第66話 デタラメな魔竜たち
俺はその様子をジッと眺める。
だが、特に何かが起こるわけでもなく、海の様子は一切変わらない。
「な、何をしているんだ?」
「これかい? 魚を集めてるんだよ」
マレムの言葉とは裏腹に、翠玉色のさざ波が心地よい波音を奏でている。
魚の気配など感じない。
「ん? な、なんだ?」
突如として、海面が盛り上がってきた。
「お、おいおい……」
「す、凄い……」
隣でシルヴァも声を漏らす。
海面から、球体となった海水が現れた。
その大きさは直径十メルテほどあるだろう。
巨大な海水の球体が宙に浮いている。
「魚を集めて閉じ込めたよ。数千匹はいるはずさ」
「す、数千匹だって?」
確かに球体の中には、大小様々な魚が泳いでいた。
それに球体とはいえ、潮の流れもある。
まるで小さな海だ。
不思議で仕方がない。
だが、これをどうやって持ち運ぶのだろうか?
「マレム様、球体のまま運ぶのですか?」
シルヴァは俺と同じ疑問を持っていたようだ。
「このままはさすがに無理さ。空を飛べば球体が崩れる。だから運べるようにするんだよ」
マレムがグラキャスに視線を向けた。
「姉さん、頼むよ」
「うむ」
グラキャスが頷いた瞬間、球体が一瞬で氷の塊と化した。
中の魚も全て凍っている。
「なっ!」
「し、信じられない……」
俺は思わず声を上げてしまった。
シルヴァが両手で口を押さえながら、目を見開いている。
「私の氷の魔法じゃ、これほどのことはできないわ……」
周りには一切の影響がない。
海のさざ波は変わらず、海面は穏やかだ。
海水の球体だけが凍っていた。
「ワシは魔法じゃないからの。なんなら、この星全てを凍らすこともできるぞ?」
「ね、姉様! おやめください!」
グラキャスの発言に対し、テラムが額に脂汗を浮かべながら必死に両手を振る。
過去三度、星を凍らせたというグラキャスだ。
その言葉に嘘はないだろう。
マレムの球体もデタラメだが、グラキャスの権能は非常識なんてレベルではない。
さすがは竜種最強の一角だ。
「テラム。姉さんが凍らせてくれたら魚は保存が効くぞ。この量があれば、しばらくはもつだろう?」
「うむ、助かるぞ。マレム兄」
「この球体は俺が運べばいいんだな?」
「頼んだ。私は姉様の小屋を運ぶ」
二柱が魔竜の姿に戻った。
見慣れたとは言え、やはり魔竜の巨大さに驚くばかりだ。
マレムは長い尻尾でバランスを取りながら、二本の足で立っている。
全身を美しい青色の鱗に覆われており、腹部は白波のような白さだ。
頭部には三本の鋭利な角が伸びている。
鱗の色は違えど、外見はテラムとかなり似ていた。
「シルヴァよ。この球体に空気の層を作れるか?」
「はい、グラキャス様。お任せください」
シルヴァが氷の球体に向かってロッドをかざす。
目には見えないが、魔法が発動したようだ。
「マレムよ。これで冷たくないはずじゃ。持てるじゃろ?」
「グゴォォ」
マレムが頷き、二枚の巨大な翼を広げながら、氷の球体を両腕で抱えた。
そして、翼を大きく羽ばたかせ、上昇していく。
俺たちが小屋に戻ると、テラムが小屋を抱え飛び立った。
まさかの魔竜二柱による飛行だ。
人間にとっては厄災にしか見えないだろう。
俺は窓際に立ち、テラムの隣を飛行するマレムを眺める。
「なんか、マレムっていい奴だな」
「ふふ、魔竜の皆様全員でしょう?」
右隣に立つシルヴァが、そっと俺の腕を触れた。
「ねえ、私は?」
左隣に立つテネヴァスが、可愛らしい笑顔を見せている。
「もちろんさ、テネヴァスもだ。それに、テネヴァスのおかげで生活レベルが格段と上がったからな。感謝してるよ」
「へへへ」
実際、テネヴァスのおかげで調理方法が格段と増えた。
あの角煮なんて絶品中の絶品だ。
いつまでいてくれるかは分からないが、可能な限りセディルナ村にいてほしいと思っている。
「ワシは?」
ソファーに座るグラキャスが、肘掛けで頬杖をつき、足を組みながら俺を見つめていた。
あまりにも美しすぎて、表情から感情が読めない。
冗談なのか、真剣なのか……。
グラキャスの機嫌を損ねたら星が終わる……。
「そ、そうだな。はは、ははは」
「なんじゃ、その反応は?」
「も、もちろんグラキャスもさ」
「お主、ワシを恐れておるのか?」
「そりゃ……、グラキャスは何でも凍らせるから怖すぎる……」
「何を言うておる。大地を簡単に斬り裂くお主が、最も恐ろしい存在じゃろうて。くくく」
この話題に触れていると、俺は墓穴を掘りそうだ。
グラキャスを怒らせたらマジで星が終わる。
前科アリのグラキャスだ。
「いやあ。ははは」
俺は笑ってごまかしながら、眼下の海に視線を移した。
白波が立つ穏やかな海。
マレムが釣りをしていたが、実は俺も釣りをしてみたかった。
というより、魚は釣って持ち帰ると思っていたのに、魔竜たちの意味不明で理不尽な権能で労せず大量の魚を入手してしまった。
せっかくフェルムが作ってくれた、フェルム鋼製の竿を持ってきていたというのに……。
「俺も釣りがしたかったな……」
「また来ればいいじゃない」
「そうだな。己の力だけで、あの黒角鮪を釣ってみたいもんだぜ」
シルヴァが優しく微笑んでくれた。
「私も釣りやりたい!」
「お、テネヴァスもやるか? だが、能力は使うなよ?」
「もちろんだよ! 海に穴を開けたりしないって」
「海に穴って……」
さらっととんでもないことをいうテネヴァス。
テネヴァスもまた、魔竜の最強格らしい。
「ワシも釣りをしてみたいのう」
「いや……、その……。グラキャスは釣りにならんだろ?」
「なぜじゃ?」
「海を凍らせるだろ?」
「するわけないじゃろう。お主はワシをなんだと思っておるのじゃ」
グラキャスが、刺し殺すような冷たい視線を俺に向ける。
「は、ははは。じゃ、じゃあ今度はみんなで釣り大会だな」
「やったー!」
両手を上げて喜ぶテネヴァス。
魔竜が揃って釣りをする姿は想像できないが、少し楽しみだった。




