第64話 グラキャスの権能
しばらく待つとグラキャスが姿を見せた。
神出鬼没というか、グラキャスは突然現れる。
「なんじゃ、アレファス。なにを見ておる」
「い、いや、いつも突然現れるから驚くんだよ」
「ワシはグラキャス氷河じゃからな。この地の全てがワシじゃ」
「そ、そうか」
言ってる意味が全く分からないが、そういうものなのだろう。
いつものように意味を考えずに理解した。
グラキャスの服装は、シャツにパンツ姿だ。
どちらの色も氷河のように青白く、とても似合っている。
というか、腰の細さと足の長さに驚く。
恐ろしいほどのスタイルの良さだ。
テラムが魔竜の姿に戻ると、俺たちが入った小屋を持ち上げ、上空へ羽ばたき始めた。
グラキャスは窓際に立ち、グラキャス氷河の景色を眺めている。
その隣にテネヴァスが立ち、同じように外を見つめていた。
「お姉ちゃん、本当に目的はアイスクリームなの?」
「もちろんアイスクリームも食べたいが、テラムの生活を見てみたいのじゃ」
「やっぱりねえ」
「あの子のことを親友と言ってくれたアレファスが作った村に、魔竜が四柱も集まっているのじゃぞ? テラムのことを最も嫌っていたお主まで居座るなんて、興味しか湧かないじゃろう」
「う、そ、それは……」
「お主、もうテラムのことは怒ってないのじゃろう?」
「怒ってるけど、まあもういいかなって。それにセディルナ村は本当に楽しいんだよ」
「そうか。それはよかった」
グラキャスが振り返り、ソファーに座る俺を見つめる。
あまりにも美しすぎて緊張してしまう。
「アレファス、礼を言う。ありがとう」
「い、いや、こちらこそだよ。テラムのおかげで旨い野菜を作れているし、いい生活をさせてもらっているよ。ははは」
隣に立つテネヴァスが、腰に手を当て胸を張った。
「私の犠牲の上に成り立ってるけどね!」
「確かにそうだな。わはは」
一年中野菜を収穫したいという理由のためだけに、月を破壊したテラム。
その影響でこの星の地軸が狂い、テネヴァスの領地であるテネヴァス島は永遠の極夜を迎えたという。
グラキャスが微笑みながらソファーに腰掛けた。
「マレム海峡まではまだ少し時間がかかるな。アレファス、シルヴァよ、テラムの話をもっと聞かせてくれ」
その後はしばらく、俺たちとテラムの出会いや、セディルナ村の話に花を咲かせた。
グラキャスの表情はとても柔らかく、弟の話を楽しそうに聞いていた。
アクアスが言っていた通り、優しい姉なのだろう。
ただ、権能に関しては規格外だ。
強いなんてものじゃない。
「それにしても、グラキャスの強さは別格だな。マジで敵わなかったよ」
俺がコーヒーを飲みながら呟くと、クッキーをつまむテネヴァスがキョトンとした表情を浮かべた。
あたかも当然といった表情だ。
「ねえ、アレファス。絶対零度って知ってる?」
「絶対零度?」
「この世で最も低い温度だよ。グラキャスお姉ちゃんは、その絶対零度を操るんだよ」
「絶対零度を操る? よく分からんが……冷たいってことか?」
俺の隣に座るシルヴァが、コーヒーカップを落としそうになっていた。
シルヴァにしては珍しいほどの動揺ぶりだ。
「あ、あの、テネヴァス様……。絶対零度は絶対に到達不可能とされていますが……」
「お姉ちゃんは特別。シルヴァは物理法則のことを言ってるでしょ? 私たちはそもそも物理法則の外にいるからね」
「物理法則の外? あ、あの……」
唖然とした表情を浮かべているシルヴァ。
物理法則の外なんて、もはや意味が分からなすぎるが、とんでもないことを言っていることだけは分かる。
テネヴァスが三つ目のクッキーをつまむ。
「アレファス。簡単に説明するとね、物質は常に動いているの。動きが遅いと冷たくて、速くなると熱いんだよ」
「氷は動きが遅くて、炎は動きが速いってことか?」
「うん、そうだよ。でね、お姉ちゃんの永遠の安息は、物質の活動を完全停止させるんだ。だから事実上、その対象の時間を止めるの」
「待て待て待て。そんなもの食らったら普通死ぬだろ。仮にだ、その停止状態から復活したとしても元には戻らんだろ?」
「まあね。魔竜以外では受けた時点で物質は崩壊する。魔竜以外で永遠の安息を受けて生きているのは、アレファスだけだよ」
「と、とんでもない権能だな。バカげてる」
「お姉ちゃんは魔竜最強の一角だもん」
俺は優雅にエスプレッソを楽しむグラキャスに、少しだけ睨むように視線を向けた。
「あ、あんたやりすぎだろうよ」
「魔王のお主なら問題ない。現に生きておるだろう?」
「だ、だからってな!」
反論しようとした俺を制するように、掌をかざすグラキャス。
「お主はワシの領地の氷山を壊した。さらに、五千万年の眠りを妨げた。文句を言いたいのはこちらじゃろう?」
「むぐ……」
「しかし、勝負は楽しかったぞ。アレファス、また試合をしようではないか」
「嫌だよ。死んじまうよ」
「お主なら大丈夫じゃ」
「テラムとやれって」
「テラムではワシに敵わぬよ」
「じゃあアクアスとかテネヴァスでいいだろ!」
「昔、散々やったからのう。ではシルヴァはどうじゃ。楽しい試合になりそうじゃな。ははは」
とんでもないことを言い出すグラキャス。
シルヴァの顔色が一気に青ざめた。
いくら魔人のシルヴァとはいえ、グラキャスの相手は無理だ。
「シルヴァとやるなら俺がやるわ!」
「最初からそう言えばいいじゃろう」
グラキャスが勝ち誇った表情を浮かべる。
俺がこう言い出すことを見越していたのだろう。
「ちっ、この姉あって、あの弟かよ」
「何か言ったか?」
「なんでもねーよ!」
よくよく考えると、グラキャスはテラムの躾係だ。
あのテラムの性格を作った張本人と考えれば、無茶な行動は想像できる。
それに、グラキャスは好戦的で戦闘狂なのかもしれない。
シルヴァが小さく手を挙げた。
「今はまだ無理ですが、私もいつかグラキャス様と試合ができるように努力いたします」
「そう言うが、お主の魔法を駆使すれば、今でもいい勝負になると思うぞ?」
「いえ、今は瞬殺されます。私の魔法を軽々と破られておりましたから」
「ははは。あの魔法は初級の子供だましじゃろう? 本気の魔法なら分からぬよ」
二柱が視線を交わす。
「お、おいおい」
シルヴァも大概だった……。
さすがは三百五十年生きている魔女だ。
「グゴォォ!」
「うむ、分かった」
テラムの咆哮が聞こえると、グラキャスが返事をした。
「マレム海峡に着いたようじゃな」
テラムが徐々に下降を始めた。




