第93話 七姉妹7
失意のケイの想像通り、ジャッロカードで胸を貫いたはずのフェルム、シルヴァ、レーシェ、レオール、エレトゥス、ルーファス、ファンシアの傷が塞がっていく。
アクアスの治癒の水だ。
魔獣から獣王へ上位への進化したレオール、エレトゥス、ルーファス、ファンシアが、ケイに向かってすかさず飛びかかった。
反撃の開始だ。
「獅子咬裂斬っ!!」
「巨象踏天破っ!!」
「餓狼咆突爪っ!!」
「白豹雪月花っ!!」
ケイは立ったまま目をつぶった。
抵抗せずに受けるつもりだ。
「最後に旨い水……飲みたかったっしょ……。はは、仕方がない……」
そのまま攻撃を受け入れるつもりだ。
「待ちなさい!」
レーシェが四柱を制止すると、レオール、エレトゥス、ルーファス、ファンシアが空中で身体を捻り、レーシェの元へ集合した。
「これ以上の攻撃は不要よ」
「「「「はっ!」」」」
姫であるレーシェの言葉を聞き、その場に頷く四柱。
それどころか、レーシェの神々しさに涙を流している。
同じ獣王のレーシェだが、格という意味ではこの四柱を遥かに凌ぐ。
レーシェには、これまでいくつもの絶望があった。
その過去の絶望までもが、獣王の上位への進化に上乗せされていた。
魔王となったシルヴァが、ケイを見つめる。
その表情はいつものように優しく美しい。
「あなた、お水が飲みたいの?」
シルヴァがケイに問う。
「最後に飲ませてくれるかい? この星の水は旨いっしょ」
「最後ねえ。うちの町長がなんて言うかしら」
「町長?」
「ふふ、ひとまずお水を飲みなさい。ハーブティーも淹れるわよ」
「え?」
シルヴァはレーシェと一緒にハーブティーの準備を始めた。
魔獣たちはテーブルを用意している。
「あ、あの……」
困惑するケイの肩に、フェルムが優しく手を乗せる。
「ケイ、コーヒーもあるよ」
「フェルム……。コーヒーなんて……、飲んだこと……ないっしょ」
「じゃあ、みんなで一緒に飲もう。ここのコーヒーは旨いんだよ?」
「う、うう……」
真面目で不器用なフェルムの精一杯の気遣いだ。
フェルムも竜王になったことで、七姉妹昴星の境遇を把握していた。
その場に膝から崩れ落ち、両手で顔を覆うケイ。
涙が止まらなかった。
***
次女エクトラが、マレムの肩を貫いていたロッソトライデントを抜く。
傷は即座に塞がっていった。
「あーあー、間に合わなかったよ」
「俺たちも竜王化したようだな」
マレムの身体が光に包まれている。
エクトラは、圧倒的な力の差を感じていた。
「しゃーなし! 降参! マレムさん、うちの命でみんな助けてやって」
「お前の命? いらないさ」
「ケジメは必要だよ」
「お前の命なんかもらっても、何の意味もない」
「だけど!」
エクトラがマレムに迫る。
マレムは両手を広げ、肩をすくめた。
「じゃあ、こうしよう。お前は俺と一緒にいろ。それでいいだろ?」
「え?」
「そんな辛気臭い顔すんなって。楽しく生きていこうぜ」
「マ、マレムさん……。あんた、うちのことが好きなの?」
「いや、別に……」
「違うのかよ!」
エクトラがマレムに顔を近づけ抗議する。
「はっはっは、嘘だよ」
「じゃ、じゃあ、好きってこと!」
「さて、俺たちも茶でも飲むか」
「ねえ! マレムさん! ねえ! ちょっと!」
マレムは笑いながら、フェルムたちのテーブルへ移動していった。
***
ウェントスとエルメスの無数の傷が消えていく。
同時に二柱の破れた服も元に戻っていた。
「やっぱり負けちゃった……」
三女タルテが、ポニーテールのリボンをそっと引っ張った。
黒髪がふわりと流れ落ちる。
「それなに? 降参の儀式? ダサくね?」
「うん、ダサいよね」
光に包まれる悪戯な双子。
だが、ウェントスとエルメスの態度は全く変わらない。
「う、うるさいんだもん……」
タルテが黒い双剣ネーログラディウスを腰の鞘に納めた。
そして、両手の拳を握り、顔を伏せる。
反論する気持ちも失せていた。
「ねえ、エルメスちゃん。タルテちゃんをオシャレにしようよ」
「そうだな。こいつはダセーけど、元はいい素材だからな」
「うん。可愛くしよう」
「ちげーよ! かっこよくすんだよ!」
「タルテちゃんは可愛いもん」
「タルテはかっこよくなるんだよ!」
タルテの目の前で、言い争いを始める双子。
「「どっち!」」
「あ、あの……」
困惑するタルテに迫る悪戯な双子だった。
***
六女アステロがへし折ったテラムの腕は、もうすでに治っている。
「姉上の治癒の水か」
「くっそ。ダメだったぜ」
「そうでもないぞ。私の腕を折った者なんて、貴様が初めてだ」
「だけど、負けちまったら意味がない」
「違うな。負けたのは私だ。リベンジさせるのだ」
「え?」
「女に腕を折られたなんて、恥ずかし過ぎる。アレファスに何を言われるか分からん」
「い、いや、でも俺はもうテラムに勝てないし……」
「リベンジは一万年後だ」
「は? い、一万年?」
テラムの言い方は、まるで一か月のような軽さだ。
テラムもまた、七姉妹昴星の境遇を理解していた。
「それまで互いに腕を磨くぞ」
そう言いながら、テラムの頬は真っ赤に染まっていた。
頭から湯気も出ているようだ。
「テ、テラム……。あんたマジで……かっこいいぜ」
***
「グラちゃん、テネちゃん。ごめんなさい」
七女メロペが深々と頭を下げた。
テネヴァスは腕を組みながら、メロペを睨みつけている。
「めちゃくちゃ痛かった!」
「本当にごめんなさい。あーしたちにはもう何もないから、どんな罰でも受けます」
「もう! そんなこと言われたら何もできないじゃん!」
頬を膨らませるテネヴァス。
もちろん事情は分かっている。
「でも、本当に痛かったんだから!」
膨れるテネヴァスに向かって、グラキャスはいつもと変わらぬ表情で、凄絶な美しい顔を向けた。
「テネヴァス。どうしたいのじゃ? メロペを殺すか?」
「うっ、そ、それは……」
「どうした? 痛かったのじゃろう?」
「痛かったけど……。自分の星がなくなるのはもっと痛い……」
「うむ、よく言ったぞ」
グラキャスが珍しく笑顔を浮かべ、テネヴァスを抱きしめた。
テネヴァスもまた、最も美しい姉の身体に手を回し、頬をうずめる。
グラキャスが微笑みながらメロペに視線を向けた。
「お主らのおかげで、ワシらは竜王化できたのじゃ。感謝しておる」
「あ、その……」
メロペは口をポカンと開け、グラキャスを見つめていた。
「どうしたのじゃ?」
「あ、あーし! グラちゃんに一生ついていく!」
メロペがグラキャスに飛びつき、テネヴァスごと抱きついた。
これで六姉妹は決着がついた。
だが、唯一戦況が変わらない戦いがある。
アレファスとアルキューネだ。




