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第2話 三年前の光

 


華やかな宮廷のパーティだった。

無数のシャンデリアが黄金の光を零し、甘い旋律が夜の空気を優雅に撫でていく。


笑い声。

衣擦れの音。

濃密な香水の匂い。


すべてが現実離れした夢のようで、けれど私は、その夢の中で完璧な“王女”を演じていた。


背筋を伸ばし、微笑みを絶やさず、誰に対しても優雅に礼を尽くす。


感情を見せることは許されない。

弱さも、孤独も、息苦しさも。

すべて胸の奥に閉じ込めて、私は“理想の姫君”であり続けていた。


――いつも通りのはずだった。


「これは……驚いたな」


低く、澄んだ声が耳を撫でる。

その瞬間。

胸の奥が、ざわりと波打った。


振り返る。


そこに立っていたのは、見知らぬ男だった。


銀の髪が灯りを受けて柔らかく揺れている。

琥珀色の瞳が、真っ直ぐに私を捉えていた。


その視線に、息が止まる。


理由なんていらなかった。

見た瞬間、わかってしまったのだ。


この人は、特別だと。


銀色の髪。

琥珀色の瞳。

無駄のない立ち姿に、余裕を滲ませた声音。

指先ひとつにまで宿る、完成された優雅さ。


十八年間、誰かにときめいたことなどなかった。

王女として生まれ、剣を握り、感情を律することだけを教えられてきた私にとって、“恋”は遠い物語の中の出来事だったのだ。


なのに。

この人を見た瞬間、世界が変わった。

私は一目で、心を奪われていた。


「君があの王女か。剣を振るう姫君とは聞いていたが……なるほどな」


彼はそう言って、自然な仕草で私の手を取った。


ためらいもなく。

強引さもなく。

ただ当然のように。


指先から伝わる温度に、心臓が大きく跳ねる。


名前も知らない。

立場も知らない。

それなのに、どうしてこんなにも惹かれてしまうのだろう。


「はじめまして、美しい姫君」

「……あなたは?」

声がうまく出ない。


近くで見る彼は、想像以上だった。

伏せられた睫毛すら美しくて、目を逸らしたくなるほどだった。


「レイ」


彼は私の手を包み込み、そっと唇を寄せる。


距離が近い。

吐息が、肌に触れる。


「……イレーネ・ヴァルディナと申します」


手のひらがじんわりと汗ばんでいた。

視線が絡むたび、胸が苦しいほど高鳴る。


「こんなに美しい姫君と出会えるとは。今日はいい日だ」


甘い声だった。


けれど不思議と、嘘を言っているようには聞こえなかった。


媚びるわけでもない。

押しつけるわけでもない。

まるで、本当にそう思っているかのように自然だった。


「この人が、運命の相手なのかもしれない」

本気でそう思った。


――けれど。


私は知らなかった。

この出会いが、偶然ではなかったことを。


優雅な微笑みも。

差し出された手も。

胸を狂わせる甘い言葉も。

そのすべてが、綿密に仕組まれた“罠”だったことを。


彼は最初から知っていたのだ。


私がどういう人間で。

どんな言葉に弱く。

どんな瞬間に心を許すのか。


全部。


最初から。


「……綺麗だな」


あの囁きですら、演技だった。


私は知らなかった。


この日、手にした幸福が、最初から偽物だったことを。


恋に落ちた瞬間から、私はすでに“利用されていた”ことを。




そして――。

三年後。


その男に、私は殺されかけることになる。


血に濡れた戦場で。

私を見下ろしながら、彼は確かに笑っていた。


「生かしてやるよ」


――ああ、そうか。


その瞬間、やっと理解した。


彼は最初から、何一つ変わっていなかったのだ。


優しかったわけじゃない。

愛していたわけでもない。


ただ。


“使えるかどうか”を、見極めていただけ。


それでも。

それでも私は――あの夜の彼を、忘れられない。

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