第72話 魔王の拳
シルヴァが、テラムとテネヴァスに事情を説明した。
「ふむ、アレファス対レーシェか。面白そうだな」
「へえ、グラキャスお姉ちゃんの剣を使うんだ。どっちが勝つんだろう」
興味津々といった様子の二柱だ。
全員の空気が、なし崩し的に勝負の方向に動いている。
だが、俺は勝負を了承していない。
「勝手に勝負を決めるんじゃない!」
「アレファス、もう無理よ。やるしかないわね」
シルヴァが悟ったような表情で、俺に向かって肩をすくめた。
確かにシルヴァの言う通りだ。
テネヴァスなんて、瞳を輝かせながら期待している。
「ちっ、仕方ねーな」
俺が覚悟を決めると、グラキャスが笑みを浮かべながらコーヒーカップをソーサーに置いた。
「アレファスよ。その剣には絶対零度を付与した。触ったものは永遠の安息が発動する。気をつけるのじゃ」
勝負直前に、グラキャスがとんでもないことを言い出した。
グラキャスの権能が付与された剣なんて反則どころじゃない。
「な、なんだよそれ! 直前に言うなよ!」
「アレファス。今度は負けないわよ」
レーシェはお構いなしとばかりに、氷の剣を構えた。
それと同時に突きを放つ。
銀月の女神と呼ばれた騎士は、異名通り銀の閃光となって俺に迫る。
速い――!
「だが、まだまだだな!」
眩い光を発する氷の剣を弾き飛ばさんと、俺はクレイモアを下段から振り上げた。
「神速の無音斬り!」
音速を超えても衝撃波が発生しない、物理法則を超越した俺の必殺の一撃だ。
レーシェの突きを上回る速度で、俺の無音の剣がレイピアを弾かんと襲いかかる。
「なんだと!」
レイピアに触れた瞬間、ガラスが割れたかのような甲高い音を立て、フェルム鋼のクレイモアが粉々に砕け散ってしまった。
俺はすぐさま身体を捻り、レーシェの突きを何とか避ける。
「あっぶねー!」
あのままだったら、俺は串刺しにされていただろう。
俺を素通りして、レーシェが着地した。
「な、なんという剣……」
突きを放ったレーシェ自身、驚愕の表情を浮かべている。
フェルム鋼ですら粉々に砕いてしまう氷の剣なんて、この世のものとは思えない。
「おい、レーシェ! 汚ねーぞ!」
「わ、私に言われても……」
剣を構えながら困惑するレーシェ。
「ちっ、まあいい。戦場ではどんなことが起こるのか分からんからな」
「え? 続けるの?」
「当たり前だ。剣が砕けたからって降参なんてしない。ほら、もう一度来いよ。次はもう大丈夫だ。攻略法を見つけた」
「本当に?」
「嘘は言わんよ」
「じゃあ行くわよ。死なないでね」
「死ぬわけねーだろ!」
砕けて使い物にならなくなったクレイモアの柄を放り投げると、レーシェが再度、突きを放ってきた。
しかもさっきより、さらに速度を上げている。
くそ真面目なこいつは、手を抜くという言葉を知らないようだ。
俺は右の拳を強く握った。
「魔王爆砕拳!」
技名に意味なんてない。
ただのパンチだ。
だが、俺の全力を出している。
銀色の閃光を放つ氷の剣と、俺の赤く光った拳が衝突。
あまりの速度と衝撃で、逆にスローに見えるほどだ。
そして、地平線から太陽が顔を出したかのような、強烈な光が発生した。
「あらあら」
「むっ」
「マジかよ!」
「私の技だ!」
「レーシェ!」
「やばっ!」
アクアス、グラキャス、マレム、テラム、フェルム、テネヴァスの声が聞こえた。
だが、俺は構わず拳を突き出す。
俺の拳が凍る前に、氷の剣にヒビが入る。
そして、切先から砕けていった。
俺はレーシェに視線を向けた。
「凍る前に壊せばいいだけさ」
「あなた、やっぱり信じられないわね」
レーシェが笑顔で返す。
猛烈な速度で衝突しているはずなのに、時が止まったかのようにゆっくりに感じる。
レーシェと普通に会話できるほどだ。
「ねえ、アレファス。私、死ぬの?」
「んなわけねーだろ」
「でも、これは避けられないわ」
「魔竜どもが何とかするさ。けしかけたのはあいつらだしな」
俺の拳は止まらない。
止めようとする意識はあるものの、身体が言うことを聞かない。
超高速の領域に入った影響なのか。
精神だけが分離したような感覚だ。
すると、俺の拳の前に、突如として鉄の壁が現れた。
赤く光る俺の拳は、その鉄壁を溶かしながらめり込んでいく。
だが、衝突したことで拳のスピードが僅かに落ちた。
「フェルム鋼の壁か」
「本当ね。フェルム、守ってくれてありがとう」
「お前、フェルムに好かれているのか?」
「え? そ、その……プロポーズされたの」
「なんだと! いきなりプロポーズって飛躍しすぎだろ!」
「私も驚いちゃって……」
「魔竜と結婚なんてできんのか? まあお前も今や魔獣だし別にいいのか。で、どうすんだ?」
「私は……アレファスに憧れていたけど、それはやっぱり憧れなの」
「そ、そうか。なんか、照れるな」
「ふふ。私は……フェルムと結婚するわ」
「そうか。じゃあ、お祝いしなきゃだな」
「その前に拳を止めてよ」
「止まらんのだよ。はっはっは」
俺の拳がフェルム鋼を突き破った。
その瞬間、俺とレーシェの身体が水に包まれる。
さらに水が急激に圧縮された。
そして、瞬時に凍る。
水はアクアスとマレム、圧力はテネヴァス、冷凍はグラキャスの権能だろう。
ようやく俺の拳は止まった。
身体は動かず、その間レーシェと視線は合ったままだ。
声を発することはできないが、永遠に会話をしていたような気がする。
レーシェの魂に触れたようだ。
それはレーシェも同じことだろう。
俺たちの身体を覆う氷に大きくヒビが入っていく。
俺のパンチを止めた衝撃を吸収しきれなかったようだ。
楽器のような甲高い音を立て、氷が砕け散った。
同じタイミングで、クレイモアの柄がドスンと鈍い音を立てて地面に落下。
俺たちには永遠に感じた時間も、ほんの一瞬だったようだ。
「ふう。な? なんとかなっただろ?」
「そうね。でも、もうあなたとは戦わない。被害が大きすぎるもの。ふふ」
レーシェの吹っ切れたような、優しい微笑みが印象的だった。
「レーシェ! 大丈夫かい!」
心配そうな表情で駆け寄るフェルム。
まあいいカップルだと思う。
落ち着いたら祝福しよう。
「もう、アレファスちゃん。やり過ぎよ。星が壊れるところだったわよ?」
アクアスが呆れた表情を浮かべていた。
「何言ってんだよ。大げさだっつーの」
「そんなことないぞ?」
俺の肩にマレムが腕を乗せてきた。
「アレファスよ。俺たちがいなければ、この星どころか月まで巻き込んで爆発してたぞ」
「そうだよ、アレファス兄。星が爆発するのと同じくらいのエネルギーだったんだよ? 信じられない」
テネヴァスが呆れた表情で、俺の太ももを掌で何度も叩いていた。
だが、俺も言われっぱなしは癪に障る。
「元はといえばグラキャスが悪いんだろ! あんな剣を作った上に、勝負をけしかけたんだからな!」
「貴様! 姉様になんていう口を利くのだ! それに私の技を盗んだだろ!」
「盗んでねーよ」
うるさいテラムは無視だ。
「ほう、ワシのせいだと申すのか」
「うっ……」
グラキャスが全てを凍らすような冷たい笑みを浮かべて、俺を見つめていた。
だが、ここで怯むわけにはいかない。
断固抗議だ。
「お、お前が悪いんだろ! もう氷の剣を作るのは禁止だ!」
「その剣を砕いたのはお主だろう」
「壊さなきゃ死んでたんだぞ!」
「アレファスよ。もう一度魔王爆砕拳とやらを出すのじゃ。今度はワシと勝負じゃ」
「なっ!」
さすがのテラムも、グラキャスの言葉を聞いて顔面蒼白だ。
両手を振ってグラキャスを必死に止めている。
さっきですら星が壊れるほどの衝撃と言われたんだ。
グラキャスとなんか戦ったら、もうどうなるか分からない。
「もう嫌だよ!」
俺の叫びがセディルナ村に響いた。




