第68話 それぞれの思惑
◇◇◇
フェルムのプロポーズから数日が経過したセディルナ村。
フェルムはいつものようにサウナに入り、村で使用する道具の製作に精を出す。
「ふう、これで水回りは完成だよ」
「ありがとう、フェルム」
「アレファスさんが帰ってきたら驚くだろうね。はは」
レーシェはようやくフェルムのことを呼び捨てできるようになった。
フェルムもまた、砕けた言葉遣いに変化。
その様子をアクアスは微笑ましく眺めていた。
アクアスとしては、悠久の時間がある者たちの恋愛だから、少しずつ進めばいいと考えている。
「じゃあ、水を流すわね」
アクアスが手をかざすと、井戸の水がゴポゴポと音を立て、フェルム鋼の水道管に向かって吸い上げられていく。
物理法則を無視した水の動きだが、フェルムもレーシェも特に驚かない。
そう、フェルムは井戸から住宅や施設に水道管を通した。
さらに温泉で使用している石の水路を、全てフェルム鋼の配管に交換。
保温性に優れているフェルム鋼のおかげで、湯の温度が下がらずに各風呂へ温泉が流れていく。
これで村の水回りが一気に進化した。
「水道管の配備で村がもっと便利になるよね」
「ええ、そうね。井戸まで水を汲みに出なくていいのは助かるわ。さすがフェルムとアクアス様ね」
フェルムとレーシェが肩を並べて、水道管を見つめていた。
「違うさ。レーシェのおかげだよ」
「私の? なに言ってるのよ。そんなわけないでしょう」
「でも、レーシェが水道管のことを教えてくれなければ、こんな発想は出てこなかったよ」
「私は将軍だったから……。占領地の開拓について勉強していたのよ。だけど、まさか実現できるとは思わなかったわ」
「他にも生活が便利になる道具があったら教えてほしい」
「ええ、もちろんよ。とはいえ、魔竜の皆様がいらっしゃるだけで、信じられないくらい便利になっているけどね。ふふ」
「確かにね。僕もそう思うよ」
「あなたがその最たる現象でしょう?」
「そ、そんなことないよ」
「謙遜しないで。この世で最も優れた金属で武器や道具類、生活用品を作ってくれているんだもの。いつもありがとう」
「あ、その……。こちらこそだよ……」
レーシェの言葉に、フェルムは僅かに頬を赤らめた。
好きな人から褒めてもらうと、これほどまでに嬉しいのかとフェルムは実感する。
「僕はレーシェの役に立てることが嬉しいんだ。その……、レーシェのためなら何でもするよ」
ためらうことなく想いを口にするフェルム。
そのストレートな言葉と伝え方は、レーシェとの心の距離を明らかに縮めていく。
「あの……。本当に私でいいの?」
「で、ではないよ。君がいいんだ」
「あ、ありがとう」
寄り添うように立つ二人を、アクアスが少し離れた背後から眺めていた。
「水道管の前で話す内容じゃないんだけどなあ。うふふ」
真面目で不器用な弟の恋愛が可愛くもあり、可笑しくもあるアクアス。
「フェルムちゃんが誕生して二十億年か……」
アクアスが手をかざすと、二人を祝福するかのように巨大な虹が出現した。
言うまでもなく、アクアスが空気中の水分を調整している。
「わあ! 凄い虹よ!」
「本当だ!」
レーシェが虹を指差す。
フェルムはこの虹がアクアスのプレゼントだとすぐに気づく。
そういった察しは早いのだが、初めての恋愛に対しては察しが悪く無茶苦茶だった。
アクアスが呆れたように小さく息を吐く。
「二十億年で初めて人を好きになって、いきなりプロポーズ。それから恋愛していくなんて順番が逆よね。でも、真面目なフェルムちゃんらしいわね。うふふ」
弟の恋愛を応援しようと思うアクアスだった。
◇◇◇
テラム平原から遠く離れた森林。
銀月の光を浴びた一人の男が、狼の群れに囲まれている。
狼の数は数百頭に及ぶだろう。
人間が狼に敵うわけがないのだが、男には焦る様子がない。
それどころか、狼を睨みつける。
「おい、お前ら準備はいいか?」
「「「ウオォォォォン!」」」
狼たちが応えるように遠吠えを上げた。
「テラムは俺がやる。あと魔人が二柱いるらしいが、お前らだけで十分だろ?」
「「「「ウォウ! ウォウ!」」」
「テラムの住処に着く頃は赤月の満月だ。古の故郷を壊されたように、あいつの新しい住処をぶっ壊してやるぜ」
男は魔獣の一柱だった。
自分のルーツである月を壊された恨みをはらすべく、テラムに一泡吹かせるつもりだ。
ただし、この魔獣が持っている情報は、アクアスが移住する前のものだった。
現在はテラム、アクアス、テネヴァス、フェルムの四柱に加え、グラキャス、マレムもセディルナ村に向かっている。
そして、魔王となったアレファスに、魔人シルヴァと魔獣レーシェだ。
不幸にも、魔獣の男の命運は決まった。
◇◇◇
「さて、我らがセディルナ村に帰ってきたぞ」
俺は移動用の小屋から外を眺めた。
以前の襲撃のようなことはあるはずないのだが、少し心配になってしまう。
あの時は白煙が上がっていたが、今回は無事なようだ。
「ふう、問題ないか。よかったぜ」
「心配しすぎよ」
「わ、分かってるさ」
隣に立つシルヴァが、俺の腕にそっと触れてきた。
優しさの温もりを感じる。
「何を心配しておるのじゃ?」
ソファーに腰掛けたグラキャスが、エスプレッソを楽しんでいた。
テネヴァスのエスプレッソが気に入ったようだ。
「いや、実はな――」
俺は以前セディルナ村に起こった事件を話した。
「なんじゃ、そんなことか」
「そんなことって言ってもな」
「今はアクアスとフェルムがおるのじゃろう?」
「そりゃそうだが……」
「魔竜二人と魔獣化した人間がおるのじゃ。全人類が束になっても敵わん。そもそもアクアス一柱で星をどうにかできる存在なのじゃぞ?」
「アクアスってそんなに凄いのか?」
「当たり前だ。我が姉ぞ? 原初の三女を舐めるでない」
十三柱いる魔竜の最初の三柱に数えられるアクアスは、誕生してから三十六億年経つという。
このグラキャスは三十二億年前に誕生したというから四億年も年上だ。
とはいえ、絶対零度を操るグラキャスのほうが凄いような気がするのだが……。
聞いてみたら怒られるだろうか?
「その……、アクアスには、グラキャスでも敵わないのか?」
「敵う敵わないの問題ではないのじゃ。姉たちとは次元が違う」
グラキャスの隣に座り、甘いコーヒーを飲んでいるテネヴァスが大きく頷いていた。
「うーん、アレファスが考えている強さとは違うんだ。単純な強さだったらグラキャスお姉ちゃんかもしれないけど、原初の三女は星の源だからね。三女だけの特別な権能もあるんだよ」
「うむ、そうじゃな。原初の三女あっての我らじゃ。だが、テネヴァスだけは特別じゃがな。のう?」
グラキャスが隣りに座るテネヴァスの頭を、愛おしそうに撫でている。
「そんなわけないじゃん!」
「わはは。アレファス、覚えておけ。我ら魔竜の中でも、原初の三女とテネヴァスは怒らすでないぞ」
「お姉ちゃん! お姉ちゃんこそでしょ!」
俺たちの会話が聞こえたのか、魔竜の姿で飛行しているテラムが「グゴォォ」と頷いていた。




