第74話 魔獣の襲撃
アクアスの言葉で、俺は周囲を見渡した。
「げっ! マジで囲まれてるぞ!」
「百頭はいるわね。可愛いなあ」
シルヴァは驚くというより、狼を見て珍しさで喜んでいる。
この肝の据わり方はさすが三百五十歳だ。
「またお婆ちゃんだからってバカにしてる?」
「してねーよ!」
俺の顔を見上げながら、不満そうな表情を浮かべるシルヴァ。
上目遣いのその表情が、思わず可愛く見えてしまった。
「なに?」
「い、いや、なんでもねーよ」
「どうしたの? 私のことが可愛いと思った?」
「そ、そんなんじゃねーよ」
「本当は?」
「うっ、す、少しな」
「ふふ、嬉しい」
俺とシルヴァの背後から、アクアスが肩に手を乗せてきた。
「この状況でイチャイチャするなんてさすが魔王様ね」
「う、うるせーな!」
俺をからかうアクアスの隣で、テラムが唸っていた。
「わ、私の肉を。むぐぐぅぅぅぅ」
テラムが両手を握り、歯ぎしりしながら狼たちを睨んでいる。
「ははは! テラム! 今日こそてめえの命日だ!」
「懲りずにまた来たのか、ルーファス。しかも今回は狼まで連れてきたのか?」
「ったりめーだろ! 今回はマジだ! この日のために眷族を増やした!」
突然庭に姿を見せた一人の若い男が、叫びながらテラムを指差していた。
テラムとは顔見知りのようだ。
「お前ら! やるぞ!」
「「「ウオォォォォン!」」」
男が叫ぶと、庭を囲む狼たちが一斉に遠吠えを始めた。
さすがにうるさい。
「うるせーな! 静かにさせろ! っていうか、お前誰だ? 何しに来た?」
俺は男に向かって叫んだ。
「んだ、てめえ! 魔人ごときが俺にタメ口を利くんじゃねーよ! お前らこのおっさんとババアを殺れ! 俺はテラムを殺る!」
男は狼に指示を出すが、百頭以上いる狼たちは、全員その場で地面にひれ伏していた。
「クウゥゥゥゥン」
「お、お前ら! どうしたんだ!」
狼たちの様子を見て、焦った表情を浮かべながら男が狼狽えている。
「ババア?」
シルヴァは額に血管を浮かべながら、右手にフェルム鋼製のロッドを握り、狼たちにかざしていた。
風の魔法で押しつぶしているようだ。
ここ最近は魔竜たちの権能ばかり見ていたが、シルヴァの魔法も大概である。
百頭を超える大型の狼は、舌を出して苦悶の表情を浮かべていた。
「なっ! なんだと!」
「お婆さん魔女の力、見せてあげましょうか?」
「バ、バカな! ぐっ! い、息が!」
狼に魔法をかけながらも、男に向かって手をかざす。
「真空にして殺してあげるわね。苦しんで死になさい」
「ぐっ……」
シルヴァが恐ろしい。
俺も年齢には触れないようにしよう。
「シルヴァちゃん、魔法を緩めてあげて。この子、魔獣なのよ」
さっきまで俺の背後にいたアクアスが、俺たちと男の間に立っていた。
「魔獣だって?」
俺は思わず声を上げた。
月の住人だったという魔獣。
今はもう魔獣の原種は絶滅しており、魔獣の因子を持つ魔獣の子孫が、一定条件を満たすと魔獣化するという。
レーシェも魔獣の一柱だ。
こいつもレーシェの仲間なのだろうか。
シルヴァが魔法を緩めると、男は大きく息を吸い込む。
そして、アクアスの顔を見て絶望の表情を浮かべていた。
「な! あ、あんたは!」
「久しぶりね、ルーファスちゃん」
「ア、アクアス……様。な、なんでここに……」
「ほら、自己紹介なさい。早くしないと眷族たちが死んじゃうわよ? シルヴァちゃんを普通の魔人だと思ったら大間違いよ」
「クウゥゥゥゥン」
狼たちはシルヴァの魔法によって動けない。
「お、お前ら!」
「ねえ、ルーファスちゃん。まさかここにいる全員を見て襲ってきたの? そんなバカなことしないわよね? ほら、眷族が危ないわよ?」
「ま、待って! 待ってください!」
「落ち着いて、ちゃんと全員の顔を見なさい」
アクアスに促されて、男は周囲を見渡した。
「なっ! ま、魔竜が!」
「早く自己紹介なさいよ。シルヴァちゃんが疲れちゃうでしょう?」
「は、はい!」
額から大量の汗をかきながら、魔獣の男が頭を下げた。
「魔獣のルーファス……です」
「アレファスちゃん、シルヴァちゃん。驚いたと思うけど、この子は魔獣のルーファスちゃん。よろしくね」
珍しく厳しい表情だったアクアスが、いつもの優しい笑顔を浮かべた。
「おい、ルーファス。何度来ても同じだろう?」
「う、うるせーな! 俺は、いや、俺たち魔獣はてめえを許してねーんだよ!」
テラムがうんざりした口調で、ルーファスとやらに声をかけていた。
「なあ、アクアス。状況を説明してくれ。場合によってはこいつを殺す」
「あら、テラムちゃんのために怒ってくれてるの?」
「そんなんじゃねーけどな」
本当はテラムのことを悪く言うこいつにムカついた。
テラムはバカだが大切な友人だ。
それに、セディルナ村を襲うというのであれば排除する。
「落ち着きなさい。シルヴァちゃん、アレファスちゃんを止めて」
「はい、かしこまりました。真空にしておきます。アレファスなら死なないと思うので」
シルヴァが俺に向かってロッドをかざした。
「やめろ!」
「じゃあ、大人しくしなさい」
「わ、分かったよ」
「素直でよろしい。ふふふ」
シルヴァが寄り添うように俺の腕を組んできた。
俺に何もさせないつもりだろう。
俺たちの様子を見たアクアスが、微笑みながらルーファスのことを説明してくれた。
ルーファスは狼の魔獣で、上位への進化によって魔獣化したという。
祖先たちの住処だった青月を壊された恨みを持っていたそうだ。
以前からテラムに仕返しするために、度々テラム平原を襲撃していたが、魔竜に敵うわけがなく毎回撃退されていた。
アクアスが話を終えると、フェルムがルーファスの前に立った。
「ルーファス君。その話はもう解決しているだろう?」
「フェルム君かよ。あんた何でこんなとこにいんだよ?」
「兄様に会いに来て何が悪い?」
「そ、そりゃそうだが……」
二柱は顔見知りのようだ。
というか、このルーファスは魔竜たちを知っているようだ。
続いて、テネヴァスがルーファスに近づいた。
「青月を壊したテラムお兄ちゃんはムカつくけど、そもそもあんたは関係ないでしょ? この星で生まれた若造のくせに」
「テネヴァス嬢ちゃんまでいるとは思わなかったぜ」
「私より遥か年下のクソガキのくせに、舐めた口利いてると殺すよ?」
「うっ、す、すまん。可愛らしいからつい……」
「まあ、そう思うのは偉いけどね」
妙に嬉しそうな表情を浮かべているテネヴァス。
可愛いと言われて嬉しいのだろうか。
十五億歳なのに。
続いてルーファスは、グラキャスに視線を向けた。
僅かに疑問の表情を浮かべているルーファス。
どうやら、グラキャスのことは知らないようだ。
「あんたも魔竜のようだが? 初めて会うな」
「バ、バカ! 貴様! やめろ!」
テラムが猛烈な勢いでルーファスに飛びかかり口を塞いだ。
「シルヴァ! こいつを真空にしろ! 声を出させるな!」
「はい、かしこまりました」
シルヴァがロッドをかざすと、テラム共々真空にされた。
暴れる二柱。
まあ、魔竜と魔獣なら死なないだろう。
「グラキャス姉さん。こいつマジでバカなんだよ。許してやってくれ」
マレムが立ち上がり、グラキャスに説明した。
「ワシが眠っていた時に、上位への進化した魔獣か?」
「そうだよ。姉さんは五千万年も寝ていたからね。昔の魔獣は死んで、新しい魔獣が生まれてるんだよ」
「そうか。まあ可愛い弟の不始末じゃ。多少の無礼は許そう」
「ふう、ありがとう」
マレムが安心した表情を浮かべ、両手を広げてシルヴァに身体を向けた。
「シルヴァ、バカ二柱の魔法を解いてやってくれ」
「はい、かしこまりました。マレム様」
魔法を解かれた二柱が、思い切り空気を吸っている。
「ごほっ、ごほっ! なんつー魔法だ。魔竜の権能に匹敵するぞ! そ、そんなことより!」
グラキャスをまじまじと見つめるルーファス。
「グ、グラキャスだって? う、嘘だろ……」
「氷竜グラキャスじゃ」
「ほ、本物……」
突然ルーファスがその場に土下座して、地面に額をこすりつけた。
「たたたたた、大変申し訳ございませんでした! グラキャス様とは知らずにご無礼を! どうかお許しください!」
「今回だけじゃぞ」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
何度も頭を下げるルーファスを眺めながら、俺はそっとアクアスに耳打ちした。
「なあ、アクアス。グラキャスってそんなにヤバいの?」
「そんなことないわよ。優しい子よ。でも、魔獣界では『グラキャス様だけは怒らせるな。星が終わる』と言われているそうよ」
「そ、そうなんだ」
俺もグラキャスを怒らせるのはやめよう。
これまでの様子を見つめていたレーシェが、不安そうにフェルムの背中に隠れている。
完全にフェルムを信頼している証拠だ。
「ねえ、フェルム。魔獣って、私と一緒なの?」
「それはね――」
フェルムが説明を始めた瞬間、ルーファスが驚愕の表情でレーシェを見つめていた。
「え? ま、まさか! ひ、姫! 姫ですか!」




