第62話 氷竜グラキャス
グラキャスの氷のような冷たく鋭い視線に、テラムが固まっている。
「テラム」
「は、はい!」
「相変わらず煩いのう。あれほど静かにしろと言っておったじゃろう」
「い、いや! その! こ、これには理由がございまして!」
「言い訳か?」
「いえ! しておりません! 申し訳ございませんでした!」
深く頭を下げるテラム。
あの傍若無人が服を着ているようなテラムが一切反抗しない。
それどころか、頭を下げたままテラムが動かなくなってしまった。
「グラキャスお姉ちゃん!」
「ん? テネヴァスか。なぜテラムと一緒におる? お主はテラムを嫌っておったじゃろう?」
テネヴァスがグラキャスに向かって走り寄った。
もしかしたら、テラムに助け舟を出しているつもりなのかもしれない。
「うん! 大っ嫌い!」
「なぜ一緒におる」
「実はね――」
テネヴァスがグラキャスに対し、セディルナ村の状況を説明してくれた。
「ふむ。そのセディルナ村にはアクアス含め、魔竜が四柱もおるのか」
先ほどからテラムが動かない。
頭を下げたまま硬直している。
テラムに限って死ぬわけないと思うが、そんな姿を見ていい気分はしない。
「なあ、グラキャスさんよ。あんたテラムに何をした?」
「なんじゃ人間」
グラキャスが、氷で突き刺すような鋭く冷たい視線を俺に向けた。
この視線だけで人間なんて軽く死ぬだろう。
だが俺は怯まない。
テラムがグラキャスに何かされたことは間違いないからだ。
「何をしたかと聞いているんだ」
「お主には関係ないじゃろう?」
「関係あんだよ」
「お主はテラムとどういう関係なのじゃ?」
「こいつの親友だ」
「親友?」
俺は少し頭にきていた。
いくらテラムに躾を行っていた姉だからと言って、これはやりすぎだ。
「氷山を崩したのは俺だ。大きな音を立てたことは申し訳ないと思っている。そもそも、この地へ来るように言ったのは俺だ。テラムに当たるのは見当違いも甚だしい。怒るなら俺に怒れよ」
「ほう、威勢がいいのう」
テラムに向けられた怒りを俺に向けさせる。
「アレファス! やめなさい!」
シルヴァが俺の腕を掴んだ。
その手は僅かに震えている。
「ん? 貴様たち二柱とも魔人か。いや……お主は魔人を超えておるな。信じられん」
「テラムを元に戻せ」
「嫌だと言ったら?」
「力ずくでも戻してもらおう」
「ふむ、ワシを恐れないか。面白い。遊んでやろう」
「なんだと? 遊ぶだと?」
グラキャスの発言に、俺の怒りがふつふつと湧き上がる。
テラムをこんな姿にして、なお遊ぶと言う。
いくら姉でも許せない。
「全力でかかってくるのじゃ。さもなくば死ぬぞ?」
俺の怒りなど意に介さないグラキャスは、冷たくも余裕のある表情で俺を見つめている。
「お姉ちゃん! 待ってよ!」
突然テネヴァスが俺とグラキャスの間に立った。
両手を広げてグラキャスを制止しているようだ。
「お姉ちゃん! ダメだよ!」
「テネヴァス。その魔人の女を連れて下がるのじゃ」
「お姉ちゃんが戦ったら、アレファスが死んじゃうよ!」
「同じことを言わせるな。早くせい」
「う、うん」
テネヴァスが渋々言うことを聞き、シルヴァを連れて俺たちから離れた。
「小僧、名をなんという?」
「アレファスだ」
俺は背中のクレイモアを抜いた。
「いい名だ。ワシの名はグラキャス。氷竜じゃ」
グラキャスの足元を白い煙が漂う。
いや、煙じゃない、冷気だ。
冷気が地面を覆っている。
「貴様の時を止めよう。抗ってみるがよい」
「なに? 時を止めるだと?」
「永遠の安息」
グラキャスが言葉を発した瞬間、俺の身体の周囲からパリンと音が聞こえた。
まるでガラスが割れたかのような音だ。
「アレファス! 魔法が破壊されたわ!」
シルヴァの叫び声が届く。
「なっ!」
シルヴァの魔法によって、俺の身体の周囲は空気の層で覆われていた。
これにより寒さの影響を受けていなかったのだが、一気に冷気が俺を襲う。
「空気が凍るだと!」
いや、空気が凍るなんて表現が生ぬるいほどに、苛烈な冷気に包まれる。
空間自体が凍っている。
毛皮のコートなんて全く意味がない。
コートは凍りつき、氷をまとっているような冷たさだ。
その冷たさは痛みに変わり、次第に感覚もなくなっていく。
「こ、これほどなのか……」
すでに俺の両腕は動かない。
その場を離れようとするが、足も動かない。
魔竜を舐めていたわけではないが、これまで四柱の魔竜と接してきたことで、魔竜にも引けを取らないと思っていた。
だが、思い違いだったようだ。
グラキャスは格が違う。
アクアスが言っていた「グラキャスちゃんは特別」という言葉を思い出した。
「時が……止ま……る……」
まさに時が止まるように、唇も動かなくなってきた。
身体が固まっていく。
「ま……まだ……だ……」
俺は硬直しているテラムに、目線だけを向けた。
ここで俺が止まったら、テラムを助けることはできない。
これまで散々世話になった親友だ。
命に代えても助ける。
「まだ……心は……動いてる……ぜ」
血液を流せ!
心臓を鼓動させろ!
細胞を奮い立たせろ!
俺が死んだら誰がセディルナ村を守るんだ。
シルヴァの涙はもう見たくない。
俺は全身に力を入れ、ひたすら自分を鼓舞した。
全身からバリバリと薄氷が割れるような音が響く。
「ぐおぉぉぉぉぉぉ!」
声も出る!
腕も動く!
足も動く!
俺はグラキャスに向かってクレイモアを振り上げた。
「うおぉぉぉぉ!」




