第71話 氷の剣
「おはよう、アレファス」
「おはよう、レーシェ」
日の出と同時に家を出ると、庭でレーシェが待っていた。
これから早朝の素振りだ。
「「一、二、三――」」
お互いに素振り用の剣を持ち、同時に声を出す。
俺は隣で剣を振るレーシェに視線を向けた。
額から汗が流れ出ているが、表情には余裕がある。
レーシェはついに俺と同じ、一万回の素振りができるようになっていた。
最近は素振りに使用する剣の重量も上げている。
女性剣士として、今のレーシェを超える者はいないだろう。
いや、性別にかかわらず、レーシェはこの世で二番目に強い剣士だ。
「「――九千九百九十八、九千九百九十九、一万」」
一万回に到達すると、さすがのレーシェも息が上がっている。
剣を地面に置き、その場に膝を曲げて地面にペタンと座り込んだ。
「ふうう。疲れたあ」
この瞬間は、二十代の若い可愛らしい娘にしか見えない。
呼吸を整えながら、汗だくの若々しく眩しい笑顔を俺に向けるレーシェ。
「一緒にやってみると、あなたの凄さが本当によく分かるわ」
「いやいや、お前のほうが凄いさ。この短期間で剣の重量も上げてるしな」
「そんなことないわよ。ようやくあなたについていけるようになったとはいえ、しばらく動けなくなってしまうもの」
「まあ、俺の場合はずっと続けているからな」
俺は素振り用のクレイモアを杖のように地面に突き立て、よりかかるように立っている。
疲労はあるがそれほどではない。
もう一度やれと言われてもできる。
素振りが終わったことで、周囲から拍手の音が鳴り響いた。
「ちっ、やりにくいぜ」
ここ数日、見学者が増えている。
元々、シルヴァとアクアスは毎日見学していた。
それに加えてフェルムが見学を開始。
フェルムの視線は常にレーシェを追っている。
その意図は俺でも分かるほどだ。
それに、レーシェが使用する剣は、作製から調整まで全てフェルムが行っていた。
まるで専属の鍛冶師だ。
マレムとグラキャスも、庭のテーブルでコーヒーを飲みながら素振りを見学していた。
そもそも素振りなんて見て楽しいのだろうか。
「ふむ、ワシの氷を斬り裂いただけあるな」
俺の疑問をよそに、グラキャスが氷の笑みを浮かべながらコーヒーカップを手に取る。
「な、なんだよ」
俺がグラキャスに視線を向けると、マレムが笑顔を浮かべた。
「姉さんの氷は、本来剣ごときじゃ斬れないってことさ。それがフェルム鋼でもね。ははは」
マレムの笑顔は、日の光を浴びた穏やかな波のようだ。
爽やかにもほどがあるだろう。
「フェルム鋼でも? 世界最高の金属だぞ?」
「その意見に異論はないさ。だが、姉さんの氷は特別なんだ。グラキャス氷河の地表は斬れても、姉さんが本気で作った氷に勝るものはないんだよ」
グラキャスとマレムは仲がいい。
創造の三人として、年齢も近いという。
といっても、グラキャスは三十二億歳で、マレムは三十億歳だ。
もう一人のテラムは二十八億歳で、創造の三人では最も若い。
そのテラムはまだ寝ている。
マレムが口にしたフェルム鋼でも斬れないという言葉が聞こえたのか、フェルムがグラキャスの前に立った。
朝からしっかりとスーツを着こなし、髪も整えている。
本当に真面目な男だ。
「グラキャス姉様、お願いがあるのです」
「何じゃ、フェルム」
「姉様の氷で剣を作りたいのです」
「ワシの氷で? お主、剣なんか使うのか?」
「僕ではないです。レーシェのためです」
グラキャスがコーヒーを口にしながら、凄絶な笑みを浮かべる。
「ふむ、レーシェのためか。なるほどのう。そういうことか……。可愛い弟の頼みじゃ。いいじゃろう」
「ありがとうございます」
フェルムが一枚の紙を取り出し、テーブルに広げる。
「このような形でお願いできますか?」
「よかろう」
グラキャスが掌を上に向けて、腕を身体の正面に出した。
「こんな形か?」
掌からゆっくりと剣が出てくる。
それはまるで、畑から芽を出す作物のようだ。
「はい。さすが姉様です。完璧ですね」
そう呟きながら、今度はフェルムが掌からフェルム鋼を取り出す。
剣の柄の形だ。
そのまま、氷の刃をフェルム鋼の柄に装着した。
「はい、レーシェの剣だよ」
「え? 私の剣?」
「ああ、そうだよ。これが世界最高の剣だ」
困惑しながらも受け取るレーシェ。
それはそうだろう。
コーヒーを一杯飲むよりも早く出来上がった剣だ。
それも魔竜の身体から生み出されている。
「か、軽い」
剣を手にしたレーシェが、驚きの声を上げた。
形状としては、レイピアに近いだろう。
両刃で細身の剣だ。
これまでのレーシェは、一般的なロングソードを使用していた。
剣の長さは同じだが、身幅は半分以下だ。
「綺麗……」
レーシェの呟き通り、刃は青白い半透明で恐ろしいほど美しい。
まさにグラキャス氷河の氷そのものだ。
フェルムが眼鏡の位置を直しながら、嬉しそうにレーシェを見つめている。
「フェルム鋼はどんな金属よりも優れているし、鉄製品だったらこれ以上のものはないんだ。だけど、剣に関してはグラキャス姉様の氷が最も優れているんだよ」
「そ、そうなのね」
「ちょっと振ってみて」
レーシェがフェルムに言われた通り、その場で剣を素振りした。
「えっ!」
切れ長の瞳を見開くレーシェ。
ただの素振りなのに、地面を斬り裂いている。
「か、軽く振っただけなのに……」
しかも、地面の切り口は凍っている。
フェルムがしゃがみながら、凍った地面に触れていた。
「この剣は特殊効果があってね。触れたものを凍らせるんだ」
「凍らせる?」
「ああ、この剣なら炎すら斬ることができるよ」
「ほ、炎を斬るって……」
言ってる意味が分からないが、真面目なフェルムが嘘を言うわけがない。
きっとそうなのだろう。
グラキャスの権能はあまりにもデタラメだ。
「調整はその都度行うから、要望があったら教えてほしい」
「あ、ありがとう、フェルム」
レーシェがフェルムに頭を下げ、グラキャスに向かって深くお辞儀をした。
「グラキャス様、ありがとうございます」
「うむ、構わぬ。物は試しじゃ。レーシェよ。その剣でアレファスと勝負せい」
「え? アレファスとですか?」
「そうじゃ」
コーヒーを飲みながら、小さく頷くグラキャス。
「お、お言葉ですが、グラキャス様。私ではアレファスに敵いません」
「武器を含めての戦闘力じゃ。その剣とお主の実力があれば、いい勝負になるじゃろう」
これまで優雅に紅茶を飲んでいたアクアスとシルヴァが、微笑みながらこちらを見つめていた。
いやな予感しかしない。
悪ノリのパターンだ。
「いいじゃない。レーシェちゃん、アレファスちゃんをやっつけてね」
「アレファス、負けないでね」
アクアスとシルヴァが野次を飛ばしてくる。
無責任にもほどがあるだろう。
「むっ、なんだなんだ。どうしたのだ?」
「あれ、みんな揃ってるの?」
テラムとテネヴァスまで姿を見せた。
これでセディルナ村の住民が全員揃ったことになる。




