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第7話 すべてを奪われた夜


「戦場じゃない場所で、お前を支配する」


「……っ」


息を呑んだ瞬間、距離が一気に詰まる。

逃げようとした身体は、あっさりと押さえ込まれた。


「離して……!」

「抵抗するな」


低い声。

逆らえない圧。

腕を振りほどこうとしても、びくともしない。


力の差が、はっきりと突きつけられる。


「お前は俺に負けた。それは、お前自身が一番よく分かってるだろう?」


「くっ……!」


その言葉が、胸の奥に突き刺さる。


悔しさと、恐怖と、理解したくない現実が絡み合う。


「だったら、大人しく俺のものになれ」


手首を掴まれた瞬間、血の気が引いた。


逃げなきゃ。

そう思うのに、身体が動かない。


震えが止まらない。


こんな触れ方、知らない。

こんな距離、知らない。

以前の彼とは、まるで違う。


穏やかで、距離を守ってくれていたあの人は、もうどこにもいない。


目の前にいるのは――知らない男。


「……そういえば、お前」


ふと、顔を覗き込まれる。


その視線に、ほんの一瞬だけ、迷いのようなものが混じった。


「……はじめてか?」


低く、静かな問い。

言葉が出ない。

ただ、小さく頷いた。


すると彼は、一瞬だけ動きを止めた。


ほんのわずかに距離を取り、ためらうように手を伸ばす。


指先が、そっと頭に触れた。

ゆっくりと、撫でるように。

さっきまでとは違う。


乱暴さの中に、かすかな、信じられないほど微かな優しさ。


「……力、抜け」


囁く声。


言われるまま、浅く息を吸う。

触れているだけなのに、身体が強張る。


怖いのに。


なのに――その温度が、離れない。


混乱していた。

拒みたいのに、拒みきれない。

怖いのに、どこかで縋ってしまう。

背に回された腕が、ゆっくりと動く。


落ち着かせるように。


逃がさないように。


「待って……」


声が震える。


「……怖い」


言葉にした瞬間、自分の弱さが露わになる。


逃げたい。

けれど、逃げられない。

その現実だけが、はっきりと突きつけられる。


「お前に、拒否権なんてない」


冷たい一言。

次の瞬間、思考が揺れる。

距離が近すぎて、何も考えられなくなる。

抵抗しようとするたびに、押さえ込まれる。


強さの差が、何度も何度も突きつけられる。


涙が滲む。

視界が揺れる。

必死に耐えても、何も変わらない。


ただ一方的に、すべてが進んでいく。


「……なんで、こんなことするの……」


掠れた声が零れる。


「本当に、ひどい人……」


憎い。

そう言いながら。

それでも。

胸の奥に残っている感情が、完全には消えない。


それが、何より苦しかった。


「うるせえ」


短く吐き捨てる声。

けれど、その後の沈黙は妙に長くて。


視線が絡む。

逃げられない距離。

抗えない現実。

気づけば、涙で視界が滲んでいた。


「いやだ……」


かすれる声。


それでも止まらない。

思考も、感情も、すべて置き去りにされていく。


「……かわいいな」


ぽつりと落ちた一言。


その瞬間、空気が変わった。


息が詰まる。

逃げ場がない。

どうにもならない。




そして――すべてが終わった。 




静寂だけが残る。

重く、息苦しい沈黙。

簡素なテントの中。


外の気配が、すぐそこにある。


現実だけが、やけに鮮明だった。

視線を落とす。


震える指先。

残る感覚。

それが、すべてを物語っていた。


涙が、静かに零れる。


――この人は、どこまで私を壊すのだろう。

胸の奥で、何かが静かに崩れ落ちた。

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