第94話 七姉妹8
魔竜たちが竜王へ上位への進化する少し前に時は戻る――。
***
アルキューネが弓を射る。
一回で千本の矢が降り注ぐ凶悪な矢だ。
「くそっっ!!」
アレファスはその度に神速の無音斬りを繰り出し、矢を消滅させていた。
最強の聖王と唯一の魔王の戦いは常軌を逸しており、二柱とも空中に浮かびながら戦っている。
「本当に厄介なおじさんね」
「アホか! 俺はまだ四十三歳だ! てめえはいくつだよ!」
「……十二億歳」
「け、結構いってんだな」
「うるさいな」
戦闘中とは思えない会話だが、その軽い口調とは裏腹に、アルキューネの矢は一本一本が魔竜を破壊するほどの威力だ。
その矢をすでに何十万本も放っている。
「しつこいおじさんね。嫌われるわよ?」
「しつこいのはお前だろ!」
「いい加減、諦めたら?」
「うるせーな! 諦めるわけねーだろ! 俺の町は絶対に守り抜く」
「守る……ね」
そう呟きながら、アルキューネは姉妹たちの戦況に目を向けた。
状況は有利だが、長引くのは危険だ。
特にアクアスとグラキャスには、王化の条件を気づかれるかもしれない。
「もう終わりにするね。アレファスおじさんはもう魔王だし、絶望を味わっても関係ないでしょ?」
「絶望? なんだそれ?」
アルキューネが静かに弓を上空に構えた。
「ミリオーネアロー!」
これまでの矢とは比較にならないほどの無数の光が放たれた。
魔竜、魔獣、魔人、そして魔王のアレファスすら消し去るほどの攻撃だ。
「守りたいものを守れない絶望を感じてね」
アレファスは傭兵時代、人に裏切られ、人の醜さに絶望したことで、誰にも関わらず一人で生きていくと誓った。
だが、この地に移り住み、テラムやシルヴァと生活を共にするようになったことで、本当に守るべき大切な存在を得た。
それでも一度、セディルナ村は人間に破壊された。
あの時のシルヴァの涙を、アレファスは絶対に忘れない。
「俺はもう二度と絶望なんてしねーよ! 希望しか持ってねーっつうの! 全てを守ればいいだけだ!」
「無理よ。百万本の矢よ?」
「百万回斬ればいいだけだろっっ!!」
大地に降り注ぐ百万本の矢に対し、アレファスはクレイモアを振り、一本一本消滅させていく。
アレファスは魔王になった現在も、毎日ひたすら剣を振っていた。
努力は裏切らないと信じて。
魔人化に必要な『努力』を積み重ね、魔王化に必要な『絶望』を知り、そして最後の『希望』が僅かながら扉を開ける。
「神速の百万斬り!!」
「う、嘘でしょ!」
アルキューネの放った百万本の矢が全て消滅した。
「し、信じられない……」
アレファスの240億Heに対し、1000億Heという圧倒的な戦力差を以てしても崩せなかったアルキューネ。
その表情は失意に支配される。
「くっ! まだよ! もう一回――」
さらに最も恐れていたことが発生した。
魔竜たちが竜王へ上位への進化を開始。
アルキューネは敗北を悟った。
「終わったわね」
手に持つ弓を消すアルキューネ。
そして、アレファスを真っ直ぐ見つめた。
「投降します。責任を取ります」
アルキューネが両手を上げた。
だが、アレファスはそんなアルキューネを睨みつける。
「はあ? てめえ、ふざけんなよ!」
「え?」
「さっきのミリオーネアローとかいうやつ、もう一回撃てよ」
「もう戦う必要はないわよ?」
「うるせーな! もう少しで掴めそうなんだよ!」
「私たちの負けよ」
「勝手に終わらせるな! 責任取るって言っただろ! 早く撃て!」
「し、死んでも知らないわよ?」
「死なねーよ!」
アレファスも状況は当然分かっている。
自身と同じ絶望、いや、それ以上の絶望を持って七姉妹昴星はこの星に来たことを。
だが、アレファスはアルキューネとの戦いが楽しかった。
そして、アルキューネの矢は信じられないほどの威力を誇っていた。
こんな経験は二度とないかもしれない。
アレファスはとことん味わうつもりだった。
「もう、変な魔王ね」
呆れるアルキューネだが、その口元は緩んでいた。
***
庭のテーブルでハーブティーを楽しむシルヴァは、空中で戦う最愛の男を見つめていた。
「アレファス、目的を忘れて楽しんでるわね」
「そうね。子供みたい。ふふ」
「まあ、この地ではあなたに次いで若いもの」
「見た目は一番老けているのにね」
「そうね。ふふふ」
二柱の会話を聞いたレオール、エレトゥス、ルーファス、ファンシアが大きく頷いていた。
マレムとテラムが、コーヒーを飲みながら空を見上げる。
「なあ、アレファスの奴、また強くなってないか?」
「うむ、兄上の言う通りだな。竜王化した我らと同じかもしれぬぞ」
「後で勝負してみるか」
「む! それはいいな。進化した超爆裂大地拳をお見舞いしてやろう」
二柱はアレファスの強さを見抜いていた。
ウェントスとエルメスが、口をポカンと開けて空を眺めている。
「アレファス兄ちゃん、かっこいいね」
「そうだな。アレっさんはマジでかっこいいよ」
「でも、服装はダサいよね」
「ああ、クソダサおっさんだ。後でアドバイスしてやろうぜ」
二柱の意見が一致していた。
フェルムが姿勢よく空を見上げている。
その隣で、テネヴァスがクッキーを口にしていた。
「アレファスさんには敵わないな」
「アレファス兄ってさ。ああ見えて、凄く優しいよね」
「ああ、僕たちもアレファスさんの真似をしたよ。きっとアレファスさんならこうするだろうってね」
「うん。だから私も真似したんだ」
「偉いぞ、テネヴァス」
フェルムとテネヴァスは、今やアレファスを兄だと思っているほどだ。
アクアスとグラキャスは、ハーブティーの香りを楽しんでいる。
冷静を装っているが、二柱は進化の理に迫っていた。
「まさかね」
「そのまさかじゃろうて」
「努力、絶望、そして最後は希望か……」
「絶望から希望とは酷なことよな」
「そうね。でもアレファスちゃんは乗り越えたわ」
「アレファスは扉を開ける存在じゃ」
「ついていかなくちゃね」
「うむ。全員呼び出すか」
この世のものと思えぬ美しさを誇る二柱は、優雅にハーブティーを口にした。




