になってからだった。
けれど一人だけ、入学式からずっとリズベットが興味を持ち続けた人がいた。
それが、シエラ・ルイ・ノクトール侯爵令嬢、まさかの高位貴族。面倒なことにグランディーナ王国・第三王子の婚約者だ。
幸いな事に、今夜までリズベットとシエラが接触することはなかった。リズベット本人は、お話出来る事があるかもしれないから!と、何やら挨拶・会話の練習をしていたが、イーヴィルは出来ればそんな事は起こらないで欲しかった。あくまでもリズベットの為だ。目立たない方がリズベットの身が安全だから。
まぁ、少しばかり注目されるきっかけが幾度かあったが、それなりに平穏が続いていた。
(今夜からはそうはいかないだろうけど。)
実を言えば、今夜の歓迎パーティーで何か起こるのだろうと勘付いていたのだ。
リズベットがシエラを気にしだしてから、イーヴィルもシエラを観察するようになった。姉には悪いが接触がないようにやんわりと遠ざける為に。その事に少しばかり罪悪感があったので、観察していて知った事や、周りから聞き出した小ネタを教えたし、ファーストダンスの件もイーヴィルがリズベットに教えたのだ。
今となっては教えなければよかったの一言である。自分の読みも甘かったのだが、第三王子がド阿保すぎた。
はぁ、とため息が漏れる。シエラを階下で見つけた時こうなるだろうとは思った。
リズベットはきっと放っとかない。
イーヴィル自身はリズベットが気付いてない様子だったので、もういっそ気付かせずに走り抜こうと一瞬しようとしたのだが、残念な事にもう一人いたので出来なかった。いや、もう本当に何でもう一人いるのか。卒業生だし。番狂せ過ぎるだろう。
とは言え、リズベットを止める選択肢は無い。
リズベットは大事な子だから。
いつでも、どんなときも、なにがおころうと、じぶんがリズベットをまもる。
そう誓ったのだから。
先ずは、姉の願い叶えるとしよう。折角頑張って練習してきた成果にちょっと笑ってしまったし、もう後に引けないならいっそ全部巻き込んでしまえばいい。悪目立ちしても人数がいれば分散する。
できればこの二人はこちら側にしてしまおう。片方に関しては、リズベットが大喜びするのは間違いないし。
方針は決めた。では、サクサク進めるとしよう。仮に失敗してもちゃっちゃと逃げ帰ればいいのだ。
イーヴィルは得意の笑みを浮かべた。
「さて、シエラ嬢、話を進めても宜しいでしょうか?」
厚顔無恥な人物は我が身内でした。
リズベットは何度目かの気が遠くなる感覚を味わっていた。理由は全部違うが。
可愛い弟が先程から、自分達より身分が上の方に対し不作法をし放題である。処罰されないのは奇跡では?相手がシエラでなければ首を落とされていたかもしれない。
リズベットがそんな悪い想像に身を震えさせている横でイーヴィルは話を進めて行く。
「シエラ嬢、どうか会場に入っていただけませんか?心配なので。」
「・・・先程、私の心配はしていないと・・・。」
「えぇ、私が心配なのは姉ですから。」
「え!?わたし!?」
そうだよと、イーヴィルは頷き、再び手を繋いできた。
何故、自分は何とも無いのだが。どう考えても心配するべきはシエラだろう。
「だって、リズは今から倒れるじゃないか。」
「え・・・?倒れないけど??」
「倒れるよ?」
「あ、はい。倒れます・・・う????」
首を傾けながらこちらを見る可愛い弟の可愛い仕草には敵わない。つい従ってしまうがどういう事なのか?イーヴィルは自分にどうしろというのだろう。倒れた方がいいのだろうか?
困惑するばりのリズベットを置いてイーヴィルは話を進める。
「この通り、姉は繊細なんです。シエラ嬢が許しても、あなたを残して行く事に気が咎め、心の臓を止めてしまうかも。どうか姉を救ってくれませんか?」
リズベットはそういう事かと理解した。
シエラは王族の命で動けない。しかし、人命救助の為ならばやむを得ないのではないだろうか?
イーヴィルはシエラに動ける理由を提示しているのだ。
(かなり無理矢理だけど。そこまで弱い心臓ではありません!)
それでもイーヴィルが自分のしたい事を援助してくれている。そのことが嬉しくて、リズベットは大層元気良くよろけて見せた。
「そうなんです!わたし、その、心配しすぎるともうダメでっ・・・!あ、今倒れそう。」
「わー。リズ大丈夫ー?」
自分も大根役者だが、イーヴィルの棒読みも酷い。きっとシエラには呆れられているだろう。
それでもいい。ただ此処に、このままずっと居てほしくない。
唇を噛み堪えていたシエラの様子を振り返り思い出す。シエラの胸中を察することなんてできない。でも、きっと、悔しさがある筈だ。寂しさがある筈だ。他にもたくさんの想いが。それらを胸底に仕舞っては駄目だ。
だってそれはー・・・。
リズベットはシエラを真っ直ぐに見つめた。
「お願いです、ノクトール様。どうか私をお救い下さい。」
それはきっと、誇りなのだ。貴方は貴方の誇りを守っていい。踏み躙られては駄目だ。
リズベットはシエラを見つめ続けた。どうか伝わってと願いながら。
「ーーー・・・・・・・、ふぅ」
シエラが小さく息を吐く仕草に、リズベットはビクッと反応してしまう。
あからさまな三文芝居を見せられたのだ、気を悪くされても仕方がない。
(出来ればそうじゃありませんように!せめて悪いのは私だけで弟は・・・!!)
「本当に、仲の良いごきょうだいでらっしゃること。」
「へ?」
リズベット達を見ながら、シエラがクスリと笑っている。
呆れられてないようだが、あの三文芝居に微笑まれるような部分があっただろうか?腑に落ちないでいるともぞもぞとイーヴィルが呻いた。
「リズ、苦しいのだけど。」
「へ?・・・っあ、ごめんイーヴィル!」
どうやら先程不安が行動にも出ていたようだ。ぎゅうっと抱きしめていたことに気付き、慌てて解放する。
「リズは結構力強いよね。」
「普通よりちょっとくらいだもの。大丈夫?」
「平気だよ」
(あ、可愛い)
イーヴィルの笑顔に、つられてへらっと笑ってしまう。
コホン。シエラがした咳払いではっと我にかえった。どうにも、リズベットの思考はイーヴィルに占拠されがちだ。いつだって可愛い弟を愛でたいが、
(時と場合!時と場合があるんだから!今はノクトール様の事よ!私!)
どうにか自分を制し、シエラに向き合う。シエラは微笑みというより苦笑していた。
「確認ですが、私が此処を離れぬのは殿下の命です。それを理解の上で私に会場内に入るよう仰るのですね?」
「はい。」
「私が心配だから?」
「はい。」
「倒れてしまう程に?」
「はい!」
「リズ、元気すぎ。後、俺は姉が、です。」
「イーヴィル!!」
それはいいから!と素直すぎる弟に釘を刺す。次いで、すみませんと頭を下げた。
「構いませんわ。今はむしろ、その揺るぎなさが小気味好いです。」
シエラは目を閉じ、胸に手を当ててゆっくりと大きく深呼吸を一つする。瞼を開いて二人を見据える双眸に、もう翳りはなかった。
「今宵開かれているのは、歓迎の宴。新しき日常の旅路を祝う特別なもの。その最中に急病人が出て倒れ込む騒ぎが起こるのは些か不穏ですわね?防げることが分かっているなら尚更。」
「はい。」
不謹慎だと思う。
でも、胸が高鳴っていく。
「この歓迎パーティーは生徒会主導のもの。私は、生徒会役員として防げる不足の事態に対処いたしましょう。ですから・・・」
リズベットは心の臓を止められそうになった。
「どうか私に、救われていただけますか。バード様。」
それは、侯爵令嬢に相応しい華やかな笑みだった。




