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第10話 毒舌美少年の部下セイン


目を覚ますと、昼の光だった。

テントの布の隙間から、白く強い光が差し込んでいる。


……昼?


こんなに眠ったのはいつぶりだろう。

ぼんやりとしたまま、天井を見つめた。

それから、気づいた。

毛布が、増えていた。


自分のものではない、大きくて厚い毛布が、肩までかかっていた。


そして。

隣が、温かかった。

正確には、もう温かくない。でも、さっきまで温かかったことが分かる程度には、熱が残っていた。

寝台の幅は、一人で使うには少し広すぎた。


「……」


しばらく、ぼんやりとそれを見つめた。

起き上がろうとして、脇腹に鈍い痛みが走る。


「……ほんと、毎回激しすぎるのよ」


小さくため息まじりにこぼしながら、重たい身体をゆっくりと起こす。


まだ残る余韻に眉をひそめつつ、ぼんやりとした視界のまま、テントの中を見渡した。

レイヴェルの姿はない。


テントの入口が開いた。

てっきりレイヴェルだと思って身構えたが、違った。


「失礼します」


現れたのは、若い男だった。


レイヴェルとは対照的な、柔らかい栗色の髪。整った顔立ち。なかなかの美少年だ。

一見すると穏やかそうだが、その目の奥に、妙に鋭いものが光っている。


年は私と変わらないくらいだろうか。

「セイン・ファルと申します。殿下の副官です」


丁寧に一礼してから、手に持っていた盆を差し出した。


スープと、柔らかそうなパン。

「お食事です。殿下から『ちゃんと食わせろ』と命じられましたので」


「……殿下が?」

「はい」

セインは、にこにこと笑いながら言った。

笑顔は柔らかかった。


だが、目が笑っていなかった。

「……どうぞ」

盆を受け取りながら、その視線に気づいた。


品定めするような、観察するような、値踏みするような。


「……何?」

「いえ」

「何か言いたそうね」

「滅相もございません」

「顔に出てるわよ」

セインは一拍置いてから、にこりと笑った。


「では、正直に申し上げてもよろしいですか」

「どうぞ」

「……殿下が、なぜあなたをそこまで気にかけるのか、私には全く理解できません」

あまりに率直だった。


「……正直ね」

「はい。私、嘘が苦手なもので」

「副官なのに?」

「外交の場では使い物になりません。よく殿下に怒られます」


平然と言いながら、椅子を引いて向かいに腰を下ろした。

座る気満々だった。


「……長居するつもり?」

「捕虜の方を一人にするなと命じられました」

「監視ね」

「お世話、と言っていただけますか」

「同じことでしょう」

「言葉は大切です」

スープを一口飲んだ。


温かかった。思ったより、美味しかった。


「……これ、誰が?」


「殿下が昨夜から仕込んでいました」

スープが、気管に入りかけた。


「……は?」


「私が気づいた時には、もう鍋の前に立っていらっしゃいました。戦場で、捕虜のために、ご自分で」

セインは、深いため息をついた。


「……正直、頭を抱えました」

「そう」

「敵国の姫君をとっ捕まえてきたかと思えば、傷の手当をして、毛布をかけて、スープを作って」


また、ため息。


「我が殿下ながら、意味が分かりません」

「……あなた、本当に副官?」

「副官です。優秀な」

「自分で言うの?」

「殿下以外には、優秀だと思われています」

淡々と言った。


「殿下には?」

「『お前は口が過ぎる』とよく言われます」

「……正しいと思うわ」

「ありがとうございます」

全く堪えていない。


セインはしばらく私を観察するように見てから、少し首を傾けた。


「……一つ、聞いてもよろしいですか」

「何を」

「あなたは、殿下のことをまだ憎んでいますか」

直球だった。


「……憎んでいるわ」

「本当に?」

「本当に」

「ふうん」

セインは、あまり信じていなさそうな顔をした。


「……何よ」

「いえ。憎んでいる人間を見る目じゃないな、と思いまして」

「失礼ね」

「事実です」

「……」

「まあ」

彼は立ち上がり、盆を回収しながら続けた。


「私は最初、あなたのことが嫌いでした」

「最初? 今は違うの?」

「今も、よく分かりません」

正直すぎる。


「ただ」


セインは、入口の布に手をかけながら、振り返った。


「殿下が三年間、あんな顔をし続けた理由が、少しだけ分かった気がします」


「……どんな顔?」

「全部手に入れているのに、何も持っていないような顔です」

テントの外で、風が吹いた。


「……それが、私と何の関係があるの」


「さあ」

セインは肩をすくめた。


「私には分かりません。ただ」

「ただ?」


「昨夜、殿下が初めて、ちゃんと眠れたそうです」

「……」

「三年ぶりに、だそうです」

それだけ言って、出ていった。


手の中のスープが、まだ温かかった。

三年ぶり。

「……馬鹿みたい」

呟いた。

誰に向けた言葉か、自分でも分からなかった。

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