第13話 宴の夜
夜が更けるにつれ、外が騒がしくなっていった。
男たちの笑い声。酒の匂い。弦楽器の音が、テントの布越しに滲んでくる。
どうやら、宴が開かれているらしかった。
セインが「今夜は野営地の祝いがあります。外には出ないでください」と告げて去ってから、もう二刻は経つ。
いつもなら、レイヴェルが顔を出す時間は、とっくに過ぎていた。
べつに、待っていたわけじゃない。
ただ――
テントの中は、静かすぎた。
宴の声が遠くから届くたびに、その静けさがかえって際立つ。
まるで私は、鳥籠の中で外の音を聞いているだけの存在みたいだ。
……レイヴェル、今日は来ないのね。
毛布を跳ねのけて、立ち上がる。
少しだけ、外の空気を吸えばいい。それだけだ。
夜気は、冷たかった。
篝火がいくつも焚かれ、野営地は橙色に揺れている。
兵士たちは宴の方へ流れているのか、見張りの数は少なかった。
足音を殺して歩く。
湿った草が靴底に張り付く、その感触だけがやけに鮮明だった。
宴の場所は、すぐにわかった。声が大きいからだ。
大きな篝火を囲み、十数人の男たちが酒を酌み交わしている。
笑い声。怒鳴り声。誰かが歌っている。
普段は剣を握る手が、今夜は杯を持っていた。
私は近くの天幕の陰に身を寄せ、その様子を眺めた。
探すつもりはなかった。
けれど、視線は自然と、人の輪の中心を捉えてしまう。
レイヴェルが、いた。
いつもの冷えた表情ではない。
頬がわずかに赤く、杯を手にしたまま、部下の言葉に笑っている。
――あの男が、あんなふうに笑うのか。
見なければよかった。
そう思ったのに、目が離せなかった。
そのとき。
華やかな衣をまとった女たちが、輪の中へと入ってきた。
遊女だろう。
香の匂いが遠くからでもわかるほどに着飾り、笑いながら男たちの隣に座る。
杯を満たし、身体を寄せる。
一人が、レイヴェルの隣に腰を下ろした。
彼は、断らなかった。
部下に何か言われて、また笑う。
女が何かを囁き、彼の腕に手を添える。
それを、払いのけることもない。
酔っているのか。
いつもの鋭さが、どこか丸くなっていた。
――ああ、そうか。
胸の奥で、何かが静かに落ちた。
音もなく。
当たり前だ。
私は捕虜で、彼は王子で。
こういう夜があって当然で。
私には、何の関係もない。
それなのに。
――どうして。
瞼が、熱くなる。
「私はただの捕虜。ただのおもちゃ。……何を勘違いしていたの」
馬鹿だ。本当に馬鹿だ。
「誰にも渡さない」なんて言葉を、どこかで信じていた。
「ごめんな」と囁いたあの声を、何度も思い返していた。
「……馬鹿みたい」
声が、震える。
だから、騙されたのだろう。
三年も信じ続けて――気づけば、王女だった私は、捕虜に落ちていた。
国に捨てられた私など、彼の隣に立てるはずもない。
私は踵を返した。
テントに戻らなければ。
早く、この場所から離れなければ。
こんな顔を、誰かに見られる前に。
一歩、踏み出したところで――足が止まる。
涙が、一粒だけ落ちた。
草の上に、音もなく消える。
……馬鹿。
自分に言い聞かせる。
もう彼を好きになるな、と。信じるな、と。
あれほど、繰り返してきたはずなのに。
何度裏切られても。何度傷ついても。
この胸の奥にこびりついた感情は、どうしても剥がれなかった。
宴の声は、まだ続いている。
笑い声が、遠くで揺れている。
私はそれを聞きながら――声を殺し、その場にしゃがみ込んで、泣いた。




