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第5話 愛していたのは私だけだった


会いたくて、会いたくて、どうしようもなかった。


眠れない夜に何度も名前を呼んだ。

もう一度だけ会えたら、今度こそ本当のことを聞けたら。


その一心だけで、剣を握り続けてきた。


けれど。


その姿を目にした刹那、胸の奥に落ちたのは、喜びではなかった。


冷たく、重く、逃げ場のない――絶望。


ああ。


三年間、私が守り続けてきた最後の希望が、音もなく崩れていく音がした。


もしかしたら誤解だったかもしれない、という細い細い糸。


あの日々の中に、本物が一欠片でもあったかもしれない、という淡い夢。


それが今、目の前の男の表情ひとつで、跡形もなく消えた。


「久しぶりだな」


血と鉄の匂いが立ちこめる戦場で、彼の声だけが異様なほど鮮明に響いた。


剣がぶつかる乾いた音も、悲鳴も、命が潰える音も――すべてが遠ざかる。


ただ、その声だけが、胸の奥に突き刺さる。


怒りが、熱となって喉の奥を焼いた。


それでも――


目の前に立つ男は、何の感情も宿さない瞳で、ただ私を見下ろしていた。


レイヴェル・アークヴィス。


視線を鋭く突き刺すと、彼は大げさに肩をすくめ、笑った。


「おお、怖〜い。お前、こんなとこまで俺を追ってきたの?」


その軽薄な声音が、胸の奥を抉る。


――ああ、そう。本性は、これだったのね。


まるで退屈しのぎの悪戯でも楽しむような、あまりに軽い態度。


あの手紙を、何度も読み返した夜のことを思い出す。


「君のことを考えていた」

「君がいないと、時間が遅く感じる」


あの言葉のひとつひとつを、宝物のように胸の奥にしまっていた。


誰にも言えなかった。


初めて誰かに必要とされた気がして、初めて自分が女であることを愛しいと思えた。


それが全部、演技だった。


彼の甘い囁き。


指先の優しい触れ方。


私だけを見つめていると信じて疑わなかった、あの眼差し。


道具として、最初から。


――全部、嘘。


そう理解した瞬間、胸の中で何かが音を立てて砕けた。


涙は出なかった。


泣けるほど、まだ柔らかいものが残っていなかった。


「……何も、感じないの?」


声はかすれていた。


傷だらけで膝をつく私を見ても、あなたは本当に何も思わないの?


問いは、血と冷気に満ちた戦場に溶けて消えていく。


私の血に染まった姿を前にしても、彼の表情は微動だにしない。


まるで壊れた道具でも見るような、冷めた目。


かつて、「君を守る」と囁いた口が。


かつて、「もう離さない」と言った手が。


今は、私を見て何も感じない。


それが――三年間、私が積み上げてきたものの、答えだった。


「……なにをだ?」


無感情な声が落ちる。


その四文字が、どれほど残酷か、この男には分からないのだろう。


私がどれだけの夜を、その問いの答えを探しながら過ごしてきたか。


どれだけの傷を負いながら、それでもあなたを憎みきれないまま剣を振り続けてきたか。


奥歯を強く噛みしめた。


震える腕に、力を込める。


この男は――私の人生を、すべて壊した。


信じる力を。


人を愛する力を。


未来を描く力を。


根こそぎ、奪っていった。


「……ははっ。やっぱり、お前は色気がないな」


乾いた笑い。


剣を突きつけられてなお崩れない余裕。


その一言が、心の奥に残っていた最後の何かを、無造作に踏みにじった。


あの日も、そう言ったね。


白い薔薇を私の髪に添えながら、笑っていたね。


踏み込んだ。


全身の痛みを無視して、渾身の一撃を叩き込もうとした瞬間――


「……っ!」


視界が揺れた。


傷が、思ったより深かった。


身体が言うことを聞かない。


息が浅く、思考が追いつかない。


気づいたときには、膝が地についていた。


「……終わりだな」


遠くで、彼の声がする。


目の前には、突きつけられた剣。


「殺せ」


声は、驚くほど静かだった。


恐怖はなかった。


ここで終わるなら、それでもいいと思った。


もう疲れていた。


憎しみを燃料に走り続けることに。


傷つくたびに、それでもと立ち上がることに。


誰も信じられないまま、それでも人の温度を恋しいと思ってしまう自分に。


全部、終わりにしたかった。


だが、彼は嗤った。


「生かしてやるよ」


「……なに?」


「お前はこのまま、生け捕りだ」


心臓が、軋むように痛んだ。


なぜ。


なぜ、殺さない。


使い道がなくなったはずの私を、なぜ今さら。


彼の琥珀色の瞳が、私を見下ろす。


三年前と、同じ色だった。


あの夜、丘の上で並んで座りながら、星を見ていた時と、まったく同じ色。


――どうして。


どうしてあなたは、その目で私を見るの。

何も感じていないくせに。


最初から何もなかったくせに。


それなのに、その目だけが、あの夜と同じで。


意識が、ゆっくりと遠のいていく。


闇に落ちる寸前、ひとつだけ思った。


――まだ、終われない。


理由なんて、うまく言えなかった。

ただ、この男に、一度だけでいい。


本当のことを、言わせなければ。


それだけが、私を繋ぎとめていた。

暗闇が、静かに降りてきた。

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