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やんごとなき方が、うち(田舎子爵家)に輿入れすることになりました。二人。  作者: 紙吹雪あーこ


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2/5

婚約破棄、巻き込まれました。②

 リズベットが住む北の領地は馬・羊・牛などの放牧地で、領民とも距離が近くいつも一緒に馬や羊たちの世話をしていた。なのでそれ程自身が貴族であることを意識していなかった。

 子爵家当主の父は穏やかで、よく領民に交じりお酒を飲んでいたし、一番の親友は領で商いをしている商家の後継だ。母は伯爵家の娘だったが動物たちと思う存分戯れたい一心で父に求婚した人だ。もちろん有事の際は2人ともピシッとしてテキパキと各方面に指示を出し、その領地・領民を守る姿がかっこいいなと思っている。

 一番『貴族』を感じさせる存在は、父の兄・ハミルトン伯爵だった。ハミルトン伯爵領は、第二王都・ノエスタンの近くで、子爵領を訪れてくれた時にいつも珍しいおやつをくれる。着ている服もおしゃれで叔父の存在から都の華やかさを感じていた。叔父以外の貴族らしい人をリズベットは知らなかった。


 リズベットにとって、王族や高位貴族は物語の登場人物のように実際に会えることなどない存在で、自分が関わることはないだろうと思っていた。


 アルディオ王立学園の入学式、新入生代表として壇上に上がったシエラを見てリズベットは息を飲んだ。キラキラと輝き腰ほどまで伸びた薄紫がかった髪・朝の凪いだ湖面のような水縹色《みはなだいろ》の瞳・瑞々しいチェリーピンクの唇、その佇まい。何もかもに目を惹きつけられ、宣誓を読み上げる声もハープの調べを聴いてるようだった。高位貴族の方々は皆この方のように美しいのだろうか、式の間リズベットは只々シエラの事を考えた。


 当然だが、第四学年に上がるまでの間でシエラに関わることなどなかった。第一学年の時は同じ様な爵位で学園に馴染める様にと高位貴族・下位貴族と分かれていたし、第二学年からは成績を加味したクラス割になったがシエラと同じクラスになることはなかった。学園で過ごす場所も自ずと別れるし、高位貴族は自分のサロンで食事も摂るのでリズベットがシエラを見かけるのは主に講堂で壇上に上がった時。それでも少しだけ繋がりを感じる場所があり、それは学園の図書館だった。

 何でも読むわけではないが、本は良く読む方で時間帯は拘らず学園図書館へ二日に一度は通っている。

 学園図書館は王立図書館と並び立つ蔵書量で通う事に飽きることはなかった。リズベットは特に史書を好み訪れるとすぐにそのフロアへ向かう。周辺諸国や、本当にあるのだろうか?といった国の話、自国の有名な領地の本は読むだけで旅をしている様だし、ずっと昔の話はおとぎ話の様にワクワクした。そして読む本を決めるとまずは貸出カードを確認する。

 第一学年の図書館に通い出して少しした頃、初めてカードにシエラの名前を見た時はびっくりしすぎて声を上げそうになった。あんな美しい人が手にした本を、今、自分も手にしている。そのことが信じられなくて、読んでもいいのだろうか、自分が触れるのは不敬じゃないだろうかと読むか、仕舞うか、借りるか、立ち去るかとイーヴィルが迎えにくるまでぐるぐるうろうろと迷い続けた。結局イーヴィルに引っ張られて受付カウンターに向かい、借りる手続きをしたのだ。

 自分とシエラの名前が並んでいる。

 夢のようで現実。

 図書館を出ると堪えきれずぴょんぴょんと飛び跳ね、イーヴィルに落ち着くよう宥められた。


 それからも読む本にシエラの名前を見つけることはよくあった。逆にリズベットの後に名前がある事も。シエラが第三王子の婚約者な事はもう知っていたので、いずれ王子妃になるのに自国や周辺諸国の事を知っておく必要があるのだろうと考え至った。それでも、もしかしたら自分の様に史書が好きなだけかもしれない。そう考えるだけで憧れの人と微かに繋がれたようで嬉しかった。


 そんな憧れのシエラのダンスを、今夜見られる。後に見られるのはデビュタントと卒業パーティーになるだろう。学園を卒業し、故郷へ帰ればそうそう機会などない。少ない機会をどれも無駄にできない!そう思って指折りこの日を楽しみにしていたのにーーーー・・・。


 (・・・どうしてなの)


 今夜の主役(真の主役は新入生たちだが)が、何故会場に入らずここに居るのか。よく聞こえる様になっていた曲が随分と遠くで流れている気がする。

 シエラは美しい銀糸の刺繍が施されたマーメイドラインのドレスを着ていた。ハーフアップにした髪には銀華樹の枝葉を模し、花弁の中央にシエラの瞳と同じ色合いの宝石が埋められた髪飾りをつけている。首や耳も同じ宝石を使った宝飾で着飾っていた。


 (やっぱり、なんてお美しいの・・・)


 リズベットが見つめすぎたせいだろうか、シエラもこちらを見た。見て、すぐに視線を下げた。こちらを見てくれるなと言う様に。

 リズベットは余計に動けなくなった、だってどうしたらいいのだ。ずっと楽しみにしていたのに。今夜のシエラは月の女神の使者の様だ。この姿でホールを踊ればあの時の自分の様に感動に胸打たれる生徒が沢山いただろう。

 動けなくなっていたリズベットにイーヴィルが声を掛けた。


 「リズ、どうする?帰る?」


 イーヴィルはリズベットが今夜の何を楽しみにしていたのかよくわかっているので、それが叶わない現状を把握し、帰るか聞いているのだ。確かに一番の目的はシエラが踊るはずのファーストダンスだが、会場内で友人を待たせたままにするのも駄目だ。リズベットはふるっと小さく首を振る。


 「そっか。なら、行こうか。」


 頷いて、歩もうとーー、した、の、だが。


 (どう通ればいいの???)


 ここで漸《ようや》くリズベットは左側へと意識を向けた。階段下部・右端にはシエラが、反対の左端には今年学園を卒業した、こちらも高位貴族に名を連ねる王の剣と呼び名の一族ーーー。


 ノア・アストリア・バルテーン侯爵令息が微動だにせず立っていた。


 こちらも、言うまでもなくリズベットは何の関わりも持っていなかった。イーヴィルはどうだろう?確か剣の講義で上級生とも演習があったはずだ。チラッと弟を見るが、やんわりと笑顔を返された。リズベットのしたいようにすればいいということだろう。後可愛い。

 

 ノアは第二王子付きの専属騎士だ。近衛隊に所属している訳でなく、個人の騎士。確か兄がいて、兄の方は第一王子付きだったはずだ。ここに居るということはパートナーの付き添いだろうか。確か、グラス公爵令嬢が婚約者だったような覚えがある。

 正直、高位貴族の繋がりなんて自領に帰ってしまえば他国の出来事感だ。いずれ家督を継ぐイーヴィルは違うだろうが、しっかりと把握してないといけないものだろうか?と積極的に覚えようとはしてこなかった。

 リズベットは改めてノアの様子を窺った。今夜のノアは金襟の黒い騎士服に同色の長いマントを左肩に身につけ、後ろ髪を紫のリボンで束ねている。容姿といえば褐色肌に黒髪、切長の柘榴石の瞳。在学中常に女生徒の視線を集めるほど端正なつくりであまり笑わない事で有名だった。笑みを見ることが出来れば幸運な事が起こると言われる程に。

 リズベットにはノアに負け劣らない容姿の整った弟がいる。イーヴィルは愛くるしいという表現がぴったりで、その笑顔は天使か天使以上だ。こちらに向ける表情が笑顔でなくても、笑顔なら尚更、可愛い可愛い可愛いと毎度幸せな気持ちになる。つまりはそれと同じなのだと思う。

 

 (それにしても全身黒。夜目が利かなかったら気づけなかったかも。そしたら・・・不敬罪?怖!!)


 さて、如何したものだろうか。中央か・右か・左か。どれかを選んで進まなければならない。


 (まず中央は無いわ。この御二方の真ん中を突き進むなんて出来ない。どれだけ厚顔無恥なの。無理無理無理。)


 となると二択だ。こういう時イーヴィルは動かない、リズベットの判断について来てくれる。もし何かあっても一緒に居てくれる。その安心感があるから、リズベットは選ぶという事ができる。故に、非常に、ひじょーーーーに忸怩《じくじ》たる思いで右側を進むことに決めた。高位貴族の、且つ先輩の横などとてもでないが通りきれない。


 憧れ続けた時間の中で、一番シエラとの距離が近くなる。第四学年のクラス割りでもシエラと一緒にはなれなかった。けど、卒業までには挨拶くらいできる瞬間があるかもしれない。だから毎夜寝る前に「ごきげんよう、ノクトール様」と何度か声に出して練習をしていた。いつかその時が来たら、噛まずに言えるようにと。


 (うううう~~~~)


 けれどもう、そんな時が来ても挨拶できそうに無い。図書館だって、通いはするが、シエラの名前を見つけても胸がグッと詰まるようになるだろう。楽しい時間に翳りが差しそうでまっすぐ前を見られない。だが高位の者に礼も取らずに通り過ぎることなど出来ない。立ち止まって礼を取ろうとした時、講堂の中から拍手の音が響いて来た。拍手は盛大だが、やや不揃いに感じる。そして、その音を聞いたシエラの肩がピクッと震えた。


 リズベットは見てしまった。シエラが上品に合わせていた手をきゅっと握るのを、うっすらと涙が滲んだ瞳を、胸の内に湧く言葉が出ぬように唇を噛むのを。

 見なかった事になんて出来なかった。だから。


 「ごぅきげんよう、ノクトール様!」

 

 礼を取るのではなく、声を、掛けた。

 双子ちゃんは視力良いです。大自然育ちですから。

 読書は、あまりに夢中で読み込み過ぎたらイーヴィルに本を取り上げられます。しょげたリズベットを連れ出して散歩や星空鑑賞を二人でするのです。

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