第73話 魔竜のスローライフ
いつものように午前中は作業だ。
俺とテラムとマレムは、グラキャスとマレムの自宅を建築している。
グラキャスとマレムは、どうやらセディルナ村に滞在するようだ。
期間は分からないが、どうせ数万年単位だろう。
つい最近まで人間だった俺の感覚だと、永遠とも言えるバカげた年数だが、魔竜たちにとっては数週間ほどにしか感じていないらしい。
「おい、テラム! そこもっと丁寧にやれ! グラキャス姉さんの家だぞ!」
「わわわわ、分かっているのだ、マレム兄!」
マレムは意外と器用で、教えたことはすぐに再現してしまう。
今いる魔竜の中で最も作業服が似合う。
タオルを頭に巻き、屋根の上で指示を出しながら作業する姿はもはや職人だ。
テラムは弟子のように働いている。
まあ、グラキャスの名前が出たら、テラムもやらざるを得ない。
「アクアス様、水を撒いていただけますか?」
「ええ、もちろんよ」
シルヴァとアクアスは畑でハーブを栽培している。
アクアスが空中に散水すると虹が発生した。
二柱とも麦わら帽子がとてもよく似合う。
口には絶対に出せないが、今やベテラン農家の風格がある。
「みんな! 今日もいい蜜を運んでくれてありがとう!」
少し離れたところでは、テネヴァスが養蜂を始めていた。
養蜂箱を設置し、大量のミツバチを飼育しながら蜂蜜を採取。
そのおかげで、新しいスイーツが次々と誕生している。
最近のテネヴァスは自分のことをパティシエと名乗っており、魔竜の中でも特別と言われる重力や圧力という権能を惜しげもなく使用し、生クリーム絞りに使っていた。
「レーシェ、次は自動食器洗浄器を作ってみたいんだ。アクアス姉様とテネヴァスの権能があれば作れると思う」
「いいわね、フェルム。食事の片付けが便利になるわ。やってみましょう」
工房からレーシェとフェルムが戻ってきた。
最近の二柱は、工房で様々な道具の製作を行っている。
レーシェの知識とフェルムの加工技術で協力しながら、調理器具や建築道具を開発中だ。
おかげで驚くほど作業効率が上がっている。
そして、最恐の魔竜グラキャスはというと、朝から姿が見えなかった。
「グラキャスはどこに行ったんだ?」
「ワシのことか?」
グラキャスの名を呼んだら、隣に立っていた。
「うわっ! グ、グラキャス!」
「なんじゃ?」
「いや、朝から姿が見えなかったから」
「ワシも働こうと思ってのう。狩りに行っていたのじゃ」
「狩りだって?」
「うむ。あれじゃ」
グラキャスが指差す方向に目を向けると、庭に巨大な氷の塊が置かれていた。
よく見ると、氷の中で何頭もの動物が凍っている。
「か、狩りって……」
グラキャスは獲物を直接凍らす。
しかも、細胞を破壊しないため仮死状態になるという。
この状況で、アクアスの治癒の水を使用すれば生き返る。
ただ、今回はこのまま凍らしておいたほうが鮮度は保てるだろう。
それにしても、恐ろしすぎる狩りの方法だ。
「テラムよ。今日の昼食はこの肉でバーベキューじゃ。用意せい」
「はい、姉様! かしこまりましたであります!」
テラムが即座に巨大な氷を運んだ。
結局、昼飯は庭でバーベキューとなった。
冷凍した肉をすぐに解凍すると肉質が落ちると言われているが、グラキャスの権能は関係なかった。
マレムとフェルムが黒角牛、黒牙猪、巻角羊を捌いていく。
「ほう、いい肉だな。さすがはグラキャス姉さんだ」
陽気なマレムは豪快にナイフを動かしている。
次々と肉を切り出し、大きなステーキの形にしていく。
スピーディーかつ効率重視だ。
「この骨の境目にある肉が美味しいんです」
真面目なフェルムは、丁寧かつ几帳面に肉を切り出す。
そして、寸分の狂いなく同じ形で肉を切っていく。
解体で性格が現れるのも面白い。
切り出した肉をレーシェとシルヴァが焼いていく。
二柱とも料理は上手い。
絶妙な焼き加減だ。
「くうう、旨いぜ。天ぷら将軍改め焼肉将軍。おかわりをくれ」
俺はレーシェに向かって、取り皿を突き出した。
レーシェは以前、テラムに天ぷら将軍という名誉な称号を与えられていた。
「もう! 思い出させないでよ!」
頬を膨らませながらも、脂が滴るジューシーな肉を焼いてくれたレーシェ。
フェルムといい、この二柱は本当に真面目だ。
俺は絶品の肉を堪能しながら、グラキャスに視線を向けた。
確かに肉は旨いのだが、狩りの方法があまりにもデタラメすぎる。
「それにしても、グラキャスの権能は本当に酷いな……」
「お主、文句があるなら肉を取り上げるぞ?」
「な、ないよ! グラキャスが狩った肉は旨いなあ。ははは」
「調子のいい奴め」
グラキャスが呆れながらも、凄絶なほどの美しい笑みを浮かべていた。
なるほど、この笑みを見れば心まで凍ってしまうだろう。
それはグラキャスに心を支配されるという意味だが。
「ったく、そんなに綺麗な顔なのに」
「なんじゃ? お主、ワシに惚れておるのか?」
「なわけねーだろ!」
「失礼じゃのう」
「やめろ!」
肉を取ろうとした右手が凍って動かなくなっていた。
グラキャスの悪戯だ。
すぐに動くようになった右手を左手でさする。
「そうやって、人をほいほいと簡単に凍らすんじゃない」
「お主とテラムだけじゃ」
「テラムといっしょにすんじゃねーよ!」
肉を頬張っていたテラムが、フォークを持つ手を俺に向けた。
「貴様、無礼であろう!」
「お前と一緒にされるほうが無礼だっつーの」
「いいだろう。貴様には超爆裂大地拳をくれてやろう」
「てめえには魔王爆砕拳を味わわせてやる」
テラムと睨み合うと、足下に気配を感じた。
「ん?」
「ウオン!」
視線を向けると、一匹の犬が姿を見せた。
雪のように白い超大型犬だ。
「ん? なんだ、この犬っころは? テラムの犬か?」
「私は知らぬ。貴様の犬じゃないのか?」
「ウオン!」
犬が吠えると同時に、テラムの持つフォークから肉をかっさらっていった。
なかなか素早い身のこなしだ。
「わ、私の肉!」
「はっはっは! 魔竜のくせに、犬に肉を取られてやんの」
犬ごときに後れを取ったテラムを笑う。
すると、シルヴァが呆れながら、俺の肩に手を置いてきた。
「ねえ、アレファス。あれは犬じゃないわよ。狼よ」
「狼だって? 狼って、この辺にいるのか?」
「いえ、この草原にも魔女の森にもいなかったわよ」
俺はここに移住してから一年以上経つが、狼なんて見たこともない。
シルヴァにいたっては、三百年も魔女の森に住んでいた。
それでも見たことがないと言うのであれば、どこから来たのだろうか?
「アレファスちゃん。あの狼、ちょっと格が高いようね」
「え? どういうことだ?」
アクアスがいつものように妖艶な笑みを浮かべながら、狼を見つめていた。
「あらあら、囲まれているわね」




