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魔神と呼ばれた元傭兵のトンデモ開拓スローライフ 〜裏切られて引退したおっさん。一人で生きると決めたのに、最強種族が集まってくる〜  作者: 犬斗
第二章

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第72話 魔王の拳

 シルヴァが、テラムとテネヴァスに事情を説明した。


「ふむ、アレファス対レーシェか。面白そうだな」

「へえ、グラキャスお姉ちゃんの剣を使うんだ。どっちが勝つんだろう」


 興味津々といった様子の二柱だ。

 全員の空気が、なし崩し的に勝負の方向に動いている。

 だが、俺は勝負を了承していない。


「勝手に勝負を決めるんじゃない!」

「アレファス、もう無理よ。やるしかないわね」


 シルヴァが悟ったような表情で、俺に向かって肩をすくめた。

 確かにシルヴァの言う通りだ。

 テネヴァスなんて、瞳を輝かせながら期待している。


「ちっ、仕方ねーな」


 俺が覚悟を決めると、グラキャスが笑みを浮かべながらコーヒーカップをソーサーに置いた。


「アレファスよ。その剣には絶対零度を付与した。触ったものは永遠の安息(レクイエ・アーテ)が発動する。気をつけるのじゃ」


 勝負直前に、グラキャスがとんでもないことを言い出した。

 グラキャスの権能が付与された剣なんて反則どころじゃない。


「な、なんだよそれ! 直前に言うなよ!」

「アレファス。今度は負けないわよ」


 レーシェはお構いなしとばかりに、氷の剣を構えた。

 それと同時に突きを放つ。

 銀月の女神と呼ばれた騎士は、異名通り銀の閃光となって俺に迫る。


 速い――!


「だが、まだまだだな!」


 眩い光を発する氷の剣を弾き飛ばさんと、俺はクレイモアを下段から振り上げた。


神速の無音斬り(ヴェキトゥルイクス)!」


 音速を超えても衝撃波が発生しない、物理法則を超越した俺の必殺の一撃だ。

 レーシェの突きを上回る速度で、俺の無音の剣がレイピアを弾かんと襲いかかる。


「なんだと!」


 レイピアに触れた瞬間、ガラスが割れたかのような甲高い音を立て、フェルム鋼のクレイモアが粉々に砕け散ってしまった。

 俺はすぐさま身体を捻り、レーシェの突きを何とか避ける。


「あっぶねー!」


 あのままだったら、俺は串刺しにされていただろう。

 俺を素通りして、レーシェが着地した。


「な、なんという剣……」


 突きを放ったレーシェ自身、驚愕の表情を浮かべている。

 フェルム鋼ですら粉々に砕いてしまう氷の剣なんて、この世のものとは思えない。


「おい、レーシェ! 汚ねーぞ!」

「わ、私に言われても……」


 剣を構えながら困惑するレーシェ。


「ちっ、まあいい。戦場ではどんなことが起こるのか分からんからな」

「え? 続けるの?」

「当たり前だ。剣が砕けたからって降参なんてしない。ほら、もう一度来いよ。次はもう大丈夫だ。攻略法を見つけた」

「本当に?」

「嘘は言わんよ」

「じゃあ行くわよ。死なないでね」

「死ぬわけねーだろ!」


 砕けて使い物にならなくなったクレイモアの柄を放り投げると、レーシェが再度、突きを放ってきた。

 しかもさっきより、さらに速度を上げている。

 くそ真面目なこいつは、手を抜くという言葉を知らないようだ。


 俺は右の拳を強く握った。


魔王爆砕拳(アレファスパンチ)!」


 技名に意味なんてない。

 ただのパンチだ。

 だが、俺の全力を出している。


 銀色の閃光を放つ氷の剣と、俺の赤く光った拳が衝突。

 あまりの速度と衝撃で、逆にスローに見えるほどだ。

 そして、地平線から太陽が顔を出したかのような、強烈な光が発生した。


「あらあら」

「むっ」

「マジかよ!」

「私の技だ!」

「レーシェ!」

「やばっ!」


 アクアス、グラキャス、マレム、テラム、フェルム、テネヴァスの声が聞こえた。

 だが、俺は構わず拳を突き出す。

 俺の拳が凍る前に、氷の剣にヒビが入る。

 そして、切先から砕けていった。


 俺はレーシェに視線を向けた。


「凍る前に壊せばいいだけさ」

「あなた、やっぱり信じられないわね」


 レーシェが笑顔で返す。

 猛烈な速度で衝突しているはずなのに、時が止まったかのようにゆっくりに感じる。

 レーシェと普通に会話できるほどだ。


「ねえ、アレファス。私、死ぬの?」

「んなわけねーだろ」

「でも、これは避けられないわ」

「魔竜どもが何とかするさ。けしかけたのはあいつらだしな」


 俺の拳は止まらない。

 止めようとする意識はあるものの、身体が言うことを聞かない。

 超高速の領域に入った影響なのか。

 精神だけが分離したような感覚だ。


 すると、俺の拳の前に、突如として鉄の壁が現れた。

 赤く光る俺の拳は、その鉄壁を溶かしながらめり込んでいく。

 だが、衝突したことで拳のスピードが僅かに落ちた。


「フェルム鋼の壁か」

「本当ね。フェルム、守ってくれてありがとう」

「お前、フェルムに好かれているのか?」

「え? そ、その……プロポーズされたの」

「なんだと! いきなりプロポーズって飛躍しすぎだろ!」

「私も驚いちゃって……」

「魔竜と結婚なんてできんのか? まあお前も今や魔獣だし別にいいのか。で、どうすんだ?」

「私は……アレファスに憧れていたけど、それはやっぱり憧れなの」

「そ、そうか。なんか、照れるな」

「ふふ。私は……フェルムと結婚するわ」

「そうか。じゃあ、お祝いしなきゃだな」

「その前に拳を止めてよ」

「止まらんのだよ。はっはっは」


 俺の拳がフェルム鋼を突き破った。

 その瞬間、俺とレーシェの身体が水に包まれる。

 さらに水が急激に圧縮された。

 そして、瞬時に凍る。

 水はアクアスとマレム、圧力はテネヴァス、冷凍はグラキャスの権能だろう。

 ようやく俺の拳は止まった。


 身体は動かず、その間レーシェと視線は合ったままだ。

 声を発することはできないが、永遠に会話をしていたような気がする。

 レーシェの魂に触れたようだ。

 それはレーシェも同じことだろう。


 俺たちの身体を覆う氷に大きくヒビが入っていく。

 俺のパンチを止めた衝撃を吸収しきれなかったようだ。

 楽器のような甲高い音を立て、氷が砕け散った。


 同じタイミングで、クレイモアの柄がドスンと鈍い音を立てて地面に落下。

 俺たちには永遠に感じた時間も、ほんの一瞬だったようだ。


「ふう。な? なんとかなっただろ?」

「そうね。でも、もうあなたとは戦わない。被害が大きすぎるもの。ふふ」


 レーシェの吹っ切れたような、優しい微笑みが印象的だった。


「レーシェ! 大丈夫かい!」


 心配そうな表情で駆け寄るフェルム。

 まあいいカップルだと思う。

 落ち着いたら祝福しよう。


「もう、アレファスちゃん。やり過ぎよ。星が壊れるところだったわよ?」


 アクアスが呆れた表情を浮かべていた。


「何言ってんだよ。大げさだっつーの」

「そんなことないぞ?」


 俺の肩にマレムが腕を乗せてきた。


「アレファスよ。俺たちがいなければ、この星どころか月まで巻き込んで爆発してたぞ」

「そうだよ、アレファス兄。星が爆発するのと同じくらいのエネルギーだったんだよ? 信じられない」


 テネヴァスが呆れた表情で、俺の太ももを掌で何度も叩いていた。

 だが、俺も言われっぱなしは癪に障る。


「元はといえばグラキャスが悪いんだろ! あんな剣を作った上に、勝負をけしかけたんだからな!」

「貴様! 姉様になんていう口を利くのだ! それに私の技を盗んだだろ!」

「盗んでねーよ」


 うるさいテラムは無視だ。


「ほう、ワシのせいだと申すのか」

「うっ……」


 グラキャスが全てを凍らすような冷たい笑みを浮かべて、俺を見つめていた。

 だが、ここで怯むわけにはいかない。

 断固抗議だ。


「お、お前が悪いんだろ! もう氷の剣を作るのは禁止だ!」

「その剣を砕いたのはお主だろう」

「壊さなきゃ死んでたんだぞ!」

「アレファスよ。もう一度魔王爆砕拳(アレファスパンチ)とやらを出すのじゃ。今度はワシと勝負じゃ」

「なっ!」


 さすがのテラムも、グラキャスの言葉を聞いて顔面蒼白だ。

 両手を振ってグラキャスを必死に止めている。


 さっきですら星が壊れるほどの衝撃と言われたんだ。

 グラキャスとなんか戦ったら、もうどうなるか分からない。


「もう嫌だよ!」


 俺の叫びがセディルナ村に響いた。

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