第4話 三年間、信じ続けた
「どうして……?」
問いは、宙に溶けるだけだった。
そこからの三年間は、地獄だった。
私は信じ続けた。
彼は絶対に、そんなことをする人じゃないと。
彼が私にくれた言葉は、嘘じゃない。
あの手の温もりも、
あの視線も、
あの夜の声も。
全部、確かにそこにあった。
だから。
「裏切られた」なんて、認めなかった。
認めた瞬間、私は壊れてしまうと分かっていたから。
あの日を境に、国は変わっていった。
東部の土地は少しずつ奪われ、
国境はじわじわと押し込まれ、
兵の数は減り、民の顔から笑みが消えていく。
城の中の空気も変わった。
誰も口には出さない。
けれど、皆がどこかで思っている。
――原因は、あの王女だと。
私の名前が、陰で囁かれているのを何度も聞いた。
それでも私は、耳を塞いだ。
違う。
そんなはずがない。
彼は、そんなことをする人じゃない。
何度も何度も、自分に言い聞かせた。
夜になると、眠れなかった。
目を閉じると、彼の声が蘇るから。
「よく頑張ったな」
あの優しい声が、何度も、何度も。
だから、信じた。
あれは嘘じゃない。
あれだけは、本物だったはずだと。
もしすべてが嘘だったなら――私は、何を信じればいいの?
私は、信じることをやめなかった。
信じていないと、生きていけなかったから。
*****
そして――三年後。
私は父王に呼び出された。
玉座の間へ向かう廊下。
冷たい空気。
妙に重い足取り。
――嫌な予感がする。
それでも、この時の私は知らなかった。
これが、恋の終わりではなく、
私の運命を破壊する“始まり”だということを。
「イレーネ、お前に罪状が出ている」
低く響いた声に、時間が止まったように感じた。
「……え?」
私の耳が、言葉を正しく捉えたのかも分からなかった。
何を言われたのか理解できず、心が追いつかない。
「そなたが隣国と内通し、密かに戦の火蓋を切ろうとしていた――そう聞いているが、事実か?」
国王――私の父の声が、冷たく響いた。
――私が、戦を企てた?
足元がふらつく。
周囲の視線が、氷のように冷たい。
かつては私に敬意を抱いていたはずの、この場にいる者たち。
それなのに今は――まるで裏切り者を見る目をしている。
「そんなはずはありません!」
声を振り絞る。
けれど返ってくるのは、疑念と軽蔑が入り混じった視線だけ。
「……アルセリオ王国が戦を仕掛けてきた。原因は我が国にあると主張している」
父王が静かに言い放つ。
その瞬間、血の気が引いた。
戦争が、始まった?
「……どういうことですか?」
「レイヴェル王太子が、そなたとの密会を“証拠”にし、お前こそが戦の火種を撒いたのだと、公言している」
「そんな……」
息が詰まりそうだった。
胸の奥が締めつけられる。
何かの間違いだ。
だって、彼がそんなことをするはずがない。
私たちは――
「証拠もある」
机の上に並べられた手紙。
それは、間違いなく私の筆跡だった。
けれど。
「……これは、違います」
声が震える。
「この手紙の内容は、改ざんされています……!」
必死に訴える。
けれど、誰も信じない。
まるで最初から、すべて決まっていたかのように。
「騙されたにせよ、もう言い訳は通らん」
その一言で、胸の中の何かが崩れた。
――騙された?
誰に?
何を?
思考が、そこで止まる。
そして。
一つの名前が、浮かんだ。
レイヴェル。
喉が締めつけられる。
息ができない。
そんなはずがない。
そんなはずがない。
だって。
彼は、あんなに優しかった。
あの言葉は?
あの優しい視線は?
あの時間は?
全部――嘘だったの?
「……そ、そんな……」
それでも私は、まだ否定していた。
彼は騙されているだけだ。
誰かに利用されているだけだ。
そうでなければ。
そうでなければ――私は、自分を保てない。
「許して欲しければ、身をもって証明することだな」
「……え?」
「戦場へ行け。敵と戦い、その忠誠を示せ」
――戦場へ。
心臓が激しく打つ。
「……冗談でしょう?」
誰も笑わなかった。
「お前が潔白ならば、戦って証明するのだ」
それが、決定だった。
もう逃げられない。
唇を震わせながら、私は言った。
「……わかりました。剣を取ります」
喉の奥で、何かがきしむ。
それでも私は、信じた。
彼は、きっと違う。
だから。
私が行かなければならない。
「大丈夫。私が、あなたを救う」
それが、最後まで残った希望だった。
その希望を抱いたまま――私は、戦場へと足を踏み入れた。
信じることが、正しいと信じたまま。
そして。
私は知ることになる。
すべてが、彼の策略の中だったということを。




