第三話:決意
ギルドの人たちが来て、石田が担架で運ばれていって。
そこからの記憶は、ところどころ、抜けている。
「君も、診てもらった方がいい」
誰かに、そう言われた気がする。
「大丈夫です」
そう答えた気も、する。
頬の血は、もう止まっていた。俺の傷なんて、どうでもよかった。
気がついたら、ゲートを抜けて、外に出ていた。
夕方だった。
さっき、人が一人、死にかけたのに。
空は、のんきにオレンジ色をしている。むかつくくらい、きれいだった。
帰り道、信号で立ち止まる。
隣に、斎藤がいた。
そうだ。こいつも、いたんだった。
「家、どっち」
斎藤が言う。
「……あっち」
俺は、適当に指をさした。
「ふーん。私、こっち」
斎藤は、反対側を指す。
それだけの会話だった。
信号が、青になる。
斎藤は二、三歩進んで、それから、ちょっとだけ振り返った。
「無理しない方がいいよ。今日くらいは」
軽い声だった。
心配してる、って感じでもない。かといって、どうでもいいって感じでもない。
なんて返せばいいか、分からなかった。
「……おう」
それだけ言うのが、精一杯だった。
斎藤は、もう何も言わずに、行ってしまった。
その背中を、見送る。
あいつ、なんで、あんなにまっすぐ、こっちを見るんだろう。
家に着くころには、もう暗くなっていた。
「ただいま」
声が、自分でも驚くくらい、小さかった。
「おかえり」
台所から、母さんが出てくる。
いつもなら「遅い」とか「手洗った?」とか言うのに、今日は、何も言わなかった。
ただ、俺の顔を、じっと見た。
頬の絆創膏に、目がいったのが、分かった。
「……ご飯は」
「いらない」
「そう」
母さんは、それ以上、聞かなかった。
たぶん、知ってるんだ。
学校から連絡がいったのか、ニュースで見たのか。同じ高校の生徒が、ダンジョンで大怪我をした、って。
そこに俺がいたことも、知ってるのかもしれない。
でも、何も聞かないでくれた。それが、ありがたかった。少しだけ。
部屋に入って、鞄を床に置く。
着替えようとして、椅子にかけた制服が、目に入った。
裾が、少し、破れている。
あの時のだ。
見ないようにして、ジャージに着替えた。
布団に入っても、眠れなかった。
目をつぶると、まぶたの裏に、勝手に映る。
ひしゃげた盾。
腕の形をしていない、腕。
白い、やけにきれいな骨。
こっちを見た、石田の目。
何度も、何度も、再生される。止め方が、分からない。
寝返りを打つ。
天井の木目が、知らない誰かの顔に見える。
また、寝返りを打つ。
石田は、今ごろ、病院だ。
あの腕は、元に戻るんだろうか。戻らないんじゃないか。
考えても仕方ないのに、考えるのをやめることはできない。
なんで、あいつは、俺を庇ったんだろう。
同じクラスってだけの、ろくに喋ったこともない俺を。
そして、俺は。
俺は、何もできなかった。
剣を握って、突っ込んで。
それで、どうなった。
何も変えられなかった。守れなかった。
ただ、突っ立って、見ていただけだ。
——強くなろうと、してなかったんだ。俺は。
ダンジョンに通いながら、1階層で、スライムだけ倒して。
強くなれないんじゃない。強くなろうとしてこなかった。
才能とか、生まれとか。そういう言葉ばかり並べて、見ないようにしてきたんだ。
ずっと。
胸の奥が、ぐちゃぐちゃだった。
情けないのか、悔しいのか、自分でも、分からない。
どれくらい、そうしていただろう。
気がつくと、窓の外が、ほんの少し、明るくなり始めていた。
鳥が、どこかで鳴いている。
ずっと、同じことを考えていた。
石田のこと。自分のこと。何もできなかった、あの時間のこと。
このまま、忘れることだって、できると思う。
明日になれば、また学校で田島とくだらない話をして。放課後にスライムを倒して。
そういう、いつもの毎日に戻ればいい。
石田はきっと、俺を責めない。
あいつはそういう奴だ。
誰も、俺が何もできなかったことを、責めたりしない。
何もなかったことにして、元に戻ればいい。そのほうが、ずっと楽だ。
——でも。
その楽を選んだら、俺はたぶん、一生このままなんだろう。
一生このまま、誰かに守られて、何もできないまま。
ぐるぐる回り続けた頭の真ん中に、ひとつだけ、沈まずに残ったものがあった。
強くなりたい。
そう思った。
生まれて、初めてだった。
誰かに憧れたとか、かっこいいとか、そういうのじゃない。
もっと、ひりひりした、もっと、かっこ悪い願いだった。
二度と、御免だ。
目の前で誰かが俺のために傷ついているのに、何もできずに突っ立っているのは。
あの無力感だけは、もう味わいたくない。
どうすれば強くなれるのか、なんて、まるで分からない。
1階層のスライムしか倒したことのない俺に、分かるわけがない。
でも。
「強く、なりたい」
声に出すと、ばかみたいだった。
誰も聞いてないのに、少しだけ、恥ずかしかった。
窓の外が、白んでいく。
結局、一睡もできなかった。
でも、不思議と、眠くはなかった。
みなぎる力。




