婚約破棄、巻き込まれました。⑤
「リズ、リズ、戻っておいで。息してる?」
ーーー息は出来ていると思う。
イーヴィルの呼び掛けは聞こえているが、頭がぼうっとしてうまく反応できない。
綺麗な人だと知っていたが、その麗しの美貌に浮かべる微笑みを自分に向けてもらえるなんて想像もしていなかったから、心の処理が追いつかない。
所謂、破壊力が凄いというものだろう。
「バード様?大丈夫ですか?」
「うーん、これはしばらく駄目かも。ノクトール嬢、気を付けてください。姉は綺麗なものや可愛いものに凄く弱いんです。魅入りやすいというのかな、特に貴方のことは憧れていたし、こうなります。」
「そ・・・うなのですね。気を付けます。・・・・・その、あまり目を合わせないようにした方がよいのでしょうか?」
「それは落ち込ませます。」
「え」
何やら二人が会話している。リズベットはうまくシエラと話せないのに。
イーヴィルが羨ましい。否、可愛い弟と憧れの人が会話を弾ませている光景は最高なのでは。自分はすごく幸せな空間にいるのでは?思考がどんどん明後日のほうにいきかけたところで、「そろそろ戻ってー。」と言われながらイーヴィルに頬をむにむにされ、リズベットは現実に戻った。
「うみみゅ。いーふぃるやめめ。」
「あ、戻ったね。早速だけど聞いてリズ。俺はこれからノクトール嬢をエスコートして先に中に入るよ。リズのことは今からお願いしてくるから、後から来てね。」
「ふぁ?」
言うや否や、イーヴィルはぱっと頬から手を離し向こう側へと走って行った。
(まって!誰に何を頼むの!?)
「バード様、大丈夫ですか?」
追いかけようとしたが、シエラから声が掛かる。
先程の破壊力からまだ回復できていないリズベットは、あわあわとしながら「大丈夫ですっ!」とだけ答えた。
声をかけたのは自分からだったが、そもそもシエラとしっかり会話する事など考えたことが無かった。いや、少しは想像したけれど。でもそれは妄想みたいなもので、現実は挨拶さえできれば上々だと思っていた。
シエラはリズベットの返事に「そうですか」とほっとしているようだった。
(うぅ、力になるどころか心配をお掛けしてしまっているわ。情けない・・・!)
いつの間にか立場が逆転している。
リズベットは、どうにか頼れる相手と思ってもらいたい!嗾けたのだ、せめてこちらは味方だとなにか、なにか言わないと・・・!と、伝えなければと焦ってしまう。そうなると余計に言葉が出てきてくれない。
無意にはくはくと口だけが動く。イーヴィルが居ればもう少し落ち着いて何か喋ることができるのに。
(ーー・・・自分で勝手に動いたのに、イーヴィル頼りになってる。)
本当に情けないとリズベットは泣きそうになった。
「バード様、ご安心下さい。エスコートはお断りしますわ。お二人には勇気を頂きましたもの、充分です。ふふ、なんだかとても戦ってみせると気持ちが湧いてくるのです。ありがとうございます。」
遠巻きにしか見て来れなかったシエラの表情。綺麗・可憐と思ってきた。だが、間近にするとどうだろう。
(強いお方だわ。)
侯爵令嬢として、いずれ王子妃になる者として培ってきたであろう土台の力強さ感じる。シエラに憧れて過ごしてきた日々は一方的で、それでも楽しかったのだけど、今のシエラを見るとその日々をとても誇らしく思える。
(私、ノクトール様に憧れ続けてよかった。なんて幸せなの。)
しかし、エスコートを断るとシエラは言った。一人で立ち向かわせるのは危険な気がする。自分たちを気遣っての事だろうが、対する相手は王族なのだ。
それに、イーヴィルはとても頼りになる、自慢の弟。
エスコートを言い出だしたのはイーヴィルの方だ、つまり考えがあるということ。
リズベットにとってイーヴィルを信じることは息をするよりも自然な事だった。
「ノクトール様、どうぞ弟を同伴ください。大丈夫です。弟からエスコートをすると言ったのです。なら、そうする意味と価値があるのだと思います。あの子は気転も効きますし、腕っぷしも上級生に劣りません。凄い子なんです!後、凄く可愛いですし!ノクトール様の横に立つのに美貌負けなど致しません!むしろお似合いに見られるかも・・・・あれ?私、後から来るように言われたよね・・・どうしよう、とんでもない貴重シーンを逃すことになちゃう!???」
イーヴィルの事ならスラスラと話せる。
弟のことを饒舌に語り出したリズベットに、シエラは眼を瞬かせていた。リズベットはまだ「絶対見たいのに、今からこっそり先に・・・うう、変に身を屈めてたら不審者扱いになるかしら、む、むずかしい~~~」と問答を繰り返している。
(噂通りの二人なのね。・・・・・)
「・・・・羨ましい。」
『ーーーえ?」
(ノクトール様に羨ましいと言われたの?)
聞こえた言葉は合っているのだろうか?
シエラは声に出すつもりはなかったのだろう、驚いたように口元に手を当てている。
リズベットは戸惑っていたが、シエラが人差し指だけを唇の当てて微笑むので何も言えなかった。
その仕草が大変、愛くるしかった為もある。シエラの一挙手一投足が胸に刺さりまくりだ。脳が茹で上がってしまう。
「リズー!!」
自然と沈黙が降りた時、イーヴィルがリズベットを呼んだ。
呼ばれた先を見ると柘榴石の瞳とパチリと目が合う。
二度目だが反射的に身体が硬直してしまう。
(こ、怖いわ)
「リズ、ついてきて。ノクトール嬢、もう少々お待ちを。」
動けなくなっていたリズベットを迎えにイーヴィルが戻ってきた。リズベットの手を取り直ぐに動こうとする。
だが向かう先を考えるとどうしても気が引けてしまう。
「イーヴィル、ねぇちょっと待って?」
「大丈夫」
一言。
そしていつも自分に向けられる笑顔。
(可愛い!!)
リズベットは即時陥落した。この笑顔においでと言われたら付いて行くだけ。
どんな不安も可愛い弟より上を行くことはないのだ。
この笑顔の側が一番の安全地帯なのだから。
ノアの元に辿り着くとイーヴィルは即、リズベットを紹介し始める。
「お待たせしました、バルテーン先輩。姉のリズベットです。ではよろしくお願いしますね。リズ、それじゃ後でね。」
ノアを前に再び緊張した矢先、あっという間に紹介を終えてイーヴィルは踵を返していった。
そう、あっという間に安全地帯が去っていったのだ。
なんだろう、さっきまで暖かい場所にいたと思ったら極寒の中に放り出されたような。
イーヴィルを信じるのは息をするより自然な事。
ーーーそうなのだが。
ノアはリズベットを見てるだけで動かない。
リズベットはノア以上に動けない。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
オトウトヨ、コレ、ドウスレバイイノデスカ・・・・・。
心の中の弟はにっこりと笑顔を返すだけだった。




